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【美月】日(ひかり)を喰らう勇者【外伝】

作者: 月亭脱兎

 ——大勢の人々が行き交う街の雑踏で私ひとりだけが、灰色の世界に座っている。


 ——この人たちは確かにここにいて、私はここにいない。


 幼い頃から、私は他の子供たちとは違っていた。


 私には光のない次元に隠れる特別な能力があった、意識を集中すると、周りが色を持たない、灰色の世界になって、私はここにいるのに、誰からも意識されない、ここに居ない人間になる。


 それが、異能だと理解できるまでの私は、皆んなが私を無視してるんだと思っていた。


 親にさえも気づかれず、悲しくて泣いていても、誰も気にも止めてくれない。


 学校に行っても、誰も私を気にかけることはなかった。

 私は教室の隅で一人、闇の中に閉じこもるようになっていった。

 やがて不登校になり、部屋に引きこもるようになった。


 そう、この能力は私を孤独にし、外の世界から切り離してしまったのだ。


 私は時々家を出ては、大勢の人々が行き交う雑踏の中、闇を纏い佇んでいた。

 楽しそうに今日の予定を話すカップル、酔っ払って上司の愚痴を言い合うスーツ姿の男たち…

 誰も私に、聞かれているとは思っていない、気にもしていない。

 だって私は、ここに居て、ここに居ない、石ころや空気と同じ存在だから。


 今では、月の光すら届かない灰色の世界、この場所だけが、私が安心できる、存在している唯一の場所なんだ。


「私は、なんのために生きてるの——」


 誰も私を見つけることはできないし、誰も私に触れることもできない。


 いつもそう思っていた、ただ一人を除いて——




 ——ふと気がつくと

 灰色の世界の中から差し伸べる手が見える。


 色の無いその手に触れると、とても暖かく、優しかった。


「ここにいたのか、美月(みずき)


 それは、私の双子の兄、日々人(ひびと)の手。


 日々人は、皆んなと違っていた。

 どんな人混みの中に隠れてる人でも、どんな闇に潜んでいる人でさえも、必ず見つけ出すことができる能力を持っていた。

 そう、私とは正反対の能力だ。


 日々人だけは、こうやって灰色の世界で泣いている私を、いつも、かならず見つけ出し、日のあたる世界に連れ戻してくれた。


 日々人の存在だけが、私の唯一の(ひかり)だった。






 ——私の一家は、古い時代から、広義隠密という仕事を生業としてきたらしい。


 今の時代になっても、親たちは副業的に似たような仕事に就いていると聞かされているけど、具体的に何をやっているのかまでは知らない。


 私たち兄妹は、小さい頃から、血筋から遺伝する特殊な性質、能力を活かした訓練をさせられていた。


 日々人には、自らでやみを見破り、暴く訓練が与えられ、私には、自らでひかりを消し、潜む訓練が与えられた。


 親たちは、才能に恵まれた私たちを褒め、喜んでいた。


 そんな習慣、風習、伝統が、《《私を苦しめていた》》とも知らずに。


 

ああ…今日もまた、日々人の声が闇の中に響く。



 その声を聞くだけで、私は少しだけ安心できた。


 彼がいつも私を見つけてくれることを知っていたからだ。


 どんな時でも日々人は、優しく私の手を握りしめ、その手の温かさが私の心を温めてくれた。



「ありがとう、日々人…」



 私は日々人の存在に安堵しながらも、その心の奥底には常に孤独と不安が渦巻いていた。


 もし日々人がいなければ、私はどうなってしまうのだろう。


 そんなことを考えると、恐怖に押し潰されそうになる。






 ——そんなある日、

 兄、日々人は私に提案をしてきた。


「美月、最近、面白いオンラインゲームを見つけたんだけど、一緒にやってみないか?」


 ゲームなんて、私には縁のないものだった。

 でも、私と一緒にやりたいという、日々人の熱心で楽しそうな表情を見て、少しだけ興味が湧いた。

 なにより、日々人が、私を楽しませようとしてくれているのが、嬉しかった。


「いいよ、日々人。私、やってみる」


 こうして、私たちは「クエルクス・ワールド」というオンラインゲームの世界に飛び込んだ。


 最初は戸惑いながらも、次第に私はその世界に魅了されていった。


 ゲームの中で、私は初めて他人と接触し、会話する楽しさを知った。


 新しい仲間と出会い、共にクエストをクリアし、次第に自分を取り戻していく感覚があった。


 彼らは、私の闇に潜む能力を、すごいと称え、喜んですらくれた。


 私はここで必要とされている、期待されている、やるべき目標がある。


 少しずつだけど、このゲームの中に、ひかりを見つけた気がしていた。


 でも、その平和な日々は、

 突然終わりを迎えた——



 ——ある日、私たち兄妹は、ゲーム内の魔王を二人で倒した。


 その瞬間、異世界の神によって召喚されてしまったのだ。


「お前たちの能力を見込んで、我らの世界に召喚した」


 異世界の神の前に立つ私たちに、その声が厳かに響き渡った。


 私は戸惑いと恐怖でいっぱいだったが、日々人は冷静だった。


「日々人、美月。君たちは、我が世界の危機を救うために選ばれた勇者だ」


 その言葉に、私は驚きを隠せなかった。私が勇者?信じられなかった。


 でも、このまま日々人と一緒だったら、どんな場所でも大丈夫かもしれない。ずっと二人でいられるならその方が良いのかもしれないとすら思っていた。


 しかし日々人は違った——


 自分一人でその役目を果たすことを申し出た。

 そう、私を守るために。


「俺一人でこの使命を必ず果せる!だからどうか、美月は元の世界へ戻してやって欲しい」


 神は、クエルクス・ワールドと異世界の類似性、兄妹、裏表で特性の異なる二人の勇者を招いたことの重要性などを語り、二人で行動することを強く推奨した。


 しかし日々人は、私の能力が、闇の勢力、魔族が扱う領域に近く、その世界で多用することの危険性を説き、ついには神を説得してしまった。


「日々人!私も行かせて。私を一人にしないで!」


 私は、泣いて抵抗したが、日々人の決意を変えることはできなかった。



「美月、俺にとってお前は一番大切な存在なんだ。俺の、生きる意味なんだ——」



「日々人は何も分かってない、あなたの居ない世界なんて、私には何の意味も無い…」


「分かってる、でも分かってくれ、俺は、魔王を討伐して、必ず戻るから!」


 兄の言葉に涙が溢れた。彼がどれだけ私のことを思ってくれているかなんて…


 痛いほど分かってる、分かっている、分かっている、分かってるんだ!


 ただ一緒にいて欲しい、それがぜんぶ、私の我儘だってことも。


「分かった…日々人。信じる、待ってる…」


 こうして、兄は一人で、勇者として、異世界へと旅立った。


 私はその背中を見送りながら、自分の無力さを痛感した。


 日々人に守られ続ける自分の不甲斐なさを、数奇な人生を恨んだ。


 でも一番悔しかったのは、日々人が居ないと何もできない”私”という存在だった。



「ねえ神様、私がこのまま戻る条件として、一つだけ約束して!もしも…」





 ———それから


 数ヶ月が過ぎても、日々人からの連絡はなかった。

 不安と孤独が再び私を襲った。私は再び闇の次元に引きこもりそうになっていたが耐え続けた、

 

 

 なぜなら——


  

 ある日、再び、あの神の声が、響いた。


「美月よ、約束に従い君を、異世界へ召喚する…条件が揃った…」


 私は目を閉じ、深呼吸をした。



 今度は、私が勇者となって、日々人を救わなければならないから。



 例え死ぬことになっても、私は死なない、何度でも、何度でも、這い上がり、かならず日々人を救う。


 

 たとえ世界の全ての、ひかりを喰らってでも。



 ◇◇◇




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今連載中の

【棍棒勇者】俺は、棍棒だけで魔王を倒す。【異世界で超縛りプレイ】

もうひとりの勇者 美月(みずきが兄を追って異世界に来た背景を書いた外伝のストーリーです。

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