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世界樹の木から、創世の男神・女神が誕生してからずっと何者にも目を向けられず、無として扱われていた闇があった。その闇は己の存在に疑問を持つでもなく長い間世界を揺蕩っていた。個としての自覚は無く、ただ微睡むものとして。
それはずっとそうして揺蕩っているはずのものだった。
世界樹の木から、創世の男神と女神から弾きだされたもの。
いつの頃からか闇に自我が目覚めつつあった。
だがそれはある時まで芽生えかけの自我のままで、育つことはなかった。
闇なるものはある日懐かしい力に溢れた存在に気づく、けれどその力ある者は己に近い存在として感じた。
個としての自覚がまだ浅く、何故それに惹かれるのか気づかないまま、それはその存在に惹かれ近づく。
それは千里を駆け、その存在の前に姿を現す。
その姿は変幻自在にて、己の姿は対する者の欲する者の姿を体現する。
「父神様・・・?」
エデルの前に姿を現した闇は、エデルの恋い焦がれてやまぬ父神の姿をしており、正常な判断力を失っていたエデルには見抜くすべはなく。
「父神様、迎えに来てくださったの、ですか?」
目を瞠って口角を上げるエデルは喜びに満ち溢れ、とても美しかった。
光輝く黄金の髪に新緑の瞳。それは闇にとっては眩しすぎたが、何故だかとても惹かれた。
闇はそれを強く欲しい、と思った。
そうしてそんな己の強い衝動に戸惑う。
己を「父神」と呼ぶそれに対して、初めて好意的に迎えてくれたものへ恐る恐る近づく。
闇は己が滅びを呼ぶものとして忌避されてきた自覚は無く。
ゆっくりとエデルに近づいた。
そっと触れたエデルは暖かく、強い歓喜が己を貫いた。
出会ってはいけない者同士が出会った瞬間であった。
闇とエデンは逢瀬を幾度となく重ねた。
逢瀬を重ねるほど、闇は己の中に沸き起こる飢餓感が大きくなることに怯えるようになった。
何度目の逢瀬の時だっただろう。
木の幹に二人で寄り添っている時だった。
「どうされたの?」
不思議そうにこちらに目を向けるエデルの目は信頼に満ちたもので。
「いや、なんでもないよ。」
そう答えた闇だったが、己に対して恐怖を感じるようになっていた。
だが闇にはどうやってその衝動を止めて良いのかわからなかった。
そうしてある日闇は堪えがたい衝動に突き動かされ、惹かれて止まないエデンを喰った。
それは本能のなせる業で・・・。
だがほんの少しの差でエデルの神聖が勝ち、喰われたはずのエデルは逆に闇を飲み込んだ。
闇とエデンの心が共鳴し世界を一瞬覆った。
エデルを本能のまま喰おうとした闇は、己がエデルを喰おうと、取り込もうとしたことに拒絶反応を示し、そしてそれを逆に止めてもらえた事に安堵した。
ただ逆に、喰われそうになったことに驚いた心のまま、暴走したエデルの神力が闇を喰ったことに、エデルの心は悲鳴を上げた。
「あ、あぁ!!」
その慟哭は千里を駆けた。
喰われた闇の心は夢の中を揺蕩い、喰ったエデルの心は狂気に染まった。
それは瘴気が生まれた瞬間であり、創世の男神と女神の長子が、闇に落ちた瞬間だった。




