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隠れてすぐに足音がはっきりと聞こえてきた。
息遣いが荒い。
(複数? 何かから逃げている?)
ずさぁっ。一人が足元をよろけさせ転倒したようだ。
「か、かしらぁ!」
声を掛けられた男は「しっ!」と鋭い声を上げると男の口を手で塞いだ。
震えている男から臭いがする。
失禁しているようだった。
洞窟の外にも人がいるようで、声が聞こえてきた。
外の様子は阿鼻叫喚の様相を呈している。
知らず手に力が入った。
「た、助けてくれぇっ」
「ひいぃぃぃぃ」
「うわぁぁぁ!」
男たちの悲鳴に答えたのは涼やかな女性の声だった。
「つまらないわねぇ。もう少し楽しませてくれないかしら?」
その女の声は始まりの塔の巫女姫の声だった。
話し方が違う、声の出し方も違う、だが巫女姫の声色だった。
ローゼンタイン領で育ったセイラは両親に連れられ、よく始まりの塔を訪れていた。
貴族令嬢だからだと思っていたが、今思えば、時の輪の乙女だったから、巫女姫と一緒の時間を過ごすことを塔から許可されていたのだろう。
セイラは、疑問にも思わず巫女姫と近しくさせてもらっていた。
ここ数年は王都暮らしだった為、縁遠くなっていた始まりの塔ではあるが、子供の頃から可愛がってくれていた姉のような巫女姫の声を間違えるはずがない。
セイラは両手で口を塞ぐ。声が出そうになった自分を宥める。
(巫女姫様!?)
巫女姫の姿をした者は宙で胡坐をかいて座りながら膝に両手を置き、首を傾げつつ残酷な笑みを浮かべていた。
「他の仲間たちと同じ方法が良い? それとも・・・」
目の前で巫女姫から瘴気が吹き出し、男たちを襲う。
瘴気が男たちを包むと、しばらくはもがき苦しむ男たちの悲鳴が聞こえたが、次第にその声が弱々しくなり、そうして、途絶えた。
後に残るのは男たちの来ていた服と思われるものの端切れと流した血のみだった。
男たちを飲み込んだ瘴気が、どくんどくんと脈打っている。
「食事はこのくらいでいいかしら、ね。」
女は洞窟内に興味はないのか、くるりと背を向けると塔の方へ歩き始めた。
目の前でガタガタ震える男の口をしっかりと己の手で塞いでいた頭と呼ばれた男は、
しばらく動かなかった。
隠れているセイラはずるずると洞窟の壁を背にしゃがみ込む。
両手で自分の口を塞いだまま、涙が溢れた。
どれくらい時間がたっただろうか。
気が付いたら目の前の男二人は居なくなっていた。
外から明かりが少し入ってきている。朝が来たのだろうか。
セイラはのろのろと立ち上がろうとした。
(私も早くここから立ち去らないと・・・)
膝に力が入らなかった。
両手で洞窟内の壁に手を置いてゆっくりと立ち上がる。
その時だった、また人の気配を感じて体が強張る。
もう限界だった。隠れているのも、人の叫び声を聞くのも。人が人を殺すのも。
が、目の前に姿を現したのは、カインだった。
彼自身も目くらましの魔法をかけていたらしく、姿を現すまでわからなかった。
彼は遮蔽と目くらましの魔法をかけているセイラの方へまっすぐ歩いてくる。
まるで見えているかのように近づいてくると、セイラの頬を両手で優しく包んだ後、涙で濡れたセイラの眦に、頬に、額に、優しく口づけを落とし抱きしめた。
「無事か?」
掠れた声で囁くように確認する声は震えていた。




