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目の前にあの女神がいた。
そう、あの瘴気を腕に抱いて眠る女神が。
地上から50センチほど浮いた空間に立ちつつ瘴気を抱きしめていた。
(あれは夢じゃなった?)
女神は変わらず美しかった。
瘴気を腕に抱き、瘴気が眠りから覚めようとすると女神の力が瘴気を眠りに誘う。
ただ夢で見た映像よりも一進一退を繰り返しているようだった。
「女神様?」
目の前の女神の瞼が震える。
セイラは固唾を飲んで見守った。
ゆっくりとゆっくりと瞼が開こうとしている。
その目の色は、やはり漆黒で。
そうして開かれた目の焦点が合い、女神がセイラを見た。
女神は微笑み、優しげな唇を開く。
『懐かしい気配だこと。』
届く声は耳ではなく、頭に響いてくるようだった。
女神は口の端を上げると優しくセイラを見る。
『こちらへ。』
呼ばれたセイラは歩いて女神に近づく。
そして女神に近づいたセイラはふわりと体が浮き、女神と同じ目線になる。
驚くが相手は女神なのだ。どんな不思議があってもおかしくはない。
『名は何というの?』
「セイラ、 セイラ=ローゼンシュタインと申します。 女神様。」
『セイラ。こんな私をまだ女神と呼んでくれるのね。嬉しいわ。愛しい人の子。』
慈しみの眼差しでセイラを見た女神はセイラの頬に触れた。
『これで負担が減るでしょう。』
何かをされたのはわかったが、何を実際にされたのかはわからなかった。
しばらく女神はいろいろとこの世界に関わることを教えてくれた後、遠くを見つめた。
『伝えたいことは沢山あれど、残された時間は多くはなさそうね。』
女神は人差し指で彼女のおでこを触ると告げた。
『今は封印しておきましょう。その知識は今は重荷になるでしょう。』
一度女神は目を閉じ、開いた時には何かを決意した眼差しをセイラに向けた。
『戻りなさい。人の子がここに長くいてはいけないわ。』
女神の優しい力に包まれセイラは女神の目線よりさらに上に浮上する。
急速に女神から離れていきつつ、眼下に広がる景色と女神を見つめた。
女神がまた眠りにつきつつあるのをセイラは見守った。
瘴気を抱きつつ再び眠りに落ちる。
彼女の眠りが幸せな物でありますように。そう願わずにはいられなかった。
* * *
セイラが元いた洞窟に辿り着いた後、彼女を包んでいた優しい光が消えていく。
女神に会う前の泉の眩しいほどの光はもうなく、ただ沈黙のみが支配していた。
先ほどまで鉱石が発光していた洞窟内も光が陰ってしまったようだった。
ふと足音が聞こえたような気がして、セイラは身を翻す。
洞窟の祭壇の左手にある窪みに身を滑らせると急ぎ遮蔽と目くらましの魔法を展開した。
誰か人が来た? それとも気のせい?
心臓がどきどきした。いきなりここに飛ばされたので、剣を持っていない。
王宮内でなければ護身用の小型ナイフを携帯していたと思うが、今はそれを言っても仕方がない。




