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あの日、僕は心配だった。


僕が犯行を起こす前日、

光里は父親の持っていた包丁を見て僕の家へと逃げ込んできた。

『殺される』。

そう思ったに違いない。

「まさか…私を殺そうと?」

光里は肩で息をしながら、今にも泣き出しそうな顔をして言った。

なぐさめて、否定してやりたい。

だが、素直に否定しきれない思いがあった。



そして、運命を変えてしまうあの日。

空はきれいに晴れ渡っていた。

光里は僕の家から直接仕事場へ向かった。

しかし、僕は心配でいても立ってもいられなかった。

光里があの家へ帰ったら、今度こそ父親に…。

嫌な不安だけが僕を包み込んでいた。

その『不安』は、彼女の死をあらわすものではなく、

自分自身の運命を変えてしまうものだとは知らずに…。


その不安に背中を押され、本能的に光里の家へと向かった。

考える暇もなく、勝手に足が動き出していた。

「光里…?」

ドアを開けて名前を呼んでみる。

丁度、仕事から帰る頃を狙ったはずなのだが、彼女はいなかった。

その代わり、光里の父親がそこにいた。

「何だ、光里の男か」

虚ろな目をした男が、不安な足取りで僕に近づいてくる。

物凄い酒の匂いが嗅覚を奪った。

この男が光里を・・・。

そう考えている内に、怒りが込み上げてきていた。

今まで苦しんできた光里の姿が目に浮かぶ。


何かぼそぼそと呟いている彼の全身を見回した。

ここで僕が怒っても仕方がない。

全ては光里の石が一番大切。

そう理解していたはずだった。

しかし、彼の手の中にある古びた包丁を見た途端、

僕の血は全て脳へと送り込まれていくようだった。

「それで光里を殺すのか…」

我を忘れたボKは、彼の返答を待つ間もなく、飛びかかっていた。

断片的な映像が瞳に送り込まれる。

彼が無造作に握っていた包丁が、何故か僕の手の中にある。

気付いた時にはもう、遅かった。

倒れた彼の体中から、赤い体液が次々と溢れ出し、

酒の匂いと混ざって尋常ではないものとなる。

流れていく血液を、頭を空にして眺めていた。

こんな汚い男から流れる血でも、真っ赤で綺麗に見えるものなのか…。


これからどうしよう、と思った瞬間、

僕の隣には仕事から帰った光里が立っていた。
























―――そうして、僕は彼女をもこの手にかけた。


「あなたは恋人を殺してしまったショックから、

 この悲惨な出来事を一時的に忘れてしまったのです」


―――彼女がそう望んだのか、父を殺した僕を批難したのか。


「いわば、精神混乱状態だったのです」


―――僕はもう、覚えていない。


「彼女の幻覚を見ていたのですよ。

 さて、光里さんを殺したのは覚えていますか?」


―――ああ、はっきりと覚えているよ。


「瑞哉さん、聞いていますか?」


彼女は僕の手を握って、自分で自分を解放したんだ。

君が好きだった父と同じもので、同じ僕から。

最後に見た、光里の顔は笑っていた。


―――そう、笑っていたんだ。


「瑞哉さん」


「…光里、笑っていた」

「それはどうしてですか?」


「僕と…そして父を愛していたから」



幻覚から覚めた僕は、後悔するものだと思っていた。

しかし、彼女を幸せに導いたのだ。

彼女の望みを叶えるために、僕はそのリスクを全て負うことになる。

それでも、彼女の最後の表情は僕に様々な感情を与えてくれたから…。



空が曇っている。

あの日と同じ、晴れ渡った雲はもう現れない。

現れるとしたら、それはきっと僕が現実から解放される、その日だろう。



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