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「光里・・・温かいものでも飲みなよ」
僕は色あせてしまった瞳に話しかけた。
光里の前に紅茶を差し出すが、彼女は特に何の反応もなくそれを受け取る。
ポカンとあいてしまった心が目にも表れているようで、
黒々とした視線が紅茶に注がれる。
絶え間なく湯気をはき続ける紅茶に罪はないのだが、
なぜか光里の心を盗られてしまったような気がした。
二日間、彼女がここに着てから僕は家の外へ出ていない。
もちろん、光里本人もそうである。
少しでも離れれば、いつの間にか消えてなくなってしまいそうで不安だった。
光里はまだ紅茶に目を落とし、僕の方を向こうとしなかった。
彼女の顔の前で揺れる髪の毛を見ながら考える。
『ここにいていいから』
二日前に僕が彼女に言った言葉である。
その時、光里はまだ笑顔を見せていた。
それがどうして、今は言葉さえ吐かない。
やはり、彼女の中で父の存在は大きかったのだろう。
『殺される』
本能的にそう感じ、
生きる者として備わっていた守備的な何かを作動させてしまったのかもしれない。
とっさに出た本能が、最愛の父を殺した。
そして理性を取り戻してみると・・・そこには後悔しかない。
あくまで僕の推測だが、こう考えるのが普通だと思う。
音を発しながら、少しずつ紅茶を口に運ぶ光里。
それを横目で見ながら、光里の恋人として思う。
『もう一度、彼女の笑った顔が見たい』
よく聞く言葉でもあるが、それが僕の中にも芽生えるとは思わなかった。
必然的な感情なのだと悟る。
その時、玄関からインターホンが鳴り響いた。
光里は驚いて思わず紅茶の入ったカップを投げ出す。
やっと、人間らしい行動を見れた。
「光里!」
玄関に行こうとしている自分の足を一回転させて、光里に駆け寄る。
「大丈夫か?火傷してないか?」
申し訳なさそうな顔を見せるものの、依然として声は聞けなかった。
カップは割れなかったが、紅茶が弱い湯気を発生させながら床に広がってゆく。
光里の切なそうな顔が瞳に映る。
ピンポーン、と家の中で起きている事も知らずに誰かがベルを鳴らす。
タオルを棚から引っ張り出して、紅茶が拡散していく床に投げた。
「うるさい!今行くよ!」
思わず叫んでしまう。
床に放ったタオルが、紅茶を吸い込んで茶色く染まっていくのが目の隅に見えた。
光里はベッドに座り、俯いている。
「・・・はい」
僕はドアを開けて前を見る。
ロングコートを着た男が、白い息を吐きながら立っている。
「警察です」
そう言うと、マニュアル通りに手帳を見せる。
生唾を、飲み込む。
どうして彼女がここにいることが分かったんだ?
「河村光里さん、という方をご存知ですか?」
男はあくまで丁寧な口調で聞いてきた。
その間も、僕の頭の中で様々な思考が飛び交う。
知らないことにしようか。
それとも全部話して自首させてしまおうか。
彼女の父にも非はある。
もしかしたら、軽い刑で済むかもしれない。
震えそうな唇を噛み締めて口を開いた。
「・・・はい」
「あたなは、斉藤瑞哉さんですね。署までご同行願えますか」
呼吸が一度だけ止まった。
もう一度・・・。
「斉藤さん、ご同行願います」
男は僕の顔を見て、口調を強めた。
僕は
殺していない。