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光里が初めて僕に、父から受けた暴力のことを話してくれたとき、
彼女の表情は恐ろしいものを見るかのように怯えていた。
きっと『このことを話した』という事実が父に知られたら・・・と心配していたのだろう。
全てを話し終えると、安心したのか、
それとも今まで感じた痛みが半減したのか、光里は泣き出した。
それを見て、何故か僕も泣きたくなる。
こんなに小さな彼女が、
大きな哀しみと痛みを背負って生きていたかと思うと切なくなった。
最初に父親が光里に暴力を振るって以来、毎日のようにそれは行われているという。
それも他人に見られないような腹部などと中心にして・・・。
確かに光里の腹部や普段目に付かない場所には痣や、痛々しい傷が目立つ。
僕はその現場を想像しようとして、すぐに止めた。
目の前で泣いている光里と、
父に痛めつけられている光里が全く別人のように感じられたからだ。
弱い部分と、強い部分を見せられてしまった僕の中に戸惑いがある。
「僕の家にいればいいよ」
彼女の保身を思い、僕は強くそれを希望した。
いつか、いつか大変なことになる。
しかし、彼女が言うことはいつも同じだった。
「父さんが、可哀相だから」
思わず彼女の心臓を疑ってしまう。
『家族愛』というものは、これほどまでに強いものなのだろうか。
僕が彼女の立場だったら、とっくに家を飛び出ているはずだ。
しかし、光里が涙を流さずに、嬉しそうに父親のことを話すこともあった。
「自堕落な生活を送っている父にも、毎日欠かさないことがあるのよ」
光里はキラキラした瞳で言う。
光里の父は、毎朝玄関に立ち、自ら新聞を待っていたという。
そのせいで新聞配達の若い男とも一言二言、会話をしていた。
その時ばかりは、上機嫌で爽やかに挨拶を交わす。
どこから見ても、娘に暴行を加えるようには見えなかった。
「・・・父さんにとって、これはどんな意味のある行為なのかしら」
光里の眉間には皺が寄せられていた。
確かに、自分を手で受け取ることには全く利益を感じない。
だが、彼女は父親に残された唯一人間的な習慣を、
まるで宝石を見るような愛しい目をして語っていた。
僕にはその彼女の行動が全く解せなかった。
彼女の重いとは裏腹に、父親の光里に対する暴力は日に日に強くなっているようで、
夜中に僕の家に来ることも珍しくなかった。
一時的に僕の家に逃げてくることはあっても、次の日には父親の待つ家へ帰る。
彼女の変わりに奴を殴り飛ばしてやりたい・・・。
僕のその思いは徐々に強くなっていった。