幸せではないけど、不幸じゃないよ
あまりに見たくないモノを見てしまった気分だった。
私はバイト先のレストランに入ってきた男性とその家族を見て思わず固まってしまった。
私の父親が母と離婚した後、どこかの誰かと再婚したのは風の噂で耳にしている。そして目の前に記憶の中にある父の姿のそのままの男性がいる、隣には優しそうな奥さんがいて、活発そうな男の子と頭の良さそうな女の子が並んで座っている。
典型的な幸せな家族の光景だ。
私にはとても眩しくて、幸せな家族の理想像がそこにあった。
「いらっしゃませ、ご注文がお決まりでしたらお呼び下さい」
複雑な心境だ、まさか父親とその家族を接客する事になるなんて。そして父も私を見て唖然としていた、まさか偶然入ったレストランに元娘が働いているなんて思わなかったんだろう。
そして父が私の存在を覚えていたのが意外だった。
「これはさすがに気不味い・・・あの、店長お話が」
最初は仕事なので一応は接客をしたけど精神的にキツかった、店長に事情を説明して接客を交代してほしいとお願いする。事情を聞いた店長は驚いた顔をしてホールの方を覗き込む、父は家族と楽しそうに談笑しているが、どこかソワソワしているみたいだ。
「貴女は厨房に入って」
「ありがとうございます」
こういう時に個人経営のお店は助かる、お言葉に甘えて厨房に入らせてもらう。洗い場を見るとお昼のピーク後だったので大量のお皿が山積みになっていた。
「こりゃ、大変だ」
腕まくりをして気合を入れて皿洗いを始める。皿を洗っている間にも次々とお皿が運ばれてくる、気がつけば相当の時間が経っていた。
「かなり粘っていたけど、さっき帰ったわ。本当に有希ちゃんのお父さんだったみたいね」
ひと段落つくと店長が厨房に入ってきて私にメモ帳の切れ端を渡す。
「090・・・」
明らかに携帯電話の番号だった、私は困惑した顔で店長を見る。
「貴女にこれを渡してほしいと言われたわ」
今更父親と会うのは抵抗がある、しかし捨てる訳にはいかないので取り敢えずはポケットの中にメモ書きを捩じ込む。
その日は心ここに在らずといった感じてバイトを続けていたと思う、気がつけばバイトの時間が終わっていた。
「ただいま、お婆ちゃん」
「おかえり有希ちゃん」
家に帰るといつも通り祖母が笑顔で出迎えてくれた。
「ご飯は?」
「うん、あんまりお腹空いてないからいいや、ゴメン」
今日は何だかとても疲れた、祖母に詫びを入れて自分の部屋に入る。
今の私は祖母と2人暮らしだ。
父と母は私が幼い頃に離婚して私は母に引き取られた。離婚の原因は後から知ったが、母が昔好きだった人と再会し、お互い好き同士だったと分かって燃え上がってしまい、一線を越えてしまった。
私はよく覚えていないが、かなりドロドロの離婚劇だったと聞いている。私は祖母に預けられていたので知らなかったが、最終的に激昂して母に手を上げてしまった父の暴力が決め手となって離婚が成立し、そのせいで親権も母にいったらしい。
その後の母はすぐに好きな人と一緒になった、邪魔者の私は祖母の家に預けられたままで、それからは一度も会う事もなく10年近くの歳月が過ぎていた。もう母の顔さえも覚えていない。
今まで私が道を間違わないでこれたのは、祖母が親身になって育ててくれたおかげだと信じている。
「今更電話なんてできないよな」
ベッドに横たわり、父の電話番号を見ながら呟く。今まで私に会いに来なかったのを疑問に抱いていたから少しは恨めしい気持ちは持っていた。
正直言ってもう母とは会いたいない。祖母から聞いた話では、どこか遠くでどこかの誰かさんと暮らしていると聞いているが、もうどうでも良い。
私の人生を滅茶苦茶にされたので母を恨む気持ちは少なからず抱いている、もし母が幸せだったら気分は良くないし、再会したら母の人生も滅茶苦茶にしたいという黒い気持ちに支配されそうだ。
そして父に対しては遠目に見て思ったが憎いなどの黒い感情を抱く事はなかった。改めてあの場面を思い返してみると、あれは父が努力して築いた幸せな家庭だ、そんな大切なモノに私のような異物は関わらない方が良いのではないかと思っている。父を恨めしい気持ちは多少あるが、再婚相手の奥さんと子供達の幸せな顔を見た後だと、あれを壊してはいけないと思い始めていた。
悶々としたまま父には連絡せず、いつも通りの毎日を過ごしていた。そしていつものようにレストランでバイトに勤しんでいるとお昼のピークを過ぎた遅がけに来客があった。
「いらっしゃいま・・・せ」
思わず固まってしまった、なんと父が一人でやって来たのだ。
「有希・・・」
名前を呼ばれても反応が出来ない、この微妙な空気は何とも表現する事が出来なかった。すると何事かと店長がやって来て今の状況に絶句する。
取り敢えず店長のはからいで奥のテーブル席を使わせてもらえる事になった。
「仕事中に済まなかった」
父に開口一番で謝られる。
「私の事を覚えてたんだ」
言いたくないのに恨み言を言ってしまった、「しまった」と思ったが父は更に深々と頭を下げて謝ってくる。
「信じてくれとは言えないが、一度も有希の事を忘れた事はない。ただ何度お母さんに連絡しても会わせてくれなかった、新しい父親に懐いているから二度と会わないでくれと言われてしまって・・・」
「はぁ!?嘘!?」
思わず大きな声を上げてしまった、父は私の反応に驚いた様子だ。
「私はお婆ちゃんとずっと二人暮らしよ」
恥ずかしくなって声をひそめる、そして今の私の現状を説明すると父は絶句する。
「どっかの誰かと遠くで結婚したとか言ってたけど、一度も会った事はないよ」
「あのクソ女、騙しやがって」
父は低く唸るよな声で母に怒りをあらわにしている、私に気がついてすぐに元の顔に戻るが、今までずっと煮湯を飲まされてきたのだろう。
「ごめんね、せっかく連絡先を貰ったのに、どうしても連絡する事が出来なかったよ」
今度は私が連絡先を教えてくれたのに連絡しなかったのを謝る。ただ何年ぶりに会ったのに、恨み辛み無しで穏やかなコミュニケーションがとれている事に驚いている。
「いや、その、悪かった、突然電話番号を渡しても混乱させるだけだったよな」
「あはは、何を謝ってるの、とても幸せそうだったから邪魔出来なかっただけだし」
私が笑うと父は驚いた表情をする。
「全部知ってるよ。お母さんが全部悪かったんでしょ?お父さんが辛そうにしてたのを何となく覚えてる」
父は大きく目を見開いている、目は真っ赤になって涙を堪えているのがよく分かる。
「本音を言うと、お母さんもお父さんも幸せになってほしくなかった、すっごい捻くれているでしょ?私はお婆ちゃんに大切に育ててもらっているからさ、猫被って誰にも言えない本音だけどね」
すると父の涙腺が決壊したかのように涙をこぼして何度も何度も頭を下げて謝罪する。
「済まなかった、本当に、本当に済まなかった、あの時、俺が引き取る事が出来ればと、こんなに後悔した事はない!」
延々と続く謝罪に気まずくなる、何も言えずに父が落ち着くまで待つしかなかった。
「どうだろう、良かったらもう一度父さんと」
「それはダメ」
泣き止み、落ち着いた父が口にしようとした言葉を途中で遮る。
「お父さんの今の家族に私のような異物が入ったら壊れちゃうよ?せっかく手に入れた宝物なんだからそっちを優先して。私は今まで大切に育ててくれたお婆ちゃんを一人にさせられないし、バカ女が帰って来た時に1発殴ってやりたいからこのままでいいんだよ」
父は納得出来ない様子だ、だけどそれが今の私の本心だ。今まで育ててくれたお婆ちゃんを一人にするのは私には出来ないし、母に対しても殴りはしないけどせめて一言文句を言ってやりたい。
「せめて、今まで出来なかったので何かさせてくれ」
それでも食い下がる父の姿に何となく嬉しくなってしまう。
「それじゃ、コーヒーを一杯奢ってよ。ここのコーヒーは最高に美味しんだから!店長、コーヒーを2つ下さい」
「は!?」
意外な提案だったのか父は戸惑っている。
「ちゃんと養育費を払ってくれてるのはお婆ちゃんから聞いてる、お婆ちゃんが養育費が振り込まれる通帳をお母さんから取り上げたって自慢していたから。そして今日、お父さんと話せて私の事をちゃんと覚えていて、大切に想ってくれていたのを知れたから私はそれで満足だよ」
店長が出してくれたコーヒーにたっぷりのミルクと砂糖を入れる。一口飲むと甘ったるくてほんのり苦い味が口の中に広がる。
「私はお父さんの家族の邪魔はしない、今後も関わる気は一切ない。私が真っ当にこれたのはお婆ちゃんのお陰であって、私がお婆ちゃんに恩返しするのは当然のことだから」
父も店長が出してくれたコーヒーを口にする、ミルクも砂糖も入れずにブラックで飲んでいる、この姿はさすがに大人の佇まいだ。
「・・・そうだな、もし将来的にお婆ちゃんが亡くなって、私が一人になった時は助けをお願いするかも。きっと私はお母さんと対決しなきゃいけない、その時は味方になってよ」
きっとお婆ちゃんが亡くなったら母は必ず私の前に現れるだろう、きっとその時の私はかなり落ち込んでいるだろうから母にいいようにやられてしまいそうだ。
「ああ!その時は必ず連絡をくれ、必ず助ける!」
幼い頃に父が涙を流している姿は私の記憶に残っている、そして再会した今日も泣いているので、ついついあの頃を思い出してしまう。
だけど記憶の中の涙と今日の涙の意味は全然違うと思う。
「さてと、そろそろバイトに戻るね。こんな元娘の所に寄り道してないで、真っ直ぐ家族の所に帰りなって。安心して、私は幸せじゃないけど不幸じゃないから、学校にも行けているし、少ないけど友達もいる、ちゃんと真っ当に生きていると思うから心配しないで」
私は席を立って再会の終わりを示唆する。父は名残惜しそうな顔をしているのでまだ話をしたかったのかもしれない。だけど今の私はバイト中で店長のご厚意に甘えている状況だ。
「コーヒーご馳走様、じゃあね」
お礼を言うと私はバックヤードへと向かう、それを見て父は諦めがついたのか立ち上がってレジに向かって歩き出した。
その後、何やらレジで父と店長が揉めていた。コーヒー代は要らないという店長と、私に奢らないと示しがつかないと言い張る父、双方が譲らずに言い争っていた。私は笑いを堪えながらバックヤードでそれを聞いていたのは秘密だ。
*誤字脱字報告ありがとうございます、報告があり次第すぐに直します。
それと文を少しだけ整理しました。
GW中に色々な小説を書いて投稿しよういうチャレンジを勝手にやってまして、GW中に間に合わなかった2作目の小説です。超短編小説という事で5,000文字程度を目安に書いたので人物像が薄いかもしれませんが、練習も兼ねているのでどうかご容赦下さい。
読んでいただき本当にありがとうございました。