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新兵衛の苦 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは四苦八苦の四苦の部分はご存じ?

 そう、生・老・病・死の四つとされている。

 あとの3つなら、記憶も鮮明なうちに体験できるだろうね。最後の死に関しては、経験談を誰かに語れないのがいささか残念だけれども。

 ただ最初の生。これについて、はっきり語れる人はそうそういないんじゃないかと思う。

 当然、女性で産む側に回ったことがあるなら、かなり濃い体験談を語ることができるだろう。しかし、産まれる側からしてみると、何が苦しいのだろう。

 人間のファーストメモリーは、たいていが2,3歳になった頃からだと、聞いたことがある。それ以前の記憶について、本人は判然としないというんだ。

 ある親の話だと、産まれた子供はそのときのことを、空の高くから両親を見下ろし、彼らを指さした直後に母親の胎内にいた……と語ったこともあるらしい。これも転生話のひとつといえるのかな。

 僕の地元にも、奇妙な転生話とその苦しみについての言い伝えがあるんだ。耳に入れてみないかい?



 むかしむかしのこと。

 とある夫婦の息子が七五三の帰りに、寺の石段で足を滑らせて落下。最上段から最下段まで、鞠のように転げ落ちてしまったらしいのさ。

 幸いにも傷は少なく、いったんは飛んでしまっていた意識も、一刻もすれば回復した。

 安堵のため息を漏らす両親だが、息子はというと、布団代わりのわらにくるまったまま、きょとんとしている。

 むくりと身体を起こすや、親に向かってお前たちは誰か、ここはどこかなど、息子であればあり得ない質問を連発してきた。

 当初は頭を打ったものだと心配されたが、その受け答えはあまりによどみがない。両親が息子に聞き返すと、自分は名草村の新兵衛だと名乗ったらしい。


 名草村は、両親のいる村よりふたつ山を越えたところにある。

 両親は村人たちと話し合った末、かの名草村へ息子を連れて行ったんだ。村につき、調査をはじめようという矢先に、息子はこれも迷いない歩みで一軒の家の前に立った。

 自分の家だという。そこに住まう家族へ話を伺うと、確かに新兵衛という者がいた。

 50日前までの話、ではあるが。彼は50日前に、山で猟をしている際に、誤って崖から滑落。村民たちが捜索に出たものの、遺体を見つけることはできず。ただ彼の身に着けていたものが、引っかかっている木々を見つけ、それをもって死亡したものと判断。葬儀をとりおこなったとのことだった。

 息子は案内された新兵衛の墓の前で、しばし呆然自失していたが、やがて「元」家族たちに遺品のありかを尋ねた。

 彼は、本人でなくては把握できないだろう、こまごまとした品のひとつひとつを読み上げ、元家族たちをうならせたらしい。それらがいずれも、墓には入れられずに、家の蔵の中で眠っていることを知ると、「うん、うん」と何度もうなずいたとか。

 てっきり、受け取らせてほしいという申し出かと思いきや、彼はそれを大切にとっておいてほしいと、家族へ託したそうだ。

 自分が持っていては、またなくしてしまう羽目になるかも、とも。



 両親も元家族も、その言い回しに引っかかりを覚える。

 元新兵衛である息子は、あの50日前のことを語った。

 地面より離れた自分の身は、おそらくどこにも触れずに終わった、と。

 仰向けになり、どんどんと上へ遠ざかっていく山肌。これは助からないと新兵衛自身思ったとき、急に視界がぴたりと止まり、激痛が走ったのだそうな。

 外からではなく、内側から。流れる血すべてが、針と化して内側から肉も皮も破ったかと思う痛みで、意識があれば三拍と心が持たなかったろう。

 けれども直後、視界が変わった。

 これまでは一点に固まっていたそれが、とたんに動いたんだ。

 目を動かしたわけじゃなかった。羽虫か何かのように、目まぐるしく宙を飛び続け、どちらが上で、どちらが下か。すっかり分からなくなるほど、めっぽうに暴れたあげく、視界を失ってしまったという。

 そしていま、よみがえったときには、この息子の中にいたのだとか。


「あれが死ならば、二度と味わいたいものじゃない。我々が長い時間を生きるのは、あの死の苦に堪えんとするためかもしれん」



 そう言い残し、新兵衛は「息子」としての生活に戻ったが、まだ事態は終わっていなかった。

 十数年後。仕事をするようになった息子は、帰り道で軽く足をひねってしまう。

 やや出っ張った小石に足を取られ、そこへ妙な体重のかかり方をしてしまったらしかった。

 足の腫れや痛みは、さほどのものではない。だが息子は大きくなったその身体をふるわせ、顔を青ざめさせていく。


「同じだ、あの時と。あの時も、前にこんな……」


 そのつぶやきの意味を察することのできる者は、ここにいなかった。

 そして捻挫より数日。息子は不意に姿を消してしまったんだ。

 朝に起きたら、彼の姿は家のどこにもなかったらしい。履物のたぐいは残っており、それ抜きにしても、いなくなる彼を目撃した者はどこにもいない。

 数年がかりの捜索はなしのつぶてだったが、やがてその息子の両親の家に訪問者がいた。


 家を訪れた少女は、かつての息子、そしてかの新兵衛の名を口にしたらしいんだ。

 両親にはすぐに分かった。自分たちの息子が新兵衛の家を訪ねたように、彼女という姿の「元息子」がやってきたのだと。

 少女はやはり息子の遺品を残してほしいと告げ、またあの時と同じ、飛び回る自分の視線について話す。

 だが、今度はそれに付け足されるものがあった。あの、自分の軽い捻挫のことだ。


「ああして足をひねるとき。それがあたしの死期。そして生まれ変わりの時みたいなの。ははっ、もう勘弁してほしいんだけど」



 それから実に200年の間。

 捻挫をした数日後に、急死する人はしばしば報告があがったそうなんだ。そして、その死亡から50日後。生まれた赤子のいずれかは、同じ運命を背負って生まれてくる。

 それが幾度も繰り返され、しかも間隔が狭まっているのか。ある時は捻挫をするや、家に戻って家族に刃物を握らせ、「自分を殺してほしい」と頼み込む子供の姿さえもあったそうだ。おそらく、かの「新兵衛」だ。

 想像するに、彼はその気がおかしくなりそうな痛みを、つど経験し、記憶してきたのだろう。そして生まれれば、その痛みをまた味わうことになると。

 ならば、あのような最期を迎えさえしなければ、と考えたのだろうな。



 やがて200年の終わり。

 死亡した赤子の報告をもって、新兵衛の軌跡は絶える。

 厳密には胎から出た瞬間の息はあったが、へその緒が首に絡まっており、まともな産声さえあげぬままに、赤子は世を去ったらしい。

 それはやはり、捻挫をしたのち、行方不明になった者の出た50日後の話だったとか。


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