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第七話 天才博士リュウ・ウェイ

 再生医療の権威であった中国の天才医学博士リュウ・ウェイは、自身に起こった奇跡について考えていた。


 リュウは、自他ともに認める変わり者であった。医学以外のことについてはまるで興味を示さず、ときには衣食住のことをなおざりにしてでも、研究に打ち込んだ。


 知人に食事に誘われても応じることはなく、異性に対しても関心がなく、只々一日の全てを研究に費やしていた。


 そんな折、一人の若い女性研究者が、リュウの研究所に入ってきた。リュウより二回り年下で、優秀な研究者であった。フレンドリーでオープンな性格の彼女は、誰も寄り付かなかったリュウに対しても積極的に関わろうとした。見た目の愛らしさも相まって、異性の人気を集めていたが、誰の誘いにも応じていない様子であった。


 彼女がリュウの研究に加わって半年が経とうとした頃、研究室で二人きりになる機会があった。リュウはこの半年の間に、自分では気付いていなかったが、彼女を意識するようになっていた。知らず知らずの内に彼女を目で追うようになっていたし、彼女の問いかけに丁寧に答えるようになっていた。若い頃からただ研究にのみ人生を消化してきたリュウにとっては、この奇妙な感覚が何であるのかは知る由もなかった。


 二人で実験を進める最中、その過程で大事な研究データを彼女が消失させるアクシデントが起きた。顔面を蒼白させて謝罪する彼女に、リュウは人生で初めての冗談を口にした。


「そうだな。罰として、私と結婚してもらおうか」


 彼女は驚いて目を丸くさせたが、途端にその場で泣き崩れた。リュウも、自分から出たまさかの言葉が、彼女を傷付けたと驚いてしまい、号泣する彼女の周りでどうしたらよいのか右往左往した。


 パニックになっているリュウに向かって、彼女は泣きじゃくりながら話しだした。


 自分の両親が、リュウの研究成果によって難病を克服できたこと。それ以来、リュウに憧れて猛勉強してこの研究室に入ってきたこと。リュウは想像以上に寡黙な人だったが、自身の研究に対して真摯で尊敬できる人であったこと。色々な人に言い寄られてきたが、意中の人がいるのでと断ってきたこと。そして今日、その意中の人から思いがけない言葉を貰えたこと。


 彼女はリュウに最大限の感謝を伝えて、最後にこう返事した。


「よろしくお願いします」


 リュウはそのときのことをよく覚えていなかった。あまりの衝撃で脳がショートしていた。


 二人の交際が始まったことは瞬く間に知れ渡り、稀代の変人と揶揄されていたリュウに恋人ができたことは、研究所でも格好の話題になった。


 彼女と付き合い始めて、リュウにも次第に変化が生じた。彼女の生来のポジティブさに感化され、徐々に他者とコミュニケーションをとるようになった。研究を応用した新薬や治療法の開発にも関わるようになり、後進の育成にも渋々取り組むようになった。


 リュウは、自分の研究が大勢の人の命を救うものだと初めて認識し、自身に寄せられる多くの感謝の声に充実感を覚え始めていた。


 そして自分の目の前には、愛すべき彼女がいた。自分が今まで研究に費やしてきた時間の全ては、彼女と出会うためのものであったと、そう感じていた。


 交際を始めて更に一年が経とうとした頃、以前にした約束を果たすときが訪れた。季節外れの雪が降るある日、リュウと彼女は二人の結婚の了承を得るべく、彼女の両親に挨拶しに行くことになっていた。


 リュウは自宅で彼女と待ち合わせしていたが、約束の時間になっても、彼女は現れない。今まで一度も遅れたことがなかったので気にはなったが、「いつもより準備に時間がかかるのだろう」と、もう少し待つことにした。


 それから暫くして、電話がかかってきた。知らない番号であった。リュウは電話で伝えられた場所に急いで向かった。


 そこで目にしたのは、彼女の変わり果てた姿であった。雪でタイヤを滑らせた車が、歩道を歩く彼女に衝突したらしい。外傷は殆どなかったが、打ちどころが悪く、先程息を引き取ったと伝えられた。彼女の左手の薬指には、先日贈った指輪が光っていた。


 リュウは病院に駆け付けた彼女の両親に承諾を得て、彼女の遺体をコールドスリープさせた。


 それからのリュウは、彼女と出会う以前に増して研究に没頭した。何かに取り憑かれているようで、誰も寄せ付けなかった。


 月日が経ち、コールドスリープの保存期間が目前に迫っていた。リュウ発案の、ゾンビゼミのマッソスポラ菌に着想を得た死者蘇生の新薬は、まだ完成しないでいた。また自身の能力では、これ以上のものはつくれないことは、リュウ自身がよくわかっていた。


 リュウは彼女の肉体が損傷しきる前に、コールドスリープを解除し、一か八か薬を投与することにした。直前に他の哺乳類で試した実験では、よくない副作用が確認されていた。


 投与後暫くすると、彼女の身体が動き出した。身体を縛っていた拘束具を強引に剥がしとり、次々に研究員に襲いかかった。リュウはこの事態を予測していたように、冷静に実験室を封鎖し、彼女と残された研究員たちの観察と実験を始めた。


 心臓を始めとした臓器は活動を停止しているが、人間らしい挙動を行うこと。言語は理解できないこと。脳のリミッターが外れており、人間離れした力を有すること。人間に襲いかかり咀嚼し、おそらく活動エネルギーとして摂取していること。この生き物の体液が普通の人間の体内に侵入すると、約30分程で同じ症状を発症すること。他の動物には感染しないこと。種を存続させる本能なのか、襲いかかった人間を必要以上に損壊させず、感染を拡大させること。頭部を破壊すると、活動を停止すること。


 症状の特徴を概ね把握したリュウは、そこから更に時間をかけて特効薬の原型を開発したが、噛みつかれてすぐに接種しないと効果がない、不完全なものであった。


 リュウは、彼女を元に戻すことは叶わなかったが、それでも満足していた。自分の愛する人が、再び人の形で動いている。そのことに大いなる喜びを感じていた。


 国の監視下の元、秘密裏に更なる研究が進められていたが、ある日リュウは忽然と姿を消した。死者ゾンビーに成り果てた彼女とともに。


 リュウは、他者との交流が大好きであった彼女が、研究室に閉じ込められていることを不憫に感じていた。そして、彼女と行動をともにする仲間を用意してあげたかった。


 リュウは国外に脱出し、全財産を用いて極秘に死者ゾンビー化するウイルスを量産した。そして、人を雇って世界中の大都市の飲物に混入させた。瞬く間に感染は拡大し、人類史史上最大のパンデミックが発生した。


 そしてリュウは、死者ゾンビーで溢れ返る街中に彼女を解放し、自身にもウイルスを投与した。その顔は穏やかであり、優しさに満ち溢れていた。




 (これで彼女と永遠のときを)

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