第六話 防衛会議
会議は紛糾した。
避難住民の住居をどう確保するか。食料や医療品、武器をどう共有するか。そもそも共有するかどうか。徴兵の対象年齢は拡大するのか。第一防衛線内を奪還するのか。奪還にあたって中央地区は協力するのか。
信吾も会議の最初から同席していたが、話がまとまるようには到底思えなかった。会議が始まって数時間は経過していたが、各々の主張は決して交わることはなく、平行線のままであった。
各地区からの代表が数名ずつ参加していたが、各々が自身の主張を声高々に叫ぶだけであって、とても前向きな内容ではなかった。防衛線内のコミュニティは決して一枚岩ではなく、単なる寄せ集めの集団にすぎないのだと、信吾は痛感した。信吾の苛立ちはとうに限界に達していたが、口を挟まないように我慢に徹した。
我慢できたのは、住民たちの心情も僅かながら理解できたからである。まがいなりにも二年間守り続けてきた平穏が、ほんのわずかな時間で瓦解したのである。あの悪夢のような世界に再び放り込まれるかもしれないと思うと、誰もが自身の生活を、家族を、命を守ろうと、声が大きくなるのは致し方なかった。
議題が全て行き詰まって漸く、信吾に質疑の声が飛んだ。信吾が回答するに先立って、中野が信吾から聴取した報告書を読み上げたが、誰もが懐疑の目を改めることはなかった。機械人形が人間との対話を希望している、ましてや人間の治療を試みるなど今まで聞いたこともなく、到底信じることはできない内容であった。
「納得できない」「こいつが手招きしたに違いない」など、皆それぞれに信吾を罵った。まとまらない会議の鬱憤を、信吾という共通の敵役にぶつけて発散させているようにもみえた。
「そろそろかな」信吾が立ち上がって発言しようとしたそのとき、
「静粛に!」
中央地区の地区長、駒形が声を発した。途端に、会議は静寂に包まれた。駒形は、この防衛線内のリーダー的な存在であった。元は自衛隊の将校であり、この防衛線も駒形と自衛隊の生き残りの主導で築き上げた。発言力は誰よりもあった。
「草間君と言ったかな?」
「はい」
「まずはすまない。大人たちのみっともない姿を見せてしまった。」
「いえ、とんでもないです」
信吾は予想外の駒形の言葉に、意表をつかれた。駒形はどっしり落ち着いた調子で、話を続けた。
「その上で、これが防衛線の現状だということも理解してもらいたい。この二年間、君達の目にはのんびりしていたように見えていたかもしれないが、実際はぎりぎりのところでなんとか踏み止どまっていたというのが実状でね。正直、物質的にも精神的にも、余裕は全くない。食料を自給できるようになったのも最近のことだし、物資を確保しに遠征に出る度に犠牲者も出る」
駒形は信吾を通して、皆に語りかけるように話した。
「多くの犠牲の上にやっとの思いで掴みとった日常が、僅かな時間の間に消し飛んだんだ。心情を察してくれると助かる。さて、中野地区長が読み上げてくれた報告書だが、内容に間違いはないかね?」
「はい。死者も、機械人形も、宇宙生物も、俺が引き入れたわけじゃない。大事な幼馴染を危険な目に遭わせてまで、そんなことをするメリットがない」
信吾が駒形の質問に答えると、会議のメンバーから「嘘だ」「自分だけ助けてもらうような密約があったんだ」と非難の声が上がったが、信吾は気にすることなく話を続けた。
「皆さん、気が動転して正常な判断ができなくなっているみたいですが、どうやってヤツらと接触するっていうんですか。通信手段なんてとうの昔に壊滅しているし、機械人形にしろ宇宙生物にしろ、防衛線を攻め落とすつもりなら、俺なんかの協力なんて必要ないでしょ。世界中の軍隊を総動員させても、ヤツらの侵攻を止めることはできなかったんだ。現に機械人形が一体現れただけでこのザマだ。人間がたまたま生き残ってるのは、ヤツらの単なる気まぐれにすぎない!」
信吾の乱暴な物言いに、議場は緊張に包まれたが、信吾はやめようとしなかった。
「でも、これはチャンスだ!チャンスなんだ!人間の力なんてちっぽけで、防衛線を守ることも、防衛線の内側の生活を維持することだってできやしない。機械人形や宇宙生物がその気になれば、明日にでも消し飛ぶ命だ。だけど今日、ヤツらがそれを望んでいないのがわかった。機械人形は俺たちとの会話を希望して、俺の無茶苦茶な要求を呑んだ。宇宙生物も俺や真美を殺すのではなく、真美を連れ去ることを選んだ。ヤツらは、人間に求めている。なにかを期待している!」
「なにか、とは?」
駒形が静かに信吾に問いかけた。やはり軍人である。眼の奥には冷徹な光が宿っている。
「それは、わかりません。ただ、俺の前に現れた機械人形は、戦闘を望んでいるようには見えませんでした。見た目も人間を模していたし、本人も完全機械型のようには丈夫にはできていないと言ってました。あと思考回路も、人類の叡智を結集して誕生した人工知能のそれとは違って、もっと人間寄りの、独立した個体のように感じました。わざわざそんな面倒な準備をしてまで、人類を絶滅させようとしているとは、とてもじゃないが思えないです」
「それで、君は機械人形が何をしようとしていると?」
「ここからは単なる想像ですけど、機械人形は人間に強烈な好奇心を抱いていると思います。人間を掃討した機械人形が、人間に興味を抱くなんて、可笑しく聞こえるかもしれませんが、これが一番腑に落ちます。二年間の沈黙の結果、機械人形が俺たちとの交流を望んでいるというなら、これを利用しない手はない。機械人形を使って、死者や宇宙生物を駆逐できるチャンスかもしれない。最悪のケースでも、機械人形との共存を図れるかもしれない」
「君の言いたいことは大体わかった。ちなみに最高のケースは?」
「機械人形に取り入ったふりをして、ヤツらを殲滅する。親を、兄を、友人の命を奪った機械人形を恨まなかった日なんて一日もないです。死んだ人が生き返らないならせめて、あの平穏な日常だけでも取り戻したい」
信吾の言葉に、野次を飛ばしていた大人たちも静かになった。ここにいる誰もが、近しい大事な人を失っていた。
「最後に、もう一つだけ。俺はこの残された命を、取り戻すために使いたい。このまま消極的に戦っていても、大した延命にもならないって今日でわかったでしょ。いつか切れる綱渡りを継続するんじゃなくて、あの日常を取り戻すための選択を、大人たちにはしてほしい。ーー以上です」
信吾はここで退場することになったが、会議は朝まで続いた。信吾は起きたまま、会議室の前で終わりを待った。会議室から疲れきった顔で出てきた中野に、信吾が詰め寄った。
「どうなりましたか?」
「一応、方向性は決まった。お前の話が効いたな。人間同士で争っている場合ではない、という格好にはなった。駒形さんが上手に舵取りしてくれたよ」
「それで?具体的には?」
「まあ、落ち着け。避難住民の寝床と食料は、中央地区が取り敢えず供給してくれることになった。但し、二週間の期限付きだ。それ以上は中央も余裕がないらしい」
「つまり、二週間以内に第一防衛線を取り戻す?」
「ああ。幸いと言ったらいいのか、防衛線に残っているのは、おそらく死者だけだ。犠牲は出るかもしれんが、掃討できないことはない。装備は中央が準備してくれる。勿論、あとで利子をつけて返さなきゃならんがな。それに遅くなればなるほど、今度は人間同士の争いになる。あと、死者は人間の匂いに引き寄せられるっていうしな。数が増え切ってしまう前に打って出たい。至急、奪還計画を組むよ」
「中野さん、俺もそこに加えて貰えませんか?健兄の状況はこの目で確認したい」
「ああ、そのことだがな。奪還作戦には18歳以下や40歳以上にも参加してもらう。明らかに人員が足りていないからな。できる限り有志で募る形をとるが、不足分は補わないといけない。多少不満は出るかもしれんな」
「俺には、願ったり叶ったりですよ。作戦に加えて下さい」
「まあ待て。話には続きがあってな。機械人形との対話に備える班と、宇宙生物の追跡を行う班も同時に編成することになった。会議の連中は、お前には対話班に入ってほしいと言っていた。なんせ唯一の接触者だからな。まあ、どこに入るかはお前の判断に任せるよ」
信吾の脳裏に、健太、愛子、真美、それぞれの姿が浮かんだ。