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第四話 一色真美

 一色真美はニ歳のとき、芦原健太や松井愛子と同じ住宅街に引っ越してきた。四つ並びの建売住宅の一番左、赤色の屋根の家である。


 真美も引越してすぐに、健太や愛子と同じ保育園に預けられた。二人の一学年下であった。


 真美は、モテた。保育園のときも、小学校のときも、中学校のときも、いつも誰かに告白されていた。とくべつ美人というわけではなかったが、とにかく愛嬌があった。いつも明朗活発で、同性にも先生達にも人気があった。


 真美は、中学生になると陸上部に入部した。「人より脚が長いから、早く走れるでしょ」という理由からであったが、実際に脚は長く(八頭身でその半分以上は脚であった)、身体能力もそこそこ高かった。


 新人戦での入賞を期待されていたが、真美は夏を迎える前に陸上部を辞めた。「白い肌が焼けちゃうから」と、周りには冗談めかして話したが、本当は違った。男性顧問の真美を見る目が、どうしても気持ち悪かったのだ。実際、男性顧問は真美に好意を抱いていた。


 良くも悪くも注目を集めてしまう真美は、好奇な視線に悩まされるのが常であった。その明るい立ち振る舞いから、周囲の人間には気付かせなかったが、小さくはないストレスをいつも抱えていた。


 そんな真美には、幼馴染の信吾、健太、愛子と過ごす時間は特別なものであった。努めて明るく振る舞う必要もなく、無理な我が儘を言っても誰かが受け止めてくれた。兄弟姉妹がいない真美にとっては、家族のような存在であった。


 特に同い年の信吾に対しては、特別な感情を抱いていた。自分にはない落ち着きと、内に秘めた胆力のようなものに惹かれていた。中学ニ年生のときに、愛子や仲の良い友人に信吾について相談してみたが、意外にも反対されることはなかった。集団行動ができない根暗なやつという噂の信吾であったが、異性からの評価は思っていたよりも高かった。


 真美は誰かに先を越される前に、自分の気持ちを伝えようと決めたが、今の四人の関係性が壊れるような気がして踏み出せないでいた。もう暫くは今のまま、居心地の良い四人のままでいたかった。


 結局、想いを伝えることはなく、その前に世界が変わってしまった。




 ーー「好き」真美は液体に呑み込まれながら、信吾に叫んだ。


 その言葉は、信吾に伝わることはなかった。信吾からは、真美が溺れているようにみえた。信吾は、弾力があり粘着する液体を、真美から必死に引き離そうとするが、それは真美を覆いつくしたまま剥がれようとしない。


 「好き」「好き」「好き」真美は何度も叫んだ。視界は青白くぼやけており、周囲の音は何も聞こえなかった。口を開けば、喉の奥に異物が流れ込んできた。しかし、叫ばずにはいられなかった。信吾に想いを伝える最後のチャンスだと、本能的に感じていた。


 必死の形相の信吾に向かって、真美も液体を掻き分けもがいた。肌にまとわりつく液体はずっしりした重みがあり、とても抜け出せるようなものではなかったが、二人は互いを目指して懸命に腕を伸ばした。


 二人の手が触れ合う寸前、真美の顔を覆っていた液体が不意に剥がれ落ちた。窒息しそうになっていた真美は、液体を口から吐き出しあと、呼吸を整えて信吾に言った。


「好き。大好き」


 その瞬間、液体の塊は真美を呑み込んだまま、砦とは反対の方に弾け飛んだ。信吾は一瞬の出来事に呆然としたが、すぐに液体の塊のあとを追い駆け出した。信吾の目には、真美が液体に連れ去られたように映っていた。


「信吾ー!追うなーー!」


 そのとき背後の砦から、自分たちが住む地区の地区長の声が響いた。あまりに大きな声なので、信吾の耳にも勿論届いた。遠目には、死者ゾンビーの群れがこちらに向かってきているのも見えた。それでも、足を止めることはできなかった。


 「必ず助ける、必ず助ける、必ず助ける」信吾はまじないのように唱えながら、全力で走った。信吾の頭には、死者ゾンビーに噛みつかれた健太の姿が、身体に大きな穴を開けた愛子の姿が、得体の知れない液体に呑み込まれた真美の姿が、フラッシュバックしていた。


 液体の塊は風が通り抜けるように、先へ先へと遠ざかって行った。必死に信吾は追いかけたが、到底追い付けるものではなかった。足がもつれて、前転するように転倒した。頭を強く打った信吾は一瞬意識を飛ばしたが、立ち上がるとすぐに真美を追おうとした。


 しかし、液体の塊はもう見えなくなっており、死者ゾンビーの群れが眼前に迫っていた。信吾はそれでも真美のあとを追いかけようと、意を決してナイフを手に取った。そのとき、大きな発砲音と共に最前の死者ゾンビーの頭が弾け飛んだ。


「冷静になれ!信吾!」


 振り向くと、砦から救助の車がこちらに向かっていた。軽トラックの荷台には、猟銃を構えた地区長、中野の姿が見えた。軽トラックは信吾のすぐ側に急停車し、中野は信吾を強引に荷台に引き上げた。その後軽トラックは急旋回し、追いすがる死者ゾンビーの群れから、間一髪脱出した。


「中野さん、降ろしてください。俺、行かないと。真美に必ず助けるって約束したんです」


「駄目だ。無駄死には許されない。らしくないぞ、信吾。冷静になるんだ。あの状況でお前にできることは残されていない」


「健兄も置いてきしまった。愛姉も機械人形エーアイなんかに預けてしまった。真美も砦の目前で連れ去られてしまった。俺だけのこのこ助かるなんて、自分を許せない。お願いです、中野さん!降ろしてください!」


「駄目だ。第一防衛戦が突破され、死者ゾンビーが流れ込んできた。今のお前の話だと、機械人形エーアイも来ている。それに宇宙生物エイリアンもだ。状況は最悪だ。これからは一人の命も無駄にできない。信吾、お前は頭がきれる。生き残った人たちのために、役立ててもらわないと困る」


宇宙生物エイリアン?」


 中野の口から出た単語に、信吾が反応した。


「ああ。真美を呑み込んだあの液体、あれはおそらく宇宙生物エイリアンだ」


「そんな。宇宙生物エイリアンは、南半球でしか確認されてないはずじゃ」


 信吾の脳が、徐々に冷静さを取り戻していく。


「ああ。俺も実物を見るのは初めてだ。だか形状が、以前見た報告書の内容と酷似している。おそらく間違いないだろう」


 黙り込む信吾に、中野が続けて言った。


「信吾。真美はおそらく生きている。真美の顔から液体が剥がれるのを、俺も見ていた。あれは、真美が窒息するのを避けるためだろう。単に殺すつもりならそのままにすればいいし、そもそも連れ去る必要もない」


 「真美が、生きてる」信吾は小さくそう呟くと、身体中が熱くなるのを感じた。健兄も、愛姉も、真美も、完全に死んだと決まったわけではないのだ。一縷の望みが信吾を踏みとどまらせた。


 「ガコンっ!」軽トラックが砦の中に入ると、大きな門扉が閉じられた。砦の上からは、死者に向かって発砲する音が聞こえた。


 「これから忙しくなるな」 


 中野は大きく息を吐いた。

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