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睨み合いをしながらジグは相手の装備を見る

大剣、サーベルはともかく眼帯女の持つ棍は非常に珍しい

体格の優れた者が丸太のような物を振り回しているのを見るくらいで、あのような細長い棍をメインの武器にしている者を見るのは初めてだ

長さはジグの双刃剣と同じくらいで構えも似ている


(仮にも三等級の持つ武器。何かしらの仕込みがあるのは間違いないだろうが……)


ジリジリと立ち位置を変えながらもジグからは仕掛けない

時間稼ぎが目的なのだから当然だが、それ以上に迂闊に攻め込むのを躊躇わせる何かがあった


「行くぞ!」


先に動いたのはザスプだった

サーベルを手に直線的に駆け出す

瞬間的な強化で三歩目からトップスピードに乗ったザスプはマカールにも匹敵するほどの速度で接近する

高速戦闘は彼の得意とするところで、速度を活かした連撃で相手を手玉に取るのが十八番だった


十メートルほどの距離を瞬時に詰めたザスプが勢いをつけたままサーベルで斬りかかる

刺突と斬撃

会心の二連撃は易々と躱されたが、そのことは驚きに値しない

この大男が強いのは向かい合った時から感じていたことだ


すぐさま追撃を放って回避よりも早く攻撃を重ねる

ジグは双刃剣で片方を受け、もう片方を弾いた


(重い!)


弾かれただけの動作で感じた剣の重さにザスプが目を剥く

それと同時に感じる寒気

自らの勘に逆らわず下がろうとするザスプに追いすがるジグ

そこに大剣を振りかぶったタイロンが割り込んだ

大柄かつ重装備なので小回りは利き難いが直進速度ならばそれなりに速い



「ぜあぁぁ!」


「はぁ!」


上段からの振り下ろしに双刃剣の軌道を変えジグが迎え撃つ

刃がぶつかり合い、激しく散る火花と金属の重低音

地が震え、耳鳴りがするほどの重量武器同士の打ち合いが路地に響いた


双刃剣と大剣がお互いの武器を押しのけようと鎬を削り、二人の大男が全身の力を武器に注ぎ込んで拮抗する


「ぬぅ…!」


だがその拮抗は徐々に崩れ始めた

突進の勢いと上段からの振り下ろしという好条件をもってしても押し切ることができなかったタイロン

大剣の勢いを削がれた今、純粋な膂力で勝るジグが押し返し始めた

身体強化をフルに活用してもなお大剣の背が頭部に触れそうになるまで押し返されたタイロンの額に汗が滲む


「な、なんという力……!」


「抑えてろおっさん!」



激しい鍔迫り合いを繰り広げる二人に今度はザスプが割り込んだ


「ちっ」


流石にこのままもう一人を相手取ることはできない

鍔迫り合いに力を注いでいたジグは防ぐのを諦めてタイロンの大剣を強く弾くと反動をつけバックステップ


たたらを踏むタイロンを置いて距離を詰めようとするザスプに備えようとした瞬間、視界の端で何かが翻った


「っ!」


悪寒と共に振り返ると、そこには法衣を揺らして銀の光を放つ棍を振りかぶる眼帯女がいた

着地の直前、こちらの胴体を狙って振るわれた棍を身を捻り片腕で持った双刃剣で迎え撃つ


ジグの力と武器の重量差を考えればそれでも十分に受け止められるはずだった

だがその目算は大きく外される


エルシアの棍とぶつかった瞬間、魔力が注ぎ込まれ刻まれた魔術が発動し強い衝撃と破裂するような爆音に双刃剣が弾き返された


「なっ!?」


思わぬ衝撃にジグが体勢を崩す

その隙を見逃さずにエルシアが迫る


「ハッ!」


鋭く連続で繰り出される棍を転がるようにして躱すと起き上がって応戦する


双刃剣と棍

武器の違いは挙げればきりがないが、意外にもその攻撃方法は似通っている


突き、払い、振り下ろし

間合いこそ双刃剣と同じだが武器の重量が違いすぎるために手数はあちらに分がある

本来その手数をまとめて吹き飛ばせる破壊力こそ双刃剣の利点なのだが……


(さっきのは魔術か?凄まじい衝撃だった……当たればただでは済むまい)


相手の最大出力がどのくらいか読めぬうちにまともに打ち合えば武器が破壊されかねない以上、慎重にならざるを得ない

溜めが必要なのは先ほどの攻撃で分かったがまだまだ情報が足りない

しかし状況がそれを許さなかった


追いついて来た後ろの二人がこちらの隙を虎視眈々と狙っていた

タイロンが大剣を担いで隙を窺いつつ圧を掛け、ザスプが援護するように斬りかかる


棍をまともに受けないように受け流し、サーベルを手甲で弾き返す

それでも前後を捌くのは非常に難しく、何とか立ち位置を変えようとするがタイロンがそれを許さない


瞬間、ジグの鼻腔を魔術の匂いがかすめる

出所はエルシアだ

その匂いには覚えがあったが、先ほどの棍のものではない

過去二度、ジグは彼女からの魔術行使を妨害してきたがその時と全く同じ匂いだ

結局一度もその術を見ることはなかったがこの場面で使ってくる以上何かしらの攻撃によるものの可能性が高い


緊張を高めるジグ


「逃がさねえ!」


ザスプが攻撃の手を激しくする

ペース配分を考えない苛烈な攻撃にジグが対処を迫られる

エルシアへの防御が薄くなった一瞬の隙を逃さず彼女は棍への魔力を注いだ


鈍く輝く棍を見たジグが動く

ザスプの連撃を捌くと双刃剣で狙いの甘い攻撃を仕掛けてあえて受け流させる

流されるまま体を半回転させ防御したサーベルの腹に本命の裏拳を叩きこむ


「ぐっ!この……!」



十分に遠心力を乗せた手甲は脅威的な威力でザスプに魔獣の一撃を思わせるほどだ

かなり良い武器を使っているようで激しい打撃にもサーベルは折れなかった

だが武器が折れずとも衝撃までは殺せない

ザスプがよろけている隙に距離を取ろうとした



「させん!」


回避行動をとろうとしたジグ

そこにタイロンが大剣を盾にしたタックルを仕掛ける

妨害を目的としたコンパクトなタックルに体勢を立て直したザスプが合わせるように飛び込む


(ここだ)


ジグは右脚を大剣の腹に押し当てると相手のバッシュに合わせて反動をつけると自らも飛んだ

反対の飛び込んでくるザスプに向かい突っ込むジグ

二人の距離はあっという間に素手で触れ合うほどになった


「なっ!?」


間を外され面食らったザスプが慌ててサーベルを振るうが、遅い

近すぎるため武器は使わず手甲で相手のサーベルを押しのけると、片腕で胸ぐらを掴みタイロンへと投げ飛ばす


「うおぉぉ!?」


攻撃中かつ重装備なため小回りの利かないタイロンはそれをまともに受けてしまった

仲間とぶつかり体勢を崩した二人


ジグにとっては絶好の機会で、相手にとっては絶体絶命の危機

エルシアは二人が邪魔でフォローできる位置におらず、崩れた体勢で受け止められるほどジグの剣は甘くない



「終わりだ」


双刃剣を両手で持ち直し獣じみた踏み込みで地を蹴り二人を間合いに収める

二人まとめて叩き潰すつもりで力を籠めると上段からの斬り下ろしを見舞った

蒼い軌跡が轟音を立てて二人に迫り、その命を断とうとした瞬間


一筋の銀光がジグの胸部に叩き込まれた



「がはぁっ!?」



その銀光は胸鎧を容易く打ち砕くと胸を打ち、ジグを地面と平行に吹き飛ばした

堪らず手放した双刃剣が宙を舞い、派手な音を立ててジグの巨体が壁に叩きつけられた

棍から放たれた衝撃波が周囲の砂埃を舞い上げる



「油断大敵よ」


光の尾を引く銀棍を回しながらエルシアが構えを解く

呆けたような顔でそれを見ていた二人は九死に一生を得たことにようやく気付いた



「……助かった……サンキュー、リーダー」



自分の首の僅か一センチ横を通り抜けた棍に冷や汗を流しながらザスプが礼を言った


「まさに間一髪……助かりました。エルシア殿がいなかったら二人まとめて地面のシミになっておりましたぞ」


二人が立ち上がりながらエルシアに礼を言う

彼女は銀髪をかき上げてニコリと笑った


「二人とも無事でよかったわ。……鎧、壊しちゃってごめんなさいね?」


「何を言いますか。命に比べたらこの程度、安いものです」


タイロンは脇の部分を叩いてそう笑った

彼の鎧の脇部分には棍でごっそりと抉られた跡が残っていた


エルシアがしたのは二人の間を縫って棍を突きこんだというだけだ

ジグはそれに気づかず不意の一撃をまともに食らった

ぶつかって体勢を崩した二人の、ほんの一瞬生じた隙間を狙って寸分たがわず打ち込むのがどれほどの困難を極めるのか


技量と、それ以上に僅かでも狙いが狂えば仲間の命を奪いかねないというプレッシャー

それだけの離れ業を成した彼女の顔は涼しげに銀髪を払った


やがて砂埃が晴れる

壁に放射状のヒビが入り、それを背にしたジグが倒れていた


「死んだ?」


「死んでない……多分ね。手加減してる余裕なかったから自信ないわね」


「……しかしコイツは一体何なんだ?」


倒れたジグを指して三人の思っていることを口にするザスプ

一応面識のあったエルシアに視線が集まったので仕方なく答える


「……本人が言うには傭兵って話らしいけど?」


「こんな傭兵見たことねえ」


「それは私もよ」


彼女も詳しいことは知らないのだ

以前に色々と感づかれたためにそれ以上近づくのを意識的に避けていたせいもある


「物凄い速度で等級を上げる新人冒険者、その護衛役として傭兵を名乗る男がいる。という噂は聞いていたが……これほどとは」


「無茶苦茶な野郎だったな。三等級三人だってのに一人から身の危険を感じさせられるとは思わなかったよ」


「想定外の時間を食っちゃったわ。急ぎましょう」


「こいつはどうする?」


「……放っときましょう。当分は動けないはずよ」

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― 新着の感想 ―
深い深い深海のような瞳を持った地震が来るぞ
これも経費で落ちないかな?御嬢。 だめかい?
[良い点] なんと、ジグが負けるとは。 しかし、とんでもない曲芸レベルの奇襲。眼帯女、伊達じゃなかった…。 [気になる点] 沈黙の魔女の激憤。 冤罪でジグさんをのしたことが知られたら、ヤバヤバのヤ…
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