表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/275

55

ジグがいつもの裏路地をうろついている

今日はシアーシャが新しい魔術を考案しているため休みになっている

そのため趣味の裏路地店巡りをしていた


「思わぬ掘り出し物を手に入れられたぞ」


恐らく盗品と思しき年代物のワインが捨て値で安酒に紛れていた

見つけた時には思わず目を見開いてしまったが何とか悟られることなく購入できた

こちらの酒はまだ勉強中であるが、いいワインというものはどこも似たような製造法になるらしい

瓶や年代、中の状態を目を凝らして調べたところジグの経験と勘が名酒だと囁いた


「これに合うつまみを手に入れねばなるまい。この街でチーズを扱っている店はどこだったかな……」


ジグは酒が好きだがそれ以上につまみを大事にするタイプだった

酒に合ったつまみを用意するより、つまみに合った酒を飲む食ありきの酒好きだ

ただし今回のような良い酒に巡り合った場合はその限りではない


「チーズもいいが、熟成されたワインには肉料理も捨てがたい……」

「おい!てめえ調子に乗ってんじゃねえぞ!」


上機嫌に思案しながら歩いていると男のがなり声が聞こえてきた

喧嘩か恐喝か、いずれにしろそれ自体はよくあることなので気にも留めずに通り過ぎようとした


「放しな三下。喧嘩売る相手くらい選びな」


静かだがなかなかにドスの利いた声だ

しかしそれが若い女のものであると気づいたジグが思わず足を止め声の方を見る

そこにはチンピラと思しき男が三人で一人の女を壁際で囲んでいた


栗色の髪の毛を肩口で切り揃えた女

一見十代中盤から後半に見えるが定かではない

年齢に疑問を覚えたのはその眼が歳相応のものには見えなかったからだ

鋭い目つきは若いのに風格を漂わせ大の男三人相手でもまるで怯む様子がない

派手ではないが服の仕立ては高級でそれなりの家の娘なのだろうことがわかる


いくら脅してもおびえた様子一つ見せない女に男たちが痺れを切らした


「そうかい、じゃあ痛い目見てもらおうかねえ!」


繰り出した拳が女の顔に迫る

女がそれをギリギリで躱すと拳は壁を強かに殴りつける


「いっづぁ!?」


怯んだ男の手首を掴んで引く

男と入れ替わるように立ち位置を変え後頭部に手を添えて壁に顔面を叩きつけた

よろけた男の両脚を旋風のように鋭いローキックが刈り取る

折れた前歯と鮮血を宙に残したまま受け身も取れずに地面に叩きつけられた男が倒れ伏す


「……え?」


一人を片づけた女が動く

呆けた左の男の股間を蹴り上げる

たまらず前屈みになった男の背を乗り越えてもう一人が掴みかかるのを躱す

そのまま前屈みの男の尻を蹴飛ばしてもう一人にぶつける

体勢を崩した相手の顎をブーツが蹴り抜いた

脳を揺らされた男が崩れ落ちる


「アタシに手ぇだそうなんざ十年早いわ。……で、あんたも痛い目見たいってのか?」


あっという間に三人を片づけた女が傍観していたジグの方を見る

ジグは肩を竦めると後ろを指差す


「見事、と言いたいところだが……残心を忘れているぞ」

「っ!」


最初に倒した男がいつの間にか起き上がって殴りかかってきた

背後に気配を感じた女が振り向くと同時にガードする

しかし先ほどまでとは別人のような怪力にガードごと吹き飛ばされた


「ぐっ!」


後頭部は守ったが勢いよく壁に叩きつけられて一瞬呼吸が止まってしまう

何とか立ち上がるが眩暈が抜けず動けるように回復するまで時間がかかりそうだ

その隙を見逃してくれるほど相手も馬鹿じゃない


「く、まずったか……」

「ひ、ひひひ。お、女のくせにいてえじゃねえかよぉ……」


男は瞳孔が開いて血走った目で近寄ってくる

言葉とは裏腹に歯が折れて口や鼻から出血しているにも関わらずまるで痛がる様子を見せない

不気味に近寄るその歩みが不意に止まった


「戦闘用のドラッグをこんなにしょうもないことに使う奴は初めて見たな」


ジグが二人の間に割り込んで男を観察する

開ききった瞳孔と口端の泡状のよだれ

僅かに脈動する肉体と痙攣、先ほどの怪力からかなり強めのドラッグだと推測する

自分の行く手を阻むように立つジグに男は興奮したように息を荒くした


「な、なんだぁ、てめえ、じゃ、邪魔するならぶっ殺す!!」


男が獣じみた速度で襲い掛かる

しかしこの男がケモノならジグはバケモノ


「ゴミはゴミ箱へ」


リミッターを外した一撃を容易くいなすとカウンターのミドルキックが男の腹に突き刺さった

冗談のように吹き飛んだ男がゴミ置き場に頭から突っ込んでいく

ゴミ袋がクッションになり死んではいないが今度こそ完全に意識を失った

残心をとりながらそれを確認したジグが構えを解く


「戦闘ドラッグの取り締まりは面倒だが、あんな馬鹿にも渡ってしまう可能性を考えると妥当だな。ガキの諍いで手を出していい代物じゃないぞ……」


訓練されていない人間が安易に手を出すと障害が残ることもあるので、ジグのいたところでは流通こそしていたが街のチンピラが手を出すことはまずなかった

その危険性を十分に理解しているからだ

体が本来セーブしている力をリミッターを外して強引に使えば肉体に強いダメージが発生する

それに耐える肉体づくりと壊れないラインを見極める訓練を受けていない者が使用すれば際限なしに力を使って取り返しがつかないことになる

先ほどの男は本格的に壊れる前にジグに昏倒させられたので重症にはならずに済むだろう

明日は寝込むことになるだろうが



「……あんた、何者だ?」


声に振り向けば先ほどの女が警戒しながらジグを見ていた

先ほどのダメージもまだ抜けきっていないだろうに大したものだ

相手のことを探りながらも逃げ出すタイミングを計っている


「通りすがりの傭兵だ。手を出すつもりはなかったんだがドラッグまで使い始めたんでつい、な」

「傭兵……カンタレラの人間じゃないのか?」


それを聞いてこの女がマフィアと関係のある人物だということに気づいた

そう考えるとあの目つきも肝の据わりようも納得がいく


「報酬次第でどこにでもつくが、特定の勢力に肩入れする気はないな」

「フン、結局金かい。……で、今のはいくらになるの?」


軽蔑したように鼻息をつくと懐に手を入れて財布を取り出そうとする

それを身振りで制止すると怪訝そうにする女


「まだ契約もしていなかったからな。それにあの程度の雑魚に金はとらん」

「……その雑魚に負けたアタシに対する嫌味かい?」

「好きに受け取ってくれ」

「ちょっと、待ちなよ!」


面倒になり適当に返して呼び止める声を無視し踵を返すジグ

彼の興味は既にワインに合うつまみ探しに移っているため休日を満喫するべく足早に去っていく



自分を助けた男を見送ってからまだ礼も言っていないことを思い出して女は苦い顔をする

そこに部下数人を引き連れたトレンチコートの男がやってきた


「お嬢!やっと見つけましたよ!」

「……ヴァンノか」


くたびれた風体の中年男は荒い息を整えながらお嬢と呼ばれた女へ話しかける


「困りますよ勝手に出歩いちゃあ……こいつらは?」


周囲に倒れている男に気が付いたヴァンノがしゃがみ込む

彼の記憶にある顔ではない


「チンピラだ。絡んできたからちょっとね」


ヴァンノはそれを聞いてため息をつく


「この辺でお嬢に喧嘩ぁ売るとはどこの馬鹿野郎だ……」

「ただの馬鹿じゃないかもしれんよ?一人、薬物を使った奴がいた」

「……なんですと?」


女の言葉にヴァンノが真面目な顔になる

彼女が顎で示した方を見るとゴミ置き場が散乱してその中に男が倒れている

部下に引きずり出させて持ち物を調べると使用済みの注射器が見つかった



「どんな症状してやした?」

「興奮と異常な怪力、痛みも感じていないように見えたね」

「マジもんの戦闘用やないですか……一体どこでこないなもんを。まさかこいつ、お嬢がのしたんですか?」


女はその問いに苦々しい表情になって首を振る

自分なら大丈夫と護衛をつけずに外に出た結果この有様では格好がつかない


「通りすがりの傭兵とやらに助けられた」

「傭兵って……チンピラがチンピラをやったっちゅうことですかい?」


ヴァンノの反応は普通のものだ

この辺りでは傭兵なんて名乗る奴はチンピラに毛が生えたようなもの

冒険者にも兵士にも、ましてやマフィアにもなれずに暴力で日銭を稼ぐ者達

その暴力ですらやりすぎれば目を付けられるため弱者や立場の弱い者にしか向けられない

だがあの男はそういう者達とは毛色が違う気がする

金に執着しない態度や落ち着いた物腰は自分の知る傭兵像とはかけ離れている


(……妙な奴だったな)


この案件とは恐らく無関係だろうが、少し気になる

しかし今はそれよりも対処すべき問題がある


「ヴァンノ、こいつの出所を探れ。こんなモノをバカに与えた糞野郎にはお灸を据えてやれ」

「分かりやした。……おい、このアホ共事務所に引きずっていけや。洗いざらい吐かせたれ。家族友人、交友関係や行きつけの店まで全部洗え」


ヴァンノの指示に部下たちが動く

街に根付いたマフィアはこういった個人の情報を漁るのが非常に早い

暴力、金、脅しを駆使してあらゆる角度から情報を集める

二日もあれば個人の事情など丸裸にできるだろう



「この件、どう思う?」


ヴァンノは葉巻をくわえて火をつけながら思案する


「……カンタレラにそう言った動きがあるって話は聞いたことないですなあ。あっちはうち以上に保守的やから。うちでそういう馬鹿やりそうなのはもうおらんしなあ」


先日身内がやらかしたことを思い出して女が嫌悪の表情を浮かべる

ちなみにその人物は既にケジメをつけさせられている


「人身売買なんて馬鹿やりやがって……いや、もういない人間のことはいい。しかしそうなると外部の可能性を考えなきゃいけないか」

「その辺も含めて調べさせますわ。ワシはこれで。お嬢もお気をつけて」


自らも情報を集めるために動こうとするヴァンノに女が声を掛けた



「ああそれと、もう一つ調べてほしいことがある」

「なんですかい、お嬢」


要件を口にしようとしてあの男の名前すら聞いていなかったことを今さら気づく

なんと伝えたものかと考えて、そういえば珍しい武器を背負っていたことを思い出す


「あー……持ち手の両端に剣がついてる武器、なんて言ったっけ?そいつを持った傭兵を探してくれ」

「ワシも武器のことはあんまり詳しくないんで名前までは知りませんなあ。しかし特徴的な武器みたいやし調べりゃすぐわかりそうですな……急ぎですか?」

「いや、ついででいいよ。ああ、ガタイもかなりいいから目立つと思う」


頼んでいないとはいえ助けてもらっておいて礼も言わないのは主義に反する

実際あの男がいなかったらかなりまずい状況だったのは事実だ


「あ、すっかり忘れてやしたが、外出歩くときはワシらを連れてもらわないと困りますよ。いくらお嬢が腕っぷしに自信あるからって今回みたいなことが起こらないとも限らないんですから!」

「分かった分かった。気を付けるよ」


適当に返しながら踵を返す女にため息を吐くヴァンノ


「器も度胸も悪かねえんだが、あの奔放なところはどうにかならんもんかいの……これが若さってやつか?」


言いつつも珍しい武器を持った男という言葉に引っかかるものを感じた

以前ジィンスゥ・ヤに協力していた覆面の男の情報が一向に手に入らない

薙刀とそれに類する武器を扱う大男、それも実力者となればそれなりに数は絞れて来るはずなのだが


「お嬢の言っていたガタイのいい傭兵も珍しい武器って話だが……まぁそんな都合のいい話がありゃ誰も苦労せんやろな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ワダツミ ジィンスゥヤ 今回の件といいもっと恩を売ってもいいと思うんだが どこかで役に立つんだろうなぁ
[良い点] せっかくのワインが割れなくて良かった。 割れていたら、ジグが怒り狂って…、 いや? 彼ならひどく落ち込むだけな気もする…? むしろ、それを見たシアーシャが町を粉砕する勢いで暴れてたかも……
[一言] いい酒にはおつまみも大事 ケンカは小事
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ