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薄暗い路地を一人の男が歩いている

トレンチコートを着て葉巻をふかすヴァンノ

くたびれた雰囲気を出してこそいるものの、その目つきは鋭い


ふと路地を行く彼の歩みが止まる


「どうやった?例の白雷姫とやらは」


周囲に人影は見えない

しかし彼の言葉に答える者がいた


「……噂以上かと。私のことにも、気づいていました」


月明かりすら差さぬ裏路地のさらにその影

ぬるりと人影が現れる

黒装束を着た男とも女ともつかぬ出で立ち

目の前にいるはずなのに気配を感じ取ることさえできないその者にヴァンノは笑いながら語り掛ける


「お前さんにそこまで言わせるとは大したもんやな。……で、いざとなったらやれそうか?」

「正面からでは、厳しいかと」

「裏からなら?」

「……五分といったところでしょうか。入念に準備した上で、ですが」


その評価にヴァンノは感嘆の声を漏らした

非常に苦労して手に入れた彼?はとても優秀だ

乱用すると足がつく可能性があるため護衛以外では重要な局面でのみ使ってきた

困難な仕事でも顔色一つ変えずに達成してきた彼をしてもあの剣士を仕留められるかは半々だという事実に恐怖すら覚える


「やっぱ手を組む方向にもっていって正解やったな」


自分の勘を信じて良かったと機嫌よさげに葉巻をふかす

バザルタ・ファミリーの跡目を争うのは三人

そのうちの一人が人身売買に手を出したのは早期から気づいていた

目の付け所は悪くなかったのだが、いかんせん失敗した時のリスクが大きすぎる

とはいえ上手くいく可能性も十分にあったので何か手を打とうとした矢先にこれだ


「アホが、功を焦りやがって。……しかしジィンスゥ・ヤの対応が妙に早かったのも気になるなぁ」


かの部族は戦闘能力こそ他の追随を許さないが絡め手を不得手としている

いち早く人身売買に気づいて被害を出さずに事を収めた今回の手腕はどうにも違和感がある


「…人間、追い込まれれば成長するってことかね?」


彼らの変化も気になるが当面は失態を演じた馬鹿の責任追及が先だ

今回の件をジィンスゥ・ヤに気づかれているなど虚実交えて利用すれば跡目争いから蹴落とすことは造作もない


「よろしいでしょうか」


今後のことを考えて悪い顔をしているヴァンノに黒装束が話しかける

言われたことを言われたとおりにこなすだけの彼が自分から意見するなど珍しい

多少の驚きを感じつつ促す


「ん、なんや気になることでもあったか?」

「……もう一人の男は、何者でしょうか」

「ああ…あの顔隠しとった大男か。ワシも詳しいことは知らん。助っ人って言っとったし、外部の人間なんちゃうか?……そうか、あの男が協力したのかもしれんな」


わざわざ顔を隠していたということはジィンスゥ・ヤではない

表の人間がマフィアに顔を知られないようにするためだろうか


(となると、冒険者仲間に手を貸してもらったか…?)


しかしそれも腑に落ちない話だ

明確な証拠がない限り冒険者といえど異民族に関わりたがらないものだが


考え込んでいると黒装束が驚くべきことを話し始めた


「あの男は、危険かもしれません」

「…強いのか?」


白雷姫と一緒に行動していたということはそれなりにできるだろうとは思っていたが

それなりに荒事に慣れてはいるが自分は武闘派ではない

なんとなく強いんだろうなというのは分かっても具体的にどれくらいやれるのかまでは読み取れない


「腕が立つのは間違いないかと。…彼、話の途中で座っていましたよね」

「…ああ、そうやったな」


自分たちの交渉に興味を持たず座って休んでいた

今回限りの助っ人なので興味がないのかと思い気にしていなかったが


「彼が座っていたのは、私の真横です」

「……偶然か?」



あの白雷姫ですら場所までは掴めず、居ることに気づいていただけだ

偶然の可能性も十分にありうる

しかし願望に反して黒装束はかぶりを振った



「恐らくですが、気づいています」


面倒の種が増えたことに頭を抱えそうになる

身元不明の男がこちらの切り札を下しかねないという

もしこれが跡目争いの相手に渡ったらと考えると無視はできない


「…お前の隠形を見抜くとは、厄介やな。そいつの身元を探れ……いや、やっぱ今の無しや。万が一気づかれてお前を失うことになったら大損害やからな。幸い目立つ武器にあのガタイ、情報を集めるのはそう難しくないやろ。それはこっちであたっておくからお前はカンタレラの動きを探ってくれ」

「承知いたしました」



影が闇に溶けるように消えていく

そちらには目もくれず今後の動きを頭の中で描くヴァンノ


「年寄連中はいつまでも古いことにこだわるからあかんねん。他所もんだろうが何だろうが使える奴らは何でも利用するのが悪党の矜持ってもんやろ。せこい小競り合いばっかしよってからに…マフィアの抗争はプロレスちゃうねんぞ」


ヴァンノは今のマフィアにうんざりしていた

争いを避け、既得権益に溺れ改革を疎む老人連中

対抗勢力との争いも形ばかりで、最初から手打ちありきの茶番劇

堅気の人間ならそれでいいかもしれない

だが自分たちはマフィアだ

表の人間から金を吸い取り、自己の利益のために他者の権利を害することを是とした悪党だ


それが安定を求めて金になるかもしれない不確定要素を恐れ、あまつさえ排除しようなど


「片腹痛いわ」


くだらない慣習など自分が打ち砕いてやる

ヴァンノは自らの野心のために動く


マフィアにも強硬派と穏健派がいる

穏健派の皮をかぶってはいるが、彼は紛れもなく強硬派だった










ジグが宿に戻った頃には既に街は寝静まっていた

屋台もなく結局食べ損ねたため空腹を抱えて部屋に戻る

他の部屋の住人を起こさないように足音を立てぬように歩いていく


「ん?」


自分の部屋から僅かに明かりが漏れていることに気づいた

警戒しながら気配を探ると誰かがいるのがわかる


物取りだろうか

武器に手を掛けながらゆっくりと扉を開ける



そこにいたのはシアーシャだった

ベッドに座り蠟燭の明かりだけをつけてぼんやりと窓の外を眺めている


警戒を解いたジグが部屋に入ると物音に気付いてシアーシャがこちらを向いた

薄桃色の唇が緩く弧を描く


「おかえりなさい」


掛けられた言葉に少し声が詰まってしまった

そんな当たり前の言葉を掛けられたのはいつ以来だろうか


「…ああ、ただいま」

「遅かったですね」

「依頼が入ってな」

「結局仕事してたんですか?ジグさんも私のことあまり言えませんね」


苦笑しながらシアーシャが近づいてくる

腕を組むように顔を近づける

ふわりと女性特有の甘い香りがする


「…血の匂いがします」

「そういう仕事だったからな」

「怪我はありませんか?」

「無傷だ」

「ならいいです。ご飯まだですよね?」


そう言って離れる

魔術を使い明かりをつけると食事の準備を始めた

二人分を用意するシアーシャにジグは首を傾げた


「シアーシャも食べていないのか?」


夕食時はとっくに過ぎている

シアーシャは苦笑いしながら飲み物を注ぐ


「ええ、まあ」

「わざわざ待っていなくてもよかったんだぞ?」

「私もそうしようとは思っていたんですけどね…」






「ジグさん遅いなー」


ジグは夕食の時間になっても帰ってこなかった

顔合わせが終わった後、親睦を深めるという名目で昼食をとりながら動きの確認や出現する魔獣の攻撃方法や弱点などのミーティングを行った

同じ女性同士であるためか彼女たちの反応も良く、スムーズに交友関係を築けたと思う

評判と噂の食事が微妙だったのは少し残念だったが


「明日は初のパーティ冒険者業ですか。今までも一人というわけではありませんでしたけど」


明日の準備も済ませた

後は夕食をとって早めに寝るだけだ


それにしても


「お腹が、すきました」


ジグが戻る様子はない

彼には悪いが先に済ませてしまおう


宿を出ると繁華街に向かう

夕食時で人も多い繁華街を歩きながら品定めする

馴染みのレストランもいいが、新規開拓を怠るのも主義に反する


「今日は冒険するとしましょう」


出遅れたこともあり店はどこも混んでいる

そのため屋台が立ち並ぶ方へ行く

良い匂いが立ち上る屋台を前に真剣に吟味する


「いろんな料理を食べられるのは屋台の魅力ですよね」


いくつか目星をつけてまずは主食を選ぶ


「お一つ下さい」

「あいよ! うお、ねえちゃん美人だねえ!」

「褒めても何も出ませんよ」


店員の軽口を交わしながらお目当てのものを手に入れる

野菜と肉を平たいパンで挟んだものだ

他にも欲しいものはいくつもあったがとりあえず何かお腹に入れたい

長椅子に座るとパンを頬張った



「……ん?」


一口食べて首をかしげる

疑問を確かめるようにもう一口


「……あれ?」


味はする

おかしなものが混ざっているわけでもない

というか、美味しいはずだ

少なくとも普段の自分ならば喜んで食べているはずの味

それをどういう訳か、美味しいと感じない

まるで味のついた砂でも食べているようだ



「……どうしちゃったんでしょう」


訳も分からぬまま、それ以上食べる気にならないパンを見つめた





シアーシャの話を聞いてジグが考え込む


「味は感じていたんだよな?」

「はい。しょっぱいのや甘いの酸っぱいの…色々試しました」


彼女の用意した食事はその時試したものなのだろう

数々の屋台料理が並んでいた

その一つを手に取る

串焼きをじっくり眺めた後匂いを嗅ぐ

タレの香ばしい匂いが食欲を誘う


「おかしな匂いはしないな」


肉を少量かじってゆっくりと咀嚼する

舌の痺れや妙な味、異物が入っている様子もない

ほぐすように調べた後に飲み込む

美味い


「妙なものは入っていないようだぞ?」

「と、いうことは原因は私ですか……」


心当たりがないシアーシャが頭を悩ませる

食を楽しみにしている彼女は真剣だ

このまま味覚が元に戻らなかったと考えると背筋が凍る思いだ



「いつからこうなんだ?」

「…夕食からです」

「昼はどうだった?」

「お昼はまだ普通でしたよ?美味しくありませんでしたけど」


そうなると原因は彼女の体調によるものだろうか

心因性にしても理由が不明だ


「ふむ」


考えながら串焼きを食べる

空腹だったためあっという間に食べきってしまう


美味い

次に手を伸ばすジグをシアーシャが羨ましそうに見つめている

しかしあの時のことを考えると手が伸びない


そんな彼女を余所に次々平らげていく様子にシアーシャの腹が鳴る

彼女も空腹なのだ


「……ほれ」


そんな彼女に食べようとしたチキンを差し出す


「う……」


怯んだシアーシャの鼻先でフライドチキンのおいしそうな香りが鼻腔をくすぐる

葛藤が頭の中を彷徨う


「いらんか」


食べようとしない彼女

迷う彼女の前からチキンを遠ざけようとした時


「くわっ!」


妙な音を立てながらチキンにかぶりついた

空腹をこらえきれずに食べてしまったシアーシャがあの味を思い出し目をつぶる


「……ん?」


しかし口内に感じたのはあの味ではなく

弾けるような弾力のモモ肉

滴るような油と舌を刺激する塩胡椒


「美味しいです…!」

「それはよかった」


彼女の求めるチキンがそこにはあった





「疲れによる体調不良か、心因的なものかもしれんな。体力的には余裕があっても元々の生活環境からずいぶん様変わりしたからな。気づかぬうちにストレスをため込んでいたのかもしれん」

「なるほろ」

「……食べるのを優先してくれ」


苦笑しながらジグも食べる

詳しい理由は分からないが問題は解決したようだ


皆が寝静まる頃

二人はただ黙々と食事を続けた


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