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先に動き出したのは少年だった
懐から小さなナイフを取り出しジグに投擲する
ナイフを投げたのとは別の二人が投擲物の後を追うように走り出す
避ければ後ろの子供に当たる軌道だ
止む無くその場で対処する
武器は使わず手甲と脚甲を使って最小限の動作で弾く
続く二人が体勢の戻りきらないジグに時間差でナイフを突き出した
武器を持つ手、指を狙う斬撃
一撃で仕留めようとせず堅実に相手の行動力を奪う攻撃だ
投擲物に対処していたため薙刀を振るうには遅すぎる
武器を手放して凶刃を回避するが、相手もそれは読んでいた
即座に狙いを変更
首を貫く軌道だ
確実で無駄のない攻撃
故に、読みやすい
ジグは左手で相手のナイフを持つ右手首を掴んで止める
それと同時に右手で相手の腕の中心、肘の内側を押す
肘を支点に曲がった腕を押し込んだ
相手にとってナイフを握った自分の腕が自分の首を襲うような形だ
「!?」
予想外の反撃
しかし驚きで動きが止まるような未熟は晒さない
咄嗟に左腕を差し込み自分の腕を止めるが、片腕で両腕の動きを抑え込まれてしまった
ジグは空いた右腕の手甲でもう一人の脇を狙った刺突を弾く
そのまま勢いをつけて抑えた相手に強烈なボディブローを叩きこんだ
両腕が上がっていた相手の無防備な脇腹に拳が突き刺さる
「ごぶぉ…!?」
体への衝撃と内臓が押し込まれた勢いで口からくぐもった声と血がこぼれた
体が浮き上がるほどの一撃に肋骨が枯れ木のように圧し折れて肺に突き刺さる
崩れ落ちる相手に目もくれずもう一人に肉薄
気圧された相手が慌てて飛び退り距離を取ろうとするが、それは悪手だ
薙刀を拾ったジグが刺突を放つ
圧倒的なリーチで下がる相手に追いすがる
「くそっ…がぁああ!」
ナイフで弾こうとするが止められるはずもない
胴を貫かれ倒れ伏す
油断なく二人に止めを刺すと残る一人に向き直る
「……」
一瞬のうちに仲間二人を片づけられた男がどうにか離脱できないか探る
出口のある背後の戦闘がどうなっているかを確認したいがこの男から僅かでも目を離すのは躊躇われた
剣戟音を聞くにまだ決着はついていない
逃げ出す算段を整えていると相手が動いた
おもむろに死体に薙刀を刺すと死体を持ち上げる
相手の狂行に目を見開きながらも攻撃に備える
二人を仕留めたところでライカの方を窺う
三人相手に二刀を振るっていた
左右長さの違う刀をもって相手の攻撃を捌いている
手数で負けながらも速度と練度で上回るライカが徐々に押していく
「ハッ!」
遂に捌ききれなくなった相手の腕を斬り飛ばした
返す刀で首を刎ねる
返り血を浴びる彼の顔に愉悦が浮かんでいた
「流石だな」
あちらもそろそろ片付きそうだ
目の前の男は逃げる機会を窺っているようだし退路を断つとしよう
先ほど殺した男の体を薙刀で持ち上げる
長物の先端部に人ひとりをぶら下げて持ち上げるなど尋常な腕力ではない
並外れた膂力が可能にしたそれを勢いをつけて振るう
「ふん!」
死体を残った男に投げつけた
驚きはしたものの速度はそこまででもない
余裕をもって躱す
避けられた死体は通り過ぎると、ライカの戦っている男たちの背に衝突した
「なっ!?」
避けた男と、ぶつけられた男の声が重なる
その隙を見逃すライカではない
「シッ!」
一呼吸で四閃
喉に斬撃と刺突を同時に受けた二人が絶命する
「避けてはいけない攻撃……意趣返しさせてもらったぞ」
「貴様…」
先ほどの子供を狙ったナイフとジグの投げた死体
違うのは男が避けてしまったことと、取り返しがつかない状況になってしまったことだ
出口は正面の扉のみ
その前には仲間をいとも簡単に始末した男が二人
絶望的といえる状況だった
「観念してね?指示している人間や目的、洗いざらい吐いてもらおうか」
血に濡れた刀を拭いながらライカが嗤う
恍惚に歪むその表情に男は自らの終わりを悟った
それからしばらくして戻ってきたイサナ達
連れてきた救助隊が子供たちを手厚く保護している
「命に別状はなしで外傷も擦り傷程度。無事助けられてよかった…」
それを横目に周囲の警戒をしているイサナがほっとしたように一息つく
肩の荷も下りたようだ
「あの男は?」
「これからうちに連れて帰って尋問。色々と聞きださなくちゃ」
「素直に喋るとも思えんがな。まあ頑張ってくれ」
直接的な戦闘能力こそそこまででもなかったがあの男たちは紛れもなくプロだ
でなければ姿を変えられる魔術を使えたところでジィンスゥ・ヤで人さらいなどできようはずもない
「他人事ねぇ…ところで、どうやってあの術を見破ったの?姿形を変えられる魔術なんてそうそう使い手もいないのに。あなたは魔術にそこまで明るくないように見えるけど…」
「勘だ」
適当に返してはぐらかすと懐の硬貨に意識を向けた
本当はこれを使って正体を暴こうかと思っていたのだが、思いの外カマかけが上手くいってしまい出番がなかった
倉庫に入った時点でなにかしら魔術が使用されているのには気づいていた
しかしそれがどんな類のものかは分からなかったためすぐに動くわけにはいかなかった
そして戦闘になる前に寝たままの子供たちに魔術がかかっていないことを確かめていた
あの後取り押さえた男にこの硬貨を握らせてみたが見事に術が解除された
つまり残った子供は本物というわけだ
そうこうしているうちに救助が終わり最後の子供が運び出される
万が一に備えライカとシュオウは救助隊の護衛として同行している
これで周囲の警戒も必要なくなった
「私たちも行きましょうか」
「ああ」
ジグたちも帰るために歩き出そうとした
その瞬間
「誰だ!」
人の気配に気づいたイサナが腰の刀に手を掛け振り返る
彼女の視線の先
薄暗い路地から一人の男が出てきた
灰色のトレンチコートを着た四十代ほどの男だ
「こんばんは、お嬢さん。いい夜やねえ」
近づきながら挨拶をする男の顔を月明かりが照らした
目つきは鋭く、底冷えするような暗い輝き
口に葉巻を咥えておりねばついたような表情を顔に張り付けている
一目でわかる堅気ではない雰囲気
「マフィアか」
警戒をあらわにしながらイサナが睨みつける
それを笑いながら受け流す男
着ている服や雰囲気
何よりイサナに睨まれて平然としていることからマフィアの中でも立場が上の人間だろうと目星をつける
「お前が今回の下手人か?のこのこと現場に戻ってくるとはいい度胸だね」
彼女の警戒は殺気に変わりつつあった
しかし男は両手を上げて落ち着けと促す
「おお、怖い怖い。あんなアホな事、俺がするわけないやろ。今日はな、おもろい話を持って来たんや。そちらさんにも悪い話じゃないと思うんやけど、どないする?」
男の提案にイサナが思案する
無視するのは簡単だがジィンスゥ・ヤはあまりいい状況ではない
これからのことを考えると何かしら動く必要がある
問題はこの男がそのきっかけになるかどうか
「…言ってみなさい」
「そう来なくっちゃな!思い切りのいい嬢ちゃんやで。俺ぁバザルタのヴァンノってもんや。よろしゅうな」
そう言って葉巻に火をつける
口の中で紫煙をくゆらせながら男が話し始めた
「話ってのは他でもない、今回の犯人どものことや。そいつらはどうなっとる?」
「一人は生かして連れて帰った。他は死んでる。先に言っておくけど、生き残りを引き渡せって話だったら応じられないからね」
「なるほどのぉ…流石、ジィンスゥ・ヤ。あれくらいの奴らじゃ手に負えんみたいやな」
愉快そうに笑いながら肩を揺らす
「それでも口を割らせるのは難しい思うけどな。まあそれはええ…俺が欲しいのは死体の方や」
「死体を?」
「せや。実のところ、誰が今回のバカやったのか目星はツイてんねん。…ただ証拠がない」
「あいつらの死体が証拠になると?」
「使い方次第では、な」
怪しい話だが死体をくれてやるくらいならこちらに損はない
警戒しつつも前向きに話を検討する
ヴァンノと話し込むイサナを余所にジグは視線を横に向けた
そこに積まれている瓦礫の一つに腰かけた
「……腹が減ったな」
夕食時はとうに過ぎている
シアーシャも帰ってきているだろう
出かけるとは言っておいたがあまり遅くなるのもまずいか
そこまで考えたところで思わず苦笑いしてしまう
自然に彼女を生活の一部として受け入れ始めている自分におかしくなった
ここまで特定の誰かと行動を共にすることはいつ以来だろうか
傭兵団に所属していた時ですらここまで一人を気に掛けたことはなかったはずだ
思いを馳せているうちに話がまとまったようだ
ヴァンノがジグの方を見た
「…さっきから気にはなっちゃいたが、あんたはどちら様?けったいな布まいとんなあ」
「気にするな。ただの助っ人だ」
「…そか」
にべもないジグに何かを察したのか深く追及はしてこない
「じゃあ、こっちの後始末は任せてくださいなイサナ嬢。また連絡しますわ」
「よろしく。約束、忘れないでよね」
ヴァンノは背を向けて歩き出す
路地裏にその背が消えて見えなくなるまでイサナはその場にいた
「さて、今度こそ帰りましょ」
「そうしよう。腹が減っていかん」
「どこかで食べていく?奢るわ」
魅力的な誘いだったがシアーシャのこともある
イサナの提案に首を振る
「いや、待たせている奴がいるんでな。報酬を受取ったらそのまま帰らせてもらう」
「…そう。色々とお礼をしたいんだけど」
「報酬を貰えれば十分さ。それに…」
次は味方ではないかもしれない
口にしなかったその言葉
だが彼女にはしっかり届いていたようだ
無言で柄を強く握りしめる
「…その時は、その時よ」