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仕事に向かう人々が街を行き交う

臨時パーティとの顔合わせがあるというシアーシャをギルドまで送ったジグは街をぶらついていた

護衛という立場上自由に街を歩き回る時間があまりとれていない

大雑把な地形の把握しか済ませていないためこうした時間を有効活用する


という建前の元、以前から目星をつけていた店を覗いていく

主に魔装具を扱う店が目的だ

魔具にも興味はあったのだが魔力がないと発動できないとあっては仕方ない


陳列されている商品を眺めていく


「ほう、衝撃を与えると輝く篭手か。松明代わりには使えるか…?」


実用性のない物も見ているだけで楽しいものだ

今は懐も温かいので何か買ってみるのもいいかもしれない

意外と新しい物好きなジグは今買えそうな値段帯の商品を探し始める

ナイフや矢などの小物が多くある中に毛色の違うものを見つけた


「硬貨か?」


鈍い蒼色の硬貨が数枚並んでいる

気になったので近くにいた店員をつかまえて聞くことにした


「こちらは蒼金剛を主原料にした硬貨になります」

「聞き覚えがあるな。確か魔力を分解するとかいう…」


以前シアーシャと魔具を見に行った時にこれを素材にした短刀を見たことがあった

魔術を斬ることが可能という特性に惹かれた

しかし短刀では実用性が低く、使えるサイズにするととんでもない金額になるため断念したことがある


「はい。これは遺跡から見つかったもので、過去これを通貨にしていた国があったようですね。魔術が効かない特異な性質から偽造や隠蔽が難しく信用性が高かったと考えられています」

「今は使われていないのか?」

「昔ほど蒼金剛が取れなくなりましたので通貨にするのは難しいですね。使われていたのも大昔の話でして。見事な意匠なので鋳つぶしてしまうよりアンティークとして販売したいというのが店主の意向です」


確かにこの量を使ったとしても短刀一本もできないだろう

加工費も考えればわざわざ造るほどの物でもないということか


「ふむ…三十万か」


同じ大きさの硬貨が三十枚ほどある

一枚一万と考えるとなかなかに大きな出費だ


「魔力を分解するとはどの程度の規模なんだ?実際にこれを当てるとどうなる?」

「そうですね…触れた部分の魔術が消失するとお考え下さい。攻撃術や防御術に穴をあけることができますが、小さな穴程度なら魔力を継ぎ足してすぐに塞がってしまいます」


そう上手い話はないか

これで術を妨害できたらと思ったのだが


「ですが」


諦めたところに店員の説明が続く


「繊細で術式そのものを維持し続ける必要がある……例えば姿を隠すような類の術ならば、これに触れただけでも大きく揺らいでしまうでしょうね」

「…ほう」


思わぬ情報にジグの頭が回転し始める

術自体に穴をあけても魔力を供給してしまえば終わり

しかし術式に当てることができればその限りではない


「つまり…術を組んでいる最中にこれをぶつけられれば、どうだ?」


ジグの問いに店員は顎に手を当てて考える


「…いけるんじゃないでしょうか。蒼金剛を使った魔装具を造る際も持ち手などは別の素材で作成されています。使い手の術制御を妨害しないためです。…ただサイズが小さいのと常に持ち続けているわけではないためほんの一瞬、術を途切れさせる程度にしか使えないでしょうけど」

「一瞬あれば十分だ」


術の発動を嗅ぎとれるジグならば有用な手段となりうる

思わぬ収穫に笑みがこぼれた

これだから掘り出し物探しはやめられない


「これを貰おう。他に在庫はないか?」

「当店にある在庫はそれだけですが、お客様のご要望があれば取り寄せることも可能です」


当面はこれだけあれば十分だろう

拾って再利用することもできるので手持ちが少なくなってから頼めばいい



本当なら使い物にならなかった時のことを考えて一枚買って様子を見てから検討するべきだ

しかしこの時のジグは掘り出し物を見つけた喜びから少し周りが見えていなかった

彼の悪い癖である


「とりあえずこれだけでいい。三十万だな?」

「毎度ありがとうございます」


代金を払い品を受取る

アランからの報酬があるためこのぐらいの出費なら許容範囲だ

蒼金剛の硬貨は硬度も十分にあるため指弾にするのにうってつけだ


「どの程度妨害するのか試しておかないとな」


後でシアーシャに付き合ってもらおう

上機嫌に店を出る


そこで見知った顔が遠くに見えた

離れていても特徴的な髪色ですぐに誰か分かった


イサナが白い髪を揺らしてしきりに周囲を見回している

誰かを探しているようだ


「……」



面倒ごとの気配を感じたので見なかったことにした

触らぬ神に祟りなし

耳のいい彼女を考慮し心の中だけで呟いておく


ジグはその巨体からは想像もつかぬほど静かに、そして素早くその場を去った






「ちょっと、何人の顔見て逃げてんの」

「…ぬぅ」


しかし巨体は巨体

如何に静かに動こうとも目立つことに変わりはなかった

あっさり見つかってしまったジグは観念してイサナと向き合う


彼女はどことなく焦っているようでしきりに耳を動かしている


「何か用か?見たところ、誰か探しているようだが」

「ええ、そうなの。うちの子を見かけてない?」


予想外のことに思わず固まる

反応のないジグに怪訝そうにするイサナ

硬直から復帰して絞り出すように何とか口を開く


「お前、子供いたのか…」

「…言葉が足りなかったわ。私じゃなくて部族の子供」

「そういうことか」


思わず冷や汗が滲んだ額を拭う

誤解が解けるとイサナの探し人について気になったことを尋ねる


「迷子か?」

「…ちょっと、込み入っていて」


ジグの質問に答えづらそうにする彼女

その表情を見て、事はそう単純なことではないと悟った


「そうか、悪いがそれらしい人物は見ていないな。では用事があるのでこれで」

「待ちなさい」


面倒ごとを察して逃げようとするが彼女は最初から逃がすつもりがなかったようだ

がっちりと腕を掴まれる

強化までしているため容易には振りほどけぬ力だ


「今日はあの娘もいないし空いてるんでしょ?仕事の依頼をしたいのだけど」

「…冗談ではない。依頼とはいえ迷子探しなどやっていられるか」


金次第で何でもやるとはいえ限度はある

腕っぷしが役に立たない以上、人探しならば適任がいくらでもいるだろうに


「憲兵に頼め。人探しなんて腕力より人海戦術あるのみだろう」

「……異民族の頼みなんてまともに聞いちゃくれないわ」


ジグの正論に彼女は苦虫を噛み潰したように吐き捨てた



「…冒険者、それも二等級だろう?」

「そんな肩書が通じるのはギルドや国のお偉いさんだけ。街の人間からするとそんなの関係ないわ。表面だけ愛想よく対応しても誰も本気で探しちゃくれないの」



イサナは今までに何度も同じことを味わってきたのだろう

そこには怒りや憎しみではなくただただ諦観のみが張り付いていた

この国の異民族問題は表面化していないだけで根深いようだ


しかしそれならばギルドの連中に頼ればいいはずだ

それをせずにわざわざ自分のところに来た

その意味を考えると



「ギルドには頼りにくい…マフィア関係か?」

「……っ」


当たりのようだ

ただマフィアが手を出してきたのならば返り討ち

それもギルドを敵に回すことになる

如何に二大マフィアとはいえそれは分が悪い

しかし今回彼らが手を出したのは異民族の子供だ

民間人の保護は憲兵の仕事

だが被害にあっているのが異民族とあっては動きが鈍い

ギルドも身内に手を出されたわけでもないから動きにくい


「いや…動きたくない、か」


民族問題にかかわりたくないのはどこも同じのようだ

直接の子供でもないから身内に手を出されたと動くわけにもいかない

下手をすれば冒険者にギルドから指示が出ている可能性すらある


「今回はギルドも当てにできない…お願い。依頼料ならいくらでも払うから」

「…場合によってはマフィアと対立しかねない案件だ。俺だけならばともかく護衛対象もいる身でそこまでのリスクを負うわけにはいかない」

「顔はバレないように覆面をつければいい。武器が目立ちすぎるならこちらで代わりの物を用意する」


徐々に断る理由を潰されていく

やがて言い訳が思いつかなくなったところで重いため息をついた


「言っておくが、高いぞ」

「……いいの?」


諦めるようにジグがそう言うとイサナは目を瞬かせる

引き受けてもらえるとは思っていなかったのだろう


「断ってあのことを言いふらされても面倒だ。多少恩を売っておくのもいいだろう」


肩をすくめてそう嘯くジグにイサナが姿勢を正す

胸の前で拳を掌で包むようにして礼をする

しなやかで美しい動作だ



「部族を代表して、御身の助力に感謝を」




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― 新着の感想 ―
当たり前みたいに絡んでくるから忘れてたけど、そーいや強引に勢力伸ばしてきたマフィアの幹部級だったな
[良い点] 魔力分解能力の硬貨による指弾狙撃。 魔法が使えず匂いを感知できるジグだからこその、面白い絡め手。 そして、ちょうど良い試し撃ちができそうなトラブルがやってきた。 [気になる点] 1発1万…
[良い点] 少しずつ想像する世界観が広がっていきます。 こんな素敵な作品、素敵なキャラクターに出会えるのは久しぶりです。 今後の展開を期待しております。
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