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降り注いだ魔術を防ぐために足を止めた化け物を、左右に展開した前衛が挟撃する。
狙うは脚。
頭部などの急所を狙うには高すぎるのと、剣でこの巨躯に致命傷を与えるのは無理がある。威力の話ではなく物理的な損傷範囲の問題だ。どれほどの名剣であろうと、刃渡りが指先程度しかなければ下位の魔獣すら倒せない。
「脚は硬いがこのガタイだ、折れればまともに動けない!」
誰かが声を上げ、それに応えた冒険者が武器を手に別々の脚に向かった。
ジグもそれに続こうと足に力を籠めた瞬間―――鋭い刺激臭に顔の向きを変える。
注意を引いたはずの化け物は街の方を向いたままだが、触腕のいくつかが首をもたげてこちらを捉えていた。ぎょろぎょろと動く眼球の付いた触腕が死角を補い、口の付いた触腕が詠唱を始めている。
「避けろ!」
「A―――」
異様に速い詠唱が完成するよりも、警告の方が少しだけ先だった。
吐き出される炎の渦が自身の体ごと冒険者たちを飲みつくさんと迫る。化け物ならではの再生能力に任せた自傷も厭わぬ無茶な攻撃が牙を剥く。
冒険者たちの対応は三つに分かれた。
咄嗟に化け物の懐に飛び込み、防御術を使いながら頑丈な脚を盾にする者。
いち早く魔獣の動きとジグの警告に気づいて飛び下がった者。
避け切れないと判断して祈るように防御術を行使した者。
「あああああああああ!!!???」
結果は確かめるまでもなく、身の毛もよだつような絶叫で知らせてくれた。
高温の炎に舐められた障壁が瞬く間に削り切られ、その身を飲まれた冒険者の断末魔の叫びが響き渡る。
如何に頑丈な防具を着込んでいようと露出している部分がある以上、そこから入り込んだ炎までは防げない。もっとも、この化け物の火力を前にしては防具すらも意味を成していないようだったが。
炎が過ぎ去った後に残るのはいくつかの黒い塊のようなものだけであった。
異臭を放つ人の形をしていたとかろうじて分かるそれは、およそ人の死に方とは言えぬものであった。
安直な陽動の末に待っていた手痛い反撃。
仲間の判別すらつかない死体を前にした冒険者たちに動揺が走る。
「っ、奴め……」
「学習してやがるってのか!?」
同じ答えに行きついたジグとハインツが驚きに目を瞠った。
確かにこの手は初めて遭遇した際に使った戦法だ。
だがまさかこの化け物がそれを覚えていて、しかも対応してくるとは思わなかった。そこまでの知性を持ち合わせているようにはとても見えず、侮った結果がこれだ。
自身の魔術で化け物も損傷を受けているはずだが、奴の動きからはそれを全く窺えない。
おそらく自分が受けても問題ない規模の魔術を使用したのだろう。数ある中でも対人間性能が高いと言われる炎の魔術を選んだのは、果たして偶然だろうか?
恐らく反対側でも同じことが起きているのだろう。悲鳴と怒号が聞こえてくる。
「ちくしょうが!!」
脚に隠れていた冒険者が悪態をつきながら剣を振るう。
防御術越しの余波で焼けた腕に構わず、力任せに叩きつけられた剣が化け物の脚に食い込んだ。赤い血が流れて剣を濡らす。
「やれるぞ! 仲間の仇を討て!!」
彼に触発されて他の冒険者たちが次々に斬りかかり、化け物の脚に傷を負わせる。
一時は動揺が走ったが、魔獣に殺されるなど冒険者にとって日常だ。彼らは仲間を殺されて怒りはしても動きは冷静であり、魔術を警戒して深追いはせずに距離を取っている。
放たれた魔術や触腕による攻撃を余裕をもって回避し、注意を引いた隙に他の冒険者が攻撃する。
時折まともに受けて吹き飛ばされている者もいるが、別の冒険者がすぐに援護に入って止めを刺させない。
初撃以降、思ったように攻撃の当たらないことに苛立った化け物が広範囲を焼き尽くそうとする強力な魔術を唱え始めた。
「やらせん」
そうして隙の出来た触腕をジグの双刃剣が薙ぎ払う。
斬り落とされたそれを足場に別の触腕に跳躍。突き立てた刃を体重と勢いに任せて振り抜き、のたうつ触腕を刎ねて次へ。
正面から体当たりしようと突っ込んでくる触腕を側方宙返りで回避。回転の勢いを利用して自身のいた場所を薙いだ斬撃が輪切りにした。
ならばと時間差で襲い掛かる三本の触腕、その最初の一本の横面を剣の腹でぶっ叩いた。
進路を逸らされた触腕に後から迫る二本が阻まれ、同士討ちのような形でぶつかり合う。触腕がまとまった瞬間を狙って双刃が乱舞する。
「はぁ!!」
鋭い呼気が一つ、奔る刃風が六つ。
一刀二刃の三振りが生み出す六筋の斬撃が触腕を撫で斬りにする。
一拍の後、寸断され肉塊と化した触腕が落下して痙攣しながら動きを止めた。
「次!」
手の中で双刃剣を回転させて血を払いながら、戦況を見る。
冒険者たちは頑丈な脚ではなく、まず触腕を減らすことに重点を置き始めたようだ。
脚を狙う素振りを見せて妨害しようと動いた触腕を迎撃している。足の速い者はジグのように遠間から魔術を使おうとする個体を牽制し、その注意を引いている。
今もまた、ハインツが自身ごと風の魔術で押し出しながら斧槍で触腕を斬り落としていた。
街から飛来する魔術は変わらず化け物に防がれ続けているが、徐々にその障壁が数を減らしているようだ。こちらの対処に触腕を回し始めたことで手が足りなくなっているのだろう。
脚の隙間から見える反対側では僧兵たちが獅子奮迅の働きを見せていた。
統一された部隊特有である息の合った動きで触腕に対処し、その数を減らしている。
中でもレアヴェルの錫杖捌きは際立っており、触腕の攻撃をまるで寄せ付けていない。柳のような柔らかさとしなやかさを併せ持った動きで翻弄し、その隙をついて他の僧兵たちが仕留めている。
無駄な力を使わず最小限の動きで敵を倒す動きは、エルシアに教わった僧兵の基本を突き詰めた動きそのものであった。
ジグは少しでも相手の攻撃手段を奪うため、足を止めずに双刃剣を振るい続けた。口の付いた触腕を優先して狙い、当たれば被害の大きい魔術の数を減らしていく。
「っ!?」
暴れ過ぎるうちに目を付けられたらしい。
刺激臭に反応して見もせずに飛びのいた場所を雷の鞭が叩いた。
気づけば眼球の付いた触腕がジグを見つめ続け、うねる触腕が四方から迫ってくる。
「「A―――」」
「くそ!」
複数の触腕から放たれる魔術を跳ね、伏せ、時に斬りながら必死に捌いていく。
だがそれでも物量には敵わない。
如何にジグが身体能力に優れようとも、手足は二本ずつしかないのだ。魔術の使えない身ではできることに限界がある。
複数の触腕による攻撃で徐々に追い詰められていき、ついには避けきれずに被弾するかと思われた時―――銀の一閃が氷槍を迎え撃った。
激突と共に起動した魔術刻印により衝撃波が発生。氷槍を木っ端微塵に打ち砕く。
降り注ぐ氷の粒が陽の光を浴びて輝いている。
ある種幻想的な美しさの光景にも負けぬ輝きを放つ銀の女が、仁王立ちで棍を突き立てた。
「あんた、冒険者でもないのに目立ち過ぎなのよ。少しは自重なさい」
彼女は魔獣退治の主役はお前ではないと、そう主張するように胸を張る。
三等級冒険者、エルシア=アーメットが獰猛に笑いながら眼帯越しに化け物を睨んだ。
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本作では数少ない常識人であるウルバスが表紙です。よろしくお願いします!




