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二日の休日を挟んだ後討伐隊に参加するためにギルドへ行く
実に慌ただしい休日だったので体を休ませられたかというと微妙なところではあるが、依頼となればそうも言っていられない
幸い懸念事項だった武器の問題は片付いた
肩の傷も塞がり依頼をこなすには問題ない
二人がギルドに入るといつも以上の人だかりだ
いつもの受付とは違う場所に多くの冒険者が並んでいて、列整理までしているほどだ
「討伐隊に参加する冒険者の方はこちらの列に並んで手続きをお願いします!」
係りの者の指示に従い二人は列に並ぶ
事前に諸々の手続きは済ませているため本人確認が済んだ端から転移させているようだ
それでも列は長く時間がかかる
「こんなにいるなら本当に楽そうですね」
「これだけ必要なほど魔獣が大発生しているということでもあるな。……?」
二人で話していると妙に視線を感じる
シアーシャがみられているのはいつものことだが、今日はどういうわけかジグに注目しているようだ
視線の理由がわからず怪訝な表情をするジグ
そんな彼に手続きを済ませた冒険者パーティーが声を掛けてきた
「よう、昨日とは違う女かぁ?ずいぶんいい身分じゃねえか」
やさぐれた雰囲気の男がこちらを挑発するように話しかけてくる
ジグは男の態度と話を聞いて視線の理由を理解する
どうやら先日イサナといたことが噂になっているらしい
彼女も戦闘狂で思春期な内面を考慮しなければ佳い女だ
二等級という地位もある
金が存外ないのは……知られていないのだろう
もとよりシアーシャのそばにいつもくっついている彼のことを気に入らない男は多い
そのうえイサナまで連れまわしていたとなれば文句を言いたくなるのは当然であった
「いいよなぁ、女をとっかえひっかえできるほどモテる奴はよ。武器まで貢がせるなんて、いや大したもんだよ。…俺ならプライドが邪魔して真似できないね」
あの状況は確かに傍から見れば武器を買わせているように見えるかもしれない
佳い女をとっかえひっかえ侍らせて装備まで買わせている男がいたら、なるほど彼の言いたいことも理解できるというものだ
「あの、あれはそういう訳では無くて…」
「君もいいの?こんないい娘がいるのに他の女に手を付けてるんだぜ」
「……いえ、だから」
「こんな浮気野郎なんてほっておいてさ、俺たちと組まない?退屈させないって」
「……」
なるべく穏便に済ませようとするシアーシャ
しかし男は話を聞かず憶測でどんどん進めていってしまう
男の態度に彼女が苛立ちを募らせていくのが傍から見ていても手に取るようにわかった
「君たち、何やってるんだい?」
浮気野郎、のあたりで苛立ちが殺気に変わりかける瞬間
横合いから声を掛けられた
「あァ?」
男たちが邪魔をされたことに不快さを隠さず睨みつける
しかしその顔色がすぐに変わる
「ア、アランさん…」
そこにはいつかの赤毛の冒険者が立っていた
四等級の実力者である彼の視線に男が怯む
「少し揉めているように見えたけど、何か問題かい?」
「い、いえ。少し世間話をしていただけです……俺たちはこれで」
アランから逃げるように男たちが去っていく
その背中を冷たい目で見るシアーシャ
彼らがいなくなるとアランが話しかけてくる
「余計なお世話だったかな?」
「いや、助かった。シアーシャが弾けそうだったからな」
「うん、僕も実は彼らを心配して声を掛けたんだ」
彼も中々言う
ジグとアランはどちらからともなく笑う
「……貶されているような気がするのですが」
彼女がむくれる
「あれぐらい笑って流せるようになれ。お前歳上だろ」
「自分のことは別にいいですけど、ジグさんのこと言われるとつい……」
自分より他人の誹謗中傷に怒るのはよくある話だが、彼女の場合は特別だ
呪詛を投げかけられるのには慣れている彼女だが、初めてできた味方と言える存在を貶されて怒るなというのは難しい話というものだ
「気持ちはありがたいが、他人にお前の評価を押し付けるな。周りから見れば俺は立派なヒモ野郎だ」
「でも!それは事情を知らないからで……」
「自分の事情を一から十まで他人に理解させることなんて不可能だ。人は皆、自分の見て聞いたことでしか判断できないんだよ」
「……はい」
シアーシャがしょんぼりとする
ジグは苦笑しながらその肩に手を置いた
「……言ったろ。理解してくれる人間を大切にするさ」
先日彼女がイサナに言った言葉だ
それを返されたシアーシャがはにかんで笑った
二人を興味深そうに見ていたアランが口をはさむ
「ジグは珍しいね。この業界、舐められたら終わりだ……って喧嘩する人が多いのに」
「俺は冒険者じゃないからな。他人を舐めてかかる奴は遠からず死んでいったから気にするだけ無駄だったんだ」
戦場で敵味方問わず人を舐めるような間抜けは皆いなくなった
最初は怒りもしたが、相手がどんどんいなくなっていくにつれてむなしさすら感じるようになった
―――ああ、こいつは長くないな
そう思うと余命いくばくかの病人を見ている気分にすらなる
「それはまた、随分過酷な仕事だね……」
「そういうお前はどうした?討伐隊は七等級の依頼だと聞いているが」
冒険者が受けられる依頼は上は一つまでと決められているが下に制限は基本的にない
その代わり加点もない
どころか露骨に下の依頼ばかり受けていると減点すらされる
彼が進んでこの依頼を受ける理由は無いように思えた
ジグの疑問にシアーシャが答える
「彼らは保険……悪く言うと子守りですね」
「子守り?」
「そんなつもりはないんだけど……」
アランが説明してくれる
「討伐隊には必ず四等級以上のパーティーが一つ付くことになっているんだ。理由は危険度の高い魔獣が出現したときの対応だね」
繁殖期には高位魔獣が出現することがある
数の多い小物を餌にするためだったり、群れの中に一際強力な個体が現れたりと理由は様々だ
「常ならぬ状態の時には予測できないことが多いんだ。本当はちゃんと理由があるんだろうけど、魔獣の生態は解明されていないことも多いからね。ただこれまでの繁殖期で討伐隊が本来の生息域にいない魔獣に遭遇する確率はそれほど低くはない」
彼らはそれに対応するためについてくるという訳か
「なるほど、確かに子守りだ」
「その呼び方はあんまり好きじゃないんだけどな」
アランはそう言って苦笑いする
「お前たちがいるなら安心だな」
以前見た時に確認したがアラン達の実力は高い
ただ強いだけでなく状況判断や不測の事態における対応能力が優れている
高位の魔獣が出ても彼らなら対処できるだろう
「そう言ってくれると嬉しいな。微力を尽くすとするよ」
アランはそう言って去っていく
そうこうしている内に列が進んだようだ
自分たちの番になり受付で手続きを済ませると転移石の部屋に行く
いつもとは違う部屋の転移石を使うようだ
「今回向かうのはフュエル岩山だったか?」
「はい。岩蟲の幼体が討伐対象です」
岩蟲は芋虫のような見た目をしているが繭を作るのではない
成体の岩蟲が体内で子供を育て、ある程度大きくなってから産まれてくる
その際に親の体を食い破り糧とする
一度に産む数こそそれなりだが成長させてから産まれてくるため幼体の生存率は高く、
放っておくと一帯が岩蟲だらけになる
毎年狩る必要はないが数が増えてきたら要注意というわけだ
「討伐の目安は本来いないはずの生息域にまで出現し始めたら……先日私たちが遭遇した個体がそれにあたります」
運よくその個体に出会ったおかげで討伐隊の依頼にまで漕ぎつけられたのだから感謝せねばなるまい
「想定される高位魔獣は剛槌蜥蜴、削岩竜、岩喰鬼。高位ではありませんが岩蟲の成体と狂爪蟲が混ざることもあります」
「竜だと?」
今までと毛色の違う名前にジグが反応を示す
「竜と言っても亜竜という下位のやつらしいですよ。ブレスを吐けなかったり知能がそこまで高くないなど本物の竜には及ばないものの力や生命力が強いとか」
「いよいよおとぎ話だな。正直、興味がある」
ジグがいた大陸でも竜という存在は特別視されていた
彼にとっても少なからず憧れのある生物だ
見てみたいという気持ちがある
「……駄目ですよジグさん?削岩竜は四等級上位の魔獣です。仮に倒せたとしてもギルドから大目玉をもらっちゃいますよ」
「残念だ」
いかに実力主義のギルドと言っても限度はある
本来の規定から大きく逸脱した行動をとれば問題視は避けられない
話しているうちにジグたちの順番が来たようだ
転移石に乗り、いつものように彼らは仕事に向かった
 




