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ジグは彼女の言っている意味がすぐには飲み込めず、間が出来てしまった。
「斬れない……というと?」
「言葉の通りです。血晶纏竜の頭角では、風来鮊の鋸尾は斬れないとの結果が出ました」
「出ました、と言われてもな……」
言い切る彼女へ困り顔でジグが頬を掻いた。
実際に斬っているのだ。ならば試験結果が間違っているという話になるのが筋のはず。
そう口にしようとしたところで思い直す。
研究者たちも馬鹿ではない。その報告を読んだうえで、それでも無理だと断言しているのだ。ならば相応の理由があるはず。
「そう言い切るだけの理由はなんだ? 単純な強度だけの話ではあるまい」
「私も細かい原理まで理解しているわけではないのですが……」
シアンはそう断ってから手元の資料を読み上げた。
風来鮊の持つ尾はただ鋸状の歯をしているだけではない。
魔力で変質したキチン質の特殊な外殻から出来ている物であり、棘というよりは骨に近いものらしい。それを先の話にもあった特殊な体液に魔力を籠めて固め、表面を覆うことで生成している。
そしてここからが本題なのだが、この魔力はまだ生きている。つまり風来鮊の制御下にあるという点だ。特殊な波長の魔力を流すと微振動し、触れるもの全てを切り裂く恐るべき凶器となった。
並の剣程度ならほとんど抵抗なく切断したというのだから、魔獣の恐ろしさとは際限がない。
「あなたの報告にあった鰭で建物を両断したというのも、この能力によるものと思われます。普通いくら硬くても建物は斬れません」
「言われてみればそうだな。あの時は必死で気が回らなかったが」
「それに追いかけ回されていたんですから無理もないです」
確かにあの大きさでぶつかれば硬さなど関係なく崩れるのが普通だ。野菜でもあるまいし気軽にスパスパ斬れるはずもない。改めて、あの鰭と斬り合わなくて良かった。
間に合わせで修復した胸当てを見ると、言われてみれば細かい傷が多い気もする。
今更ながら耐久性の高い装備に変えていなかったら、あの場でバラバラにされていた恐れもあったのかと思うとゾッとする。
「そういうわけでして……細かい歯は衝撃で折れるかもしれませんが、その剣で尾そのものを断つことは不可能という結論となりました」
「……なるほどな」
研究者たちの言い分は理解した。彼らの試験結果が事実なら、如何にこの双刃剣でも斬るのは不可能だという結論になるのも頷ける。物質として安定している魔力、というだけの性質では説明がつかない。
初めは技量や力が違うと言って煙に巻こうとも考えたが、それでは余計な疑念を抱かせることになりそうだ。
「あなたは一体、どんな手を使って斬ったのですか?」
「……」
彼女の問い詰めるような視線からスッと目を逸らし、深く息をついた。
観念した……そんな仕草にシアンの眼が細められる。
「心当たりは……ある」
「やはり……!」
やがて重苦しい口ぶりでジグが白状すると、想像通りだとばかりにシアンが目を輝かせた。
ジグは元々彼女が様々な理由から注視していた存在だが、その中の一つに特殊な技能という点がある。最初期、幽霊鮫の擬態を見破った可能性があるとアランから報告を受けた時からその疑念は持っていた。
それがやっと聞けると思い身を乗り出したい気持ちを抑え、ジグが口を閉ざさぬようにまずは安心させる。
「ご安心ください、この件はギルドが責任を持って管理致します。決して悪いようにはしないとお約束します」
無論、魔獣の探知に役立つような技能なら形を変えて公開する。冒険者の生存率に関わる情報だ、悪いようにはしていないので問題はない。
そんな腹黒いことを考えているシアンの考えを知ってか知らずか、ジグは一つ頷いて語り出した。
「俺は魔力が非常に少なくてな。碌な魔術が使えん」
「はい、存じております」
シアンが他の冒険者に聞いたところ、ジグが魔術を使用しているのを見た者は皆無だった。
隠しているという線もなくはないが、命の懸かった危険な場面においても決して使っていなかったというので間違いないはずだ。
「だから正直に言って、俺が何か特別なことをしたわけではない。全力で剣を振った、ただそれだけだ」
「そう、ですか……」
肩透かしを食らったシアンの声が落ち込む。
魔獣相手には役立つ特殊な技能を持っているのであれば是が非でも共有したかった彼女としては、何か特別なことをしていて欲しかったのだ。
「俺は何もしていない……となれば、原因はこいつということになる」
言いながらジグは脇に置いた双刃剣に手を置く。
袋に隠された赤黒い刀身へシアンの眼が移り、怪訝そうに首が傾げられる。
「その武器が、ですか?」
「ああ。こいつはエルネスタ工房のガントという職人が作り上げた品なんだが……」
ジグはそこで意味ありげに腕を組み、難しい顔で眉間にしわを寄せた。
「かなり偏屈な職人でな。よくいる頑固一徹ともまた違う、本当の意味での変人だ」
「聞いたことがあります。需要を無視して作りたいものを作る変な職人がいるとか……」
ギルドの受付嬢にまで名が届いているとは、流石はガントだと変な感心をしてしまう。
「奴にこれの製作依頼をしたのは俺だが、具体的な内容まで口を出したわけじゃない。俺は要望を言っただけで、これが何を使ってどのように作られたかまでは関与していない。血晶纏竜という魔獣はそれまで見たことも聞いたこともなかった」
「シアーシャさんの等級では無理もありません。……それではまさか、彼が?」
「俺はあくまで可能性を言っているだけに過ぎん」
ジグは遠い目をしながら首を振った。それがまたシアンの疑念を煽ることになると知ったうえで。
おもむろに組んでいた手を解き、炭のような色合いの手甲を彼女へ見せる。
「それは?」
「岩喰鬼の胆石を使った手甲だ」
「え、でも確かあれって臭いがきつすぎてまともに使えないと聞いたことが……」
「最新の技術でそれを克服したらしい。その手の新しい技術開発にも余念のない男だ」
ますます真実味を帯びた物言いにシアンが黙り込んだ。
嘘は何も言っていない。ただガントの職人としての仕事ぶりを話しているだけである。
こうして並べて見るとガントも中々に胡散臭い男だから、自業自得とも言える。
「他には魔獣を直接殴りつけることで発動する魔具なんかも作っていたな」
「……どうにも、まともな職人とは思えませんね。何か裏があるのかもしれません……分かりました、こちらで調査させてください」
「うむ」
哀れガントは要注意人物としてギルドの取り調べを受けることとなった。
シェスカには悪いが、あまり詮索されると面倒なことになってしまう。今度詫びを入れる必要がありそうだ。
ジグは話の矛先が逸れたことに胸を撫で下ろすと、双刃剣を指して今後のことを尋ねる。
「こいつはどうする? 協力しろと言うなら金額次第で提供しないでもないが……剣のない俺など大飯食らいの穀潰しにしかならんぞ」
幼い頃より鍛え上げた剣にそれなりの自信はある。
だがその分、色々なことを疎かにしてきたのも事実。生き残る術や雑用程度はともかく、調理や裏方の仕事をまともに手伝える自信はなかった。
剣を取り上げられたジグなどそんなものだ。
魔術は使えない、弓は雑兵並、出来ることと言えば石を投げるのが精々だ。
とても街の防衛に役立てるとは思えない。
「そこまで言わなくても……代わりの剣を渡すにも、魔獣討伐とあなたの力に耐えうる武器があるかは疑問ですね……しばらく保留としましょう。今は街の防衛が最優先です」
「そうしてくれると助かる」
雇い主様の判断にほっと息をつく。とりあえず役立たずにはならなくて済みそうだ。
「いずれ落ち着いたら改めてギルドから要請が出るかもしれません。その時はご協力お願いします」
「それは誠意次第だ」
「うちの副頭取に伝えておきましょう」
「……それはまた、随分と期待できそうじゃないか」
次に来るマンガ大賞2025にて「魔女と傭兵」がWebマンガ部門13位に加え、なんとU-NEXT賞を頂くことが出来ました!
9432作品もの中からこの順位……とんでもないですね。
これも日々応援して下さる読者さまのおかげです。本当にありがとうございました!
近いうちに記念SSを投稿いたしますので、楽しみにお待ちください。




