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「なるほどねぇ……仕事を受けた賞金稼ぎか。道理で俺たちにとって都合のいい奴らばかり狙われるわけだ。うちの馬鹿を行かせなくて良かったぜ……雇い主はハリアンのお偉いさん辺りか?」
当初調べるつもりだったレナードは青い顔……をしているかは不明だが、尻尾を股の間に挟んで情けない顔をしている。
報告を受けたバルジが得心がいったと顎に手を当てた。
一見戦いばかりを取り柄としているような振る舞いをするが、マフィアのボスがそんな戦闘狂を傍に置くはずがない。すぐに依頼人の正体に近づき、試すようにジグを見やる。
「恐らくな。いくら街を建て直したところで住民が変わらなければ意味がない。根っこまで変えるのは時間が掛かるだろうが、秩序を守った方が益があると理解すれば表面上は取り繕う。それが人間だ」
「だが秩序のない環境で利益を貪って来た連中からすれば、街が復興するのは面白くねぇ。そういう性根まで腐りきった連中を問題にならない内に始末しちまいたいって気持ちは、まあ理解できるぜ」
ふんと鼻息をついたバルジがソファに寄りかかった。
指でレナードに葉巻を要求しようとして、先端を斬り落とされたことを思い出す。渋い顔で香木を齧る彼にジグが皮肉気に笑いかけた。
「裏で利益を貪るマフィアがよく言う」
「くっはは! ちげぇねぇな、傭兵?」
二人の大男は顔を見合わせ、悪い顔で笑い合う。
レナードはそんな二人をやや引き気味に見ていた。
「さて。誰が動いてんのかも、後ろに何が居んのかも分かった。御苦労だったなジグ……つうか早過ぎないか? 昨日の今日だぜ?」
「……自作自演と思うか?」
「そんな面倒なことせんだろお前は。確かに賞金稼ぎまで顔見知りってのには作為的なもんを感じないでもないが……そこを気にしてもしょうがねぇ。カララクの雇ってた用心棒がハリアンの出なんだろ?」
バルジは頭が回る方だが、その根っこは感覚派らしい。クロコスやカーク辺りが聞いたら警戒を強めそうな話にも鷹揚だ。
彼はその辺りの話を流し、思案気な顔で切り出す。
「……どうせお前のことだ、そのジィンスゥ・ヤにも詳しいって前提で聞くが……俺らと上手くやれそうか?」
厄介者同士という共通点があるためか、手を組めるかもしれないと考えたのだろう。
ジグはある程度予測していた反応だったため、さして驚かずに返すことができた。
「あまり勧めない。あの用心棒や賞金稼ぎはジィンスゥ・ヤでも異端だ、ハリアンにいる方とは気質が違う。余所との慣れあいは好まないだろうな。それに、もう現地のマフィアと手を組んでいる」
「そうか……同じ弾かれ者同士、話が合うかとも思ったんだが。ま、上手くやれてるならいいさ……しかしなんでマフィアと組んでることまで知ってるんだ?」
「……色々あってな」
報告を終わらせたので依頼は完了だ。報酬金は全額前払いだったので何の問題もない。
クロコスに報告するため去って行く二人の亜人を見送ると、ジグは手持無沙汰になった。
支援要請がなければ一人遊撃隊はやることがない。待機も立派な仕事の内だが、さりとて昼間から寝て過ごすというのもいかがなものか。
そんなことを考えていると、誰かが後ろから近づいてくる音に気づいた。
鞘や防具の擦れる音がなく、靴底を引きずるような足音……素人だ。
足音の主はずるぺたと靴を傷めながらジグの正面に腰かけ、ソファーを軋ませて座った。
「失礼、こちらよろしいですかな?」
そう言って穏やかな笑みを浮かべるのはヨラン司祭。
彼はでっぷりとした腹を揺らしながら、人の良さそうな顔と無機物のように冷たい目でジグを観察した。
「おっと、もう座っていましたな。いや失敬、自分の重みに耐えかねまして……」
彼は一人で笑いながら腹を叩いている。
恐ろしい男だ。直接目にし、ヨランという人間の本質を頭では分かっていても、彼の仕草や声からは人の良い神父といった印象が拭えないのだから。
「昨晩はどうも、ウチの者がご迷惑をおかけしたようでして……申し訳ございませんでした」
「いや、済んだことだ。苦情は伝わったか?」
「……はい、それはもう、ハッキリと」
互いに腹を探り合うような会話を交わす。
昨晩始末した僧兵たちの事は当然ヨラン司祭にも伝わっているはずだ。”こそこそ嗅ぎまわるような真似をするのならば消す”という分かりやすい対話だったのだから、間違えようもない。
「レアヴェル免罪官が止めた理由が分かりましたよ。まさか一人も許していただけなかったとは……ははは」
その上で、わざわざヨラン司祭自らが接触することの意味をジグは測りかねていた。
危険人物相手に戦う力のない彼がなぜ?
ジグは内心を表には出さないし、如何に彼の眼力があろうとシアーシャたちの正体までは気づきようがないはず。
「そのことにつきまして、本日はご相談があって参りました」
「相談だと?」
碌な内容ではない。そのことを頭で分かっていながらも、ヨラン司祭が何を企んでいるかを知るためには聞かざるを得ない。
彼は脂で嫌なテカリをした顔を近づけ、ねっとりと口にする。
「―――あのお二人を貸していただきたいのですよ」
絡みつくような声音が耳朶を不快にくすぐる。
ジグの視線がわずかに鋭さを増した。ヨラン司祭の相談事とは想定していたよりも面倒なものなようだ。
彼はジグの険を帯びた変化を承知の上で話を続ける。
「私共の目的は例のアレを捕獲することですが……残念ながら、現状では難しいと言わざるを得ません」
「だろうな」
重苦しい声で然もありなんと嘆息する。
あの化け物は普通じゃない。そこまで魔獣に詳しいわけではないが、素人目に見てもアレを捕らえるのは難しいように思える。死体を回収するならばともかく、あの巨体をどうやって捕まえるというのだ。
「しかしあのお二人は稀代の魔術師であり、なんとアレを撃退したとか。それほど優秀な魔術師の御力を借りられるのであれば、不可能ではありません」
仮にあの二人が本気になったとしても生け捕りは不可能に思えるが……ヨランはそうは考えていないらしい。遺跡のことと言い、何か隠し玉があるのかもしれない。狡猾な彼のことだ、追い詰められた程度で自分たちの情報を全て話すとも思えない。
「話は分かった……だが何故俺に聞く?」
「ここでの振る舞いを見るに、あのお二人は随分とあなたに信を置いているようだ」
「さてな。俺は所詮、ただの傭兵に過ぎん。依頼主の意向に従うのが俺の仕事だ。……もう一人は違約金代わりの強制労働だがな」
「表向きはそうでしょうな。ですがあなたからの進言であれば、お二人はそれに従う……違いますかな?」
あれだけ痛い目を見せられても懲りた様子はなかった。どうやら本気で二人の力を借りたいと考えているらしい。わずかな期間でこちらのことを良く調べている。
「多額の報酬も用意しましょう、傭兵稼業では一生かかっても手に入らない額を。アレを手に入れられれば、それだけの利益を得るのは容易い。足りないのならば言ってください。金だけでは手に入らない物でも、我らならば用意できる」
魅力的な提案だ。危険はあるがそれ以上に見返りもある。
話に聞くほど私腹を肥やしているならば支払いの不備を心配する必要もない。
「悪くない話だ」
感触の良い反応にヨラン司祭の笑みが深まる。
「そうでしょうとも。あなたとて金のために動いている人間だ……価値が分からないはずがない」
「ああ―――今の仕事が終わったら、是非もう一度持ち掛けてくれ」
ぴくりと、ヨラン司祭の表情が怪訝そうに動いた。
流石だ。このわずかなやり取りでジグの口ぶりに引っかかるところを感じとったのだから。
「……今の仕事、ですか。差し支えなければ、教えていただいても?」
「ああ、構わない」
基本的に依頼のことを話すのは厳禁だが、例外はある。
広く募られているような派兵や、人探しの依頼など、事情を話しても問題ない仕事はある。今回がそれだ。
「専属の護衛を除けば……この街の防衛が、現在俺たちが請け負っている依頼だ。街に危害を及ぼす魔獣を一通り始末した後でなら、協力してやってもいい」
街へ危害を及ぼす魔獣。言わずとも、そこにあの化け物が含まれていることは明白だった。
事実上の交渉決裂……そう取ったヨラン司祭が濁った硝子玉を思わせる目でジグを見る。
「……そうですか。ではその際には是非、ご協力を」
「いい話を期待している」
今月は更新が不定期になります。次巻の締め切りが……その分、新刊の加筆量はとんでもないことになりますのでお楽しみに
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