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冒険者がある特定の目的や思想の元に集まり徒党を組んだものをクランと言う


難易度が高かったり人数の必要な依頼をこなす際に外部の人間をその都度集めるのは中々の手間だ

そのため依頼の方針ややり方が合う者達でパーティーとは別に固定メンバーを組み、お互いで依頼に応じて人員の都合をし始めたのが元になった


冒険者はある程度の経験を積むとクランに入るものがほとんどだ

一部のノルマや規則が厳しいクランを除き、クラン同士での仲間意識から情報の共有や有事の際の保険にもなるなどデメリットが少なくメリットが大きいからだ


もちろん全員が入るわけではない

人との関わりが嫌いな者

行動に問題が多く入るのを断られるもの

クランに入らない理由は様々だ



彼女、イサナ・ゲイホーンも諸々の事情からクランに所属していない

だがそれは問題行動が多いからではない

また彼女が人との関わりが嫌いなわけでもない




宿に戻る前

帰る途中にギルドに報告するのを忘れていた彼女はやむなく汚れたまま立ち寄ることにした

報告予定時間は大幅に過ぎている、これ以上遅くなるわけにはいかない


ギルドに入った瞬間、周囲の視線が向けられる

有数の実力者であり、見目の整った姿故に彼女の注目度は高い


彼女にとってはいつものことなので気にも留めない

真っ直ぐ受付に向かう


「お待たせ。カンタレラの取引現場の報告とつながりのある店のリスト、確かに渡したよ」

「イサナ様!予定時刻を過ぎても戻らないので心配しましたよ…今ちょうど安否確認の人員を申請するところでした」

「ごめんね。思わぬ邪魔が入って手古摺てこずっちゃって」


ジグの懸念した通りギルドは高位冒険者の安否を特に気にする

あの場でイサナを殺していたら近い内、彼らに調査の矛先が向けられていただろう


「イサナ様がですか?まさか、その恰好は…」

「大した怪我はしていないから大丈夫。じゃ、後よろしく」


色々と聞きたげな様子の受付嬢の視線を無視して促す

手続きのために奥に引っ込んだ彼女と入れ替わりに一人の男が声を掛けてきた


「やあイサナ」

「ノートン、今日はずいぶん遅いみたいね」


三十代序盤といったところか

金髪に爽やかな笑顔

鍛えられた肉体と立ち姿が彼を実力者だと物語っていた


「今日は大物だったからね。それよりクランの件、考えてくれたかい?」

「悪いけど、答えは変わらないよ」

「つれないなあ」


イサナは以前よりノートンにクランに勧誘されていた

その場で断り、それ以降も何度か誘われているが全て断っていた


「参考までに、何が足りないか教えてくれないかい?」

「別にあんたのところが気に入らないわけじゃない」

「…人種のことかい?僕のクランにそんな小さいことを気にする奴はいないよ」

「私が気にするのよ」


この男が善意で言っていることは分かっている

ノートンは紛れもない善人だ

人当たりもよく周りのことを考えて行動している


だがそうではない

イサナ達はただ静かに暮らしたいだけだ

理解を求めてもいないし、ましてや争いなど

過去マフィアと派手にやりあったのも居場所を追われ、流れ着いた先で生きるために必死だっただけだ


イサナの内心を知らない彼は残念そうにするも、しつこくするのは余計に彼女の機嫌を損ねるだけとおとなしく引く



「……おや?その恰好はどうしたんだい」

「仕事でちょっと邪魔が入ってね。勘違いだったんだけど」


ノートンは目を細めた

人当たりのいい青年の雰囲気が少し変わる


「……へぇ。君に苦戦させるなんて大したものじゃないか。どんな奴だい?」


少し思案する

黙っていろと言われたのは薬物所持のことだけだったが、無駄に興味を持たれるのをあの男は好まないだろう


「さあね。初めて見るタイプの奴だったわ」


適当にお茶を濁しておく


受付嬢が戻ってきた


「報告、確かに。報酬はいつものように?」

「そうして……ああ、それとは別に現金で五十万下ろして頂戴」

「かしこまりました。少々お待ちを」


金額の半分をいつものように送金し、残りを現金でもらうのがいつものやり方だ

だが明日は武器の弁償をしなければいけない

貯めていた貯金を下ろすと少々未練がましく見てしまう



冒険者の装備は非常に金がかかる

大きな金額を稼いでいるように見える冒険者でも自由に使える金というのは存外に少ないのだ

ましてや彼女は仕送りをしている身だ

色々我慢する中でようやく貯めた金を使うのに思うところがあるのは当然というもの



とはいえこれでも甘いというのはイサナ自身よくわかっている

一対一の死合で負けたのに命があるだけでも儲けもの

本来なら身ぐるみ剥がれていても文句は言えないのだ

怪我を治すのをシアーシャがただでやってくれたのもそうだがあの男の要求は受けた被害からすれば非常に小さい

そこに文句を言っては罰が当たるというものだ



金を受け取ると今度こそ宿に帰る


今日の夕食は、少し侘しかった







翌日

ジグたちはイサナと合流すると鍛冶屋に向かった

もう三度目になる鍛冶屋はいつものように賑わいを見せている


「いらっしゃいませ。……おや、今日は珍しい方と一緒ですね」


いつもの店員がジグたちに対応する

イサナが一緒にいるのに気が付くと目を丸くした

彼女の名前はこんなところにまで届いているようだ


「少し縁があってな。以前見せてもらった武器、まだあるか?」

「もちろんでございます。お予算の方の都合がつきましたか?」

「そんなところだ。ついでに手甲も安いのを見繕ってもらいたいんだが」

「かしこまりました。こちらで腕のサイズを測らせてください」


近くの店員に声を掛け取りに行かせた後に腕を測られる


「……ずいぶん鍛えこんでいらっしゃいますね」

「仕事でな」

「どのような手甲をお探しで?」

「腕の動きを阻害しない造りがいい」


他愛無いやり取り

店員は測り終えると品を探すために離れた


店に入ってからもそうだったが、待っている間も妙にこちらを見られている

正確には見られているのはイサナだ



「おい、あれって……」

「ああ、間違いない。白雷姫はくらいきだ」



周囲の声も聞こえてくる


「白雷姫?」


ちらりと本人を見ながら聞いてみる


「……私の通り名みたいなものよ」


いやそうな顔をしているのを見るに本意ではないのだろう


「……白雷”姫”ねえ」

「うるっさいわね、分かってるわよ姫なんて柄じゃないって。誰も呼んでくれなんて頼んでないわよ」


少しつつくと想像以上に藪が揺れたようだ

からかいすぎたことを謝る


「悪かった。しかし、通り名なんてものがあるんだな」

「他にも似たようなのあるわよ。絶氷姫ぜっひょうきとか、豪炎公ごうえんこうとか」

「……キツイものがあるな」


思わず背筋を掻きたくなる

イサナも渋い顔をしているようだ


「正直、二十六にもなって姫は勘弁してほしいわ……」

「お前歳上か」

「あんたその顔で歳下とか冗談でしょ?」

「……顔は関係ないだろう」


実は気にしていることを言われジグの心がひそかに傷つく


「……よし、この話はやめにしよう」

「そうしましょう」


「……」


推定年齢二百以上のシアーシャが切ない顔でその光景から目をそらした



誰も得をしない話が終わった所で奥から台車を押して武器と一緒にいくつかの手甲が運ばれてくる


「申し訳ありません。以前紹介したうちの片方が先日売れてしまったようです」

「青い方か?」

「緑の方です」

「それならいい」


元からあちらは買うつもりがなかったので問題は無い

台車に置かれた双刃剣を手に取りイサナがじっくりと観察する


「ふぅん……造りは悪くないわね。これは何の素材?」

「蒼双兜の角を削り出しました」

「また珍しいものを……それなら頑丈さは十分だけど、魔装具じゃないのね」

「はい。魔装具にしてしまうとお値段が……」


イサナと店員が何やら詳しい性能について話し合っている

魔装具とは確か、魔具と違い魔力を込める必要がない特殊な性質を持つ装備のことだったか


「で、これいくらなの?」


武器について満足いくまで聞いたのか本題の値段に話が移った


「こちら、百万になります」

「うーん、まあ出来からすれば悪くない値段ではあるけど……」

「ですが」


絶妙に渋い顔をするイサナに店員が待ったをかける


「先日職人の方と相談いたしまして。この武器は使い手も少なく倉庫にしまわれたままでした。当店としてもいつまでも在庫を抱えているわけにもいきませんので、今回はこちらを七十万で取引したいと思っています」


想像以上の値引きだ

ジグの口元がわずかに持ち上がった

それに気づいたシアーシャが微笑む


「悪くないわね。じゃあ手甲と脚甲を武器込みで百万になるように見繕ってちょうだい」

「……そうなりますと」


店員は運んできたものの内から一つを手に取る


「こちらはいかがでしょう。盾蟲の甲殻で出来ていますので耐久力は十分です」


緩いカーブをした手甲をつけてみる

中身の詰まった手甲は確かに頑丈だ

取り回しも悪くない


「その代わり重量がどうしても軽くできないのですが、いかがですか?」

「ふむ」


確かに前使っていたものよりも重い

少し離れて腕をまわしてみる

何度か回した後に構える

半身になり左手顔の前、右手顎の横


拳を放つ鋭い風切り音が響いた


ジャブ二発、ストレート、ワンツーダッキングからのアッパー


一通りコンビネーションを試すと手甲を外す


「……よし、これぐらいなら大丈夫そうだ」

「はい。ではこちらと合わせてちょうど百万になります。手甲は微調整しますので後日ギルドまでお送りします」


イサナはジグに金を渡す

ジグはそれを受取ると自分の分も合わせて店員に渡した


その光景に周囲が目を疑う


これはあくまで弁償だ

だがその事情を知らぬ第三者からはジグがイサナに金を出させたようにも見えた



―――二等級冒険者で周囲と距離を置きがちなあのイサナ・ゲイホーンに金を払わせるあの男は何者だ?



誰もがそう思った

しかし周囲のそんな驚きなどまるで気が付かない当人たちはそのまま購入を済ませる





「これでチャラだな」


店を出て買った武器を背負うとジグはイサナにそう告げる


「約束が果たされるのを期待している」

「……ねえ、一ついい?」


去っていくジグとシアーシャにイサナが声をかけた

シアーシャは律儀に振り返り、ジグは半身で視線だけ向ける


「あんた達も、私みたいな別の種族は受け入れられない?」


その質問にジグは肩をすくめる

シアーシャを見ると任せるとばかりに肩を叩く

彼女は苦笑いしながら答える


「……私も元いたところで受け入れてもらえなくて逃げて来た異種族のようなものなんで……それでも、異種族を受け入れられない人たちの気持ちも分かります。何を考えているのか分からない相手って、やっぱり怖いですからね」

「……あなたは、それに対する答えを持っているの?」


悲しげに笑いながら、シアーシャは黙って首を振る


「難しい問題です。言葉を説いても、力を振るってもきっと正解にはなりえない。答えなんてないのかもしれませんね」


イサナはその答えに少なからず落胆した

違うものはどこまで行っても受け入れられない

どこまで行っても余所者


暗い考えが頭をぐるぐると回る


「でも」


しかし、シアーシャの言葉はまだ続いていた


「だからこそ、理解して受け入れてくれる人を大切にしたいと思ってます」

「……受け入れてくれる人、か」

「一人もいませんか?」


そんなことはなかった

依頼の助っ人を頼まれて感謝されたことは幾度もある

ノートンは素っ気ない自分をよく気にかけてくれる


壁を作っていたのは自分だったのに

受け入れてもらえない、理解してもらえないなどと一人で不幸自慢をしていたのが恥ずかしくなる


思春期の子供か、私は



羞恥心でうつむいているイサナの肩に大きな手が置かれた


「……?」


顔を上げるとジグが真剣な顔をしている

彼はイサナの目を見つめて一言




「自分探しの旅、行くか?」


「行くかぁ!!」



羞恥と怒りの拳を放つ


轟音で迫るそれをジグは容易く躱すとそのまま笑いながら去っていった


その後を申し訳なさそうに頭を下げながらシアーシャが続く


鼻息荒くそれを見送ったイサナは自分の手を見つめる

殺意ではなく、感情に任せて手を出すなどいつぶりだろうか

怒りのあまり出た拳だったが、それほど悪い気分でないのがなお腹立たしい



「ふん!」


今日は帰ってヤケ酒だ

五十万も出してしまったのだ、今さら酒代程度怖いものか

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― 新着の感想 ―
"想像以上に藪が揺れたようだ"って表現おしゃれ〜〜
[一言] よく聞いただけで白雷”姫”とわかったな。 こやつとのやりとりを考えると白雷”鬼”と思っても間違いじゃなかろうて。
[気になる点] 上位の冒険者と武器屋に行って金出してもらうのって迂闊じゃないか? 悪目立ちするだけだし 金だけ渡してもらって2人で行っても別に問題ないよな
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