表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と傭兵  作者: 超法規的かえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

259/279

255

 戦場で最も恐ろしいものは何かと聞かれた時、その答えは兵科によって異なる。

 歩兵であれば騎兵を恐れ、騎兵であれば槍兵を恐れ……という風に、兵科によって得意分野があり弱点がある。最強の兵などは存在せず、適切な場に適切な兵科を配置することが何より大事なのは言うまでもない。


 だが全ての兵が恐れ、畏怖する存在がある。

 天から降り注ぐ殺意の雨―――矢だ。


 開戦と同時に射かけられる矢衾やぶすまは全ての兵にとって……他ならぬ弓兵すらも恐れる死の嵐。無数の矢を前にしては個の実力など何の役にも立たない。盾兵に隠れて安物の盾が射抜かれぬよう祈りながらやり過ごすか、さもなくば当たらぬことを祈りながら突っ込むしかない。混戦にさえなってしまえば、余程のことがない限り味方ごと射る非道を命ずる将は……そんなに多くない。


 つまり何が言いたいかというと、即席で魔術障壁という盾を作れるこの大陸の人間とジグとでは飛び道具に対する脅威認識に大きな差異があるということだ。


 それを今日、身をもって知った。


「らしくないね。針毛鹿はりけじか程度の魔獣にあなたが手傷を負うなんて」


 後ろで一本に縛った、馬の尾を思わせる赤い髪が揺れている。

 太めの針を思わせる形状の体毛を鑷子せっしで一本ずつ抜きながらミリーナが苦笑した。

 

「失礼ですよミリーナ。誰しも得手不得手があります」


 相方のセツがフォローしてくれるが、若い娘に気を遣われるのは何とも居心地が悪い。こういう時は逆に笑い飛ばされた方が気が楽なのだが。


 ジグは居たたまれない気分を誤魔化すように肩を竦めようとし、右肩にびっしりと刺さった針毛を思い出して微妙な姿勢のまま息をついた。


「……まあそういうわけだ。これが俺の不得手でな」


 


 針毛鹿という魔獣は名の通り、針のような体毛を生やした魔獣だ。

 豊かな毛は魔獣という言葉が似合わないくらいに牧歌的な見た目をしているのだが、そこはやはり魔獣。鹿というには些か攻撃的であり、外敵を見つけると針のような体毛を射出して積極的に排除しに出向く気の強さを持っている。



 ジグは針毛鹿を駆除する際に四方から飛来する針毛を躱し損ない、右の二の腕に被弾したのだ。

 厚手の服を貫通した針毛はそこそこ深く刺さっており、自分で処置するのは時間が掛かり過ぎるためこうして他人の手を借りて抜いているという訳だ。幸い毒などはなかったので針毛を抜いて消毒し、回復術を掛ければ治る程度の負傷で済んだ。


「うわ、結構深い……痛くないの?」


 抜いた針毛を見たミリーナが顔を顰める。羽ペンほどの長さがある針毛に付着している赤は思っていたよりも範囲が広い。トレイにずらりと並べられた針毛の本数は多く、それでも全体の半分も抜いていない。痛みを想像した二人がぶるりと身を震わせる。


「痛いに決まっているだろう」

「とてもそうは見えないんだけど……」


 表情がピクリとも動かないジグに怪訝そうな顔を向けるミリーナたち。

 戦闘時の興奮状態に痛みを感じないことはままあるが、ジグにそういった様子は見られない。



「それにしても、魔術が苦手とは聞いていましたが……まさか障壁も使えない程だったとは思いませんでした。逆に聞きたいんですが、何なら使えるんでしょう?」

「うむ……それは、だな?」

「「それは?」」


 二人の答えづらい質問にそっと視線を逸らす。

 まさか魔力自体ありませんなどと言えるわけもない。適当にこのくらいなら使えると嘘をついて、ではやってみろと言われたらそれはそれで困る。


 手当てをやってもらっている身なので突っぱねるわけにもいかず、どう答えたものかと言い淀んでいる時に助けは来た。


「おいおい! 誰かと思って来てみれば……あれだけでかい口叩いてた野郎が針毛鹿なんかにやられたってかぁ? こりゃ傑作だ!」


 屋敷のロビーに響く濁声もジグにとっては救いの声。

 これ幸いと追及の視線から逃れるため、声の聞こえた入口へと視線を向けた。


「俺らが汗水垂らして働いてるってのに、ちょっと怪我したくらいで若い女二人侍らせてよぉ……いい御身分じゃねぇか、なぁおい!!」


 嘲笑と憎しみが半分ずつ入り混じった複雑に顔を歪めている男に見覚えはない……ないが、心当たりならあった。どこか歪な顔は負の感情だけで形どられたものではなく、未だ癒えぬ痛みによるものだ。それは時折辛そうに引き攣らせたり、口から覗く歯に随分と欠けが多いことからも見て取れる。


「俺の痛みはどこにぶつければいいんだろうなぁ……なぁ!?」

 

 彼は支援隊がストリゴに来た当日、ジグによって見せしめにされた卑屈な顔つきの冒険者であった。

 ギルドの見立てでは全治二週間とのことだったが、こうして働いているところを見ると思いのほか元気にやっているようだ。ハリアンからの商隊でそれなりに食料や医療品が手に入るようになったのも大きいかもしれない。


「手頃な相手が欲しければ街の防衛に回るといい。憂さ晴らしをして、金にもなる」


 普段なら相手にせず放っておくような手合いだが、今はそんな彼の難癖がありがたい。

 人生とは思わぬ出来事に満ちているものだ。あのとき殴りに殴り飛ばした彼がジグの窮地を助けに来てくれるなど、誰が想像できるだろうか。


 名も知らぬ彼へ無言の感謝を視線で伝える。


「ハッ! そいつはいい案だ。だがよぉ……もっとスッキリする相手を知っているぜ?」


 しかし悲しいかな、ジグの思いは彼に届かなかった。

 男は殺気立った目を血走らせ、怒りで口の端を震わせている。


 彼の気持ちは多少なりとも理解できる。

 そうなった経緯は間違いなく自業自得だが、理屈だけで物事を考えられるならそもそも冒険者になどなってはいない。

 同じ冒険者に白い目で見られながらも汚れ仕事を片づけて帰ってみれば、自分をタコ殴りにした男が女二人を侍らせて治療させている……腹も立とうというものだ。


 ちなみジグがセツとミリーナに治療を頼んだわけではない。たまたま非番で暇そうにしていた二人が知らぬ仲でもないのだからと手を貸してくれただけだ。


「誰あれ?」

「ほら、初日に手抜いてた連中ですよ」

「ああーいたね、そんなのも」

「あんなに殴られてたのに……結構頑丈ですね」

「そういえばアタシもお腹殴られたことあったな……内臓口から飛び出るかと思った」

「私なんて顔が無くなるところでしたよ」


 赤青娘たちはこういうのに慣れているのか、ちらりと男の方を一瞥しただけでさしたる興味も示さずに話に興じている。ミリーナがいつかの戦闘を思い出してか腹を押さえながら鑷子を渡してセツと交代した。セツは細かい動きが得意らしく、針毛を手際よく抜いていく。

 

「で? 結局オジサンは何がしたいのさ。口ばっかりじゃなくて行動で示して欲しいんだけど」


 手を拭いたミリーナは煮え切らない言動の男に答えを迫る。

 するとそれまで威勢のよかった男は突然反応に窮し、視線をあちこちへ彷徨わせ始めた。


「だ、誰がオジサンだこのガキ! 俺は……そこの野郎が気に食わねぇから……」

「気に食わないから? 気に食わないから何?」

「この前の仕返しに……一発ぶん殴ってやろうかと、思って……」


 言葉が尻すぼみになっていく男にセツとミリーナが詰まらなそうに口を閉ざして鼻を鳴らした。

 あれだけ手酷くやられた上でなお突っかかるのならば根性があると思ったのだが、その口ぶりから男は本気で殴るつもりなど最初からなく、ただ無様を晒したジグを嘲笑したかっただけだと悟ったからだ。

 

 もはや相手にする気もなくなったのか、二人は男を完全に意識から外した。


「だっ! この、くそぉぉぉ……!」


 歳下の女性に無視された男は怒りよりも恥ずかしさに顔を赤く染め、行き場のない感情をジグへ向けることで解消することを選んだ。



 完全に逆恨みだが、様々な感情に押しつぶされそうな男を見てジグは少しだけ男を哀れんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
話飛びすぎて過去編かと思った。 いや、寧ろこれでいいわ。 シャナイアとのイチャイチャなんかいらん 最近はシアーシャとのやり取りが頭数増えたせいでめっきり減っちゃってるってのに
皆さんと同じように、「話飛んでない?」と思いましたが、流石に動きがぎこちない猫さんとの絡みは今後の楽しみにします。それに大好きセツさん登場でありがたい。しかも二人共ジグさんに優しい♪ 過去の閑話会で酔…
よくもまぁこんなに無鉄砲で生きてられるな いや、ストリゴなんて場所に来ておいて手を抜く図太さといい、耐久力に関しては一線級なのかもしれんな…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ