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「……クソ、どうする?」


高位の冒険者が死ねばその死因は徹底的に調べられるだろう

万が一にでもジグのことを嗅ぎつけられるわけにはいかない


「そういえば、仕事と言っていたな」


マフィアの捜査までやっているとは冒険者も手広い


「マフィアの仕業に見せかければ行けるか……?」


いや、無理だろう

アレがマフィアに倒せるとは思えない

仮に倒せたとしても数で押しつぶすような大規模戦闘になる

それだけの騒ぎにはなっていない


それに捜査がマフィアにまで及べばアンガスたちは迷わずジグを切るだろう


あれこれ考えていると肩口の傷が主張し始めた


「……痛みで考えがまとまらん」


ジグは荷物から丸薬のようなものを取り出すと噛み潰した

苦味と臭みのある独特の味が口内に広がる



痛みを鈍くする薬だ

傭兵は戦闘中に手傷を負っても満足に処置できないことが多い

そのため痛みをあえて鈍くさせることで戦闘継続するための薬物を持つのが常套手段だった


他にも眠気を飛ばして寝ずの戦闘を続けるための薬

感覚を鋭くすることで集中力を増加させる薬などがある


いずれも劇薬で用法用量を誤れば後遺症が、高頻度で使い続けると廃人にすらなる恐れのある薬だ


「こちらでも手に入りそうなのは何よりだが、まさか所持すら禁止されているとはな……」


あちらの大陸では製造・密売こそ禁止だが、国の認可を受けた店でなら普通に手に入るものだった

これのせいでこの女に戦闘の口実を与えてしまったというのはいかんともしがたい


薬が効いてきた

徐々に鈍くなる痛みを確認すると女の処遇を改めて考える


「冒険者である以上この場だけ凌いでもいずれは鉢合わせる。さりとて殺してしまうわけにもいかない……となれば残された手段は説得か。……説得、コレを……?」


見るからに戦闘狂

おまけにあのジィンスゥ・ヤ


「……厳しいが、他に手はないか」



腹を決めるとジグは女を布で包むと担ぎ上げた






トントン


「はい、どちら様ですか?」


シアーシャが魔術の教本を広げてあれこれやっているところに部屋がノックされる


「俺だ、今いいか?」

「ジグさん?今開けます」


はて、彼は今日一日情報を仕入れてくるとの話だったが

予定より早く済んだのか、予定外のことがあったのか

彼の方から訪ねてくるのは珍しいと思いながら扉に向かう


扉を開けると肩口が真っ赤に染まったジグがいた


「ジグさん!?どうしたんですか!」

「…色々あってな。すまんが、治療を頼めるか?」

「ベッドに座ってください、すぐに始めます」


血まみれの彼に顔色を変えたのは一瞬

すぐに教本等を片付けて治療の準備にかかる

途中彼が肩から下ろした荷物に目を引かれるも今は治療が優先と判断、聞きたいこと全てを飲み込む


服を脱ぐのにも難儀している彼を手伝い上半身を脱がせる


「これは……」


脇や腕も斬られているが一番ひどいのは肩だ

おそらく骨にまで達している

止血した布が真っ赤だ

きれいな布を水で濡らして傷口を拭く

幸い傷口に異物や汚れはない


術を組むと患部に当てる


荒かった彼の息がわずかに和らぐ

しかし声をかけるのは後にして術に集中

そのまま数分


とりあえず表面の傷がふさがり血が止まった

だが内部はまだ時間がかかる

だがそれは後回しだ


「腕を。先に血を止めます」


服を見るにかなりの血を流している

先に出血を止めて体力を失わせないようにするのが先決だ

両腕と脇の傷にも術をかける



両方の傷が塞がったところで肩を触る

鋭い刃物で貫かれたようだ

ズタズタになっているわけではないが骨が割れている


「肉の傷と違って骨はすぐには戻りません。しばらく術をかけ続ける必要があります」


回復術は攻撃術に比べて魔力の消費が激しい

連続してかけ続けるのは熟練の術師でも難しいため、重傷を魔術で治すときは何人かでローテーションして行った後に通常の治療を施すのが普通だ


こうして一人でかけ続けられるのは魔女の強大な魔力あってこそだ



「で、何があったんですか?」


肩に術をかけ直しながらシアーシャが問う


「そこの女に襲われた」


先程から気になっていた人物に視線を移す

簀巻きにされて顔だけでている女

端正な顔には見るも無残な横に引かれた青痣


「この女一人ですか?」

「ああ」


驚きだ

かの傭兵はこと近接戦闘においては化物といってもいい域に達している

その彼にここまでの刀傷を負わせるとは


しかしおかしい

彼は容赦などするタイプではない

襲ってきた相手を殺さずに捕らえるなどらしくない


「なぜ殺さないんです?」


彼はその問いに答えず深い溜息をつくとカードを一枚手渡してくる

彼女は馴染みのあるそれに目を通すと驚く


「冒険者……二等級!?」


雲の上の存在だ

先輩冒険者から三等級以上は超人に片足突っ込んだ人間ばかりとは聞いていたが



しかし納得がいった

彼がこの女を殺さなかったのは自分のためだ

冒険者で生きていくと決めた彼女と関係のある彼が高位の冒険者を手に掛けたなど万が一にも知られるわけにはいかない


「すまん、迂闊だった」


ジグがこの女に戦闘の口実を与えなければこのような事態になることもなかった

彼は自らの非に頭を下げる



シアーシャは彼に頭を下げさせてしまったことに慌てながらも内心を抑えて平静に努める


「気にしないでください。ジグさんは良くしてくれています。……それより今はこの女のことを考えなければいけませんね」

「ああ……起きているんだろう。何か言いたいことはあるか?」


シアーシャが見ると女はいつの間にか目を開けていた



「……まだ、生きているんだね。つぅー顔が痛い……」


顔を抑えようとして自分が縛られていることを思い出し顔だけを歪める

痛みにこらえつつも聞きたいことはあるようでジグとシアーシャを見る


「殺さなかったんだ?言っておくけど、ジィンスゥ・ヤへの人質として使われるぐらいなら舌を噛むよ。私の首を手土産にバザルタかカンタレラに取り入るくらいにしときなよ」

「……この女は何を言ってるんです?」


マフィアの勢力争いや移民集団のことを知らないシアーシャが首をかしげている


そのことも話さなくてはいけない

説明することが多くて何から話したものか



白髪女……イサナ・ゲイホーンは顔にこそ出さないが今の状況が分からずに混乱していた



目の前の美しい女からは裏の人間特有の卑屈な色がない

裏の人間には自分の居場所がないことへのコンプレックスや表の人間への嫉妬がどこかしら残っている

自分がそうだから同類はよくわかる


似た匂いはするが彼女からはそれを感じない

まるで、もう自分の居場所を見つけたような顔をしている



それにあの男

傭兵と言っていたか

恐ろしく腕の立つあの男は本当にマフィアの関係者なのだろうか


あの殺気

あの戦闘技術


とてもではないが、マフィアに御せる人間には見えない

マフィアが可愛く見えるほどのむせ返るような血の匂い




「……何から話したものかな。おいお前……ゲイフォン?」

「ゲイホーン。イサナ・ゲイホーン」

「そうゲイホーン。お前、命はどれくらい惜しい?」

「どれくらいって…」


おかしな事を聞く男だ

惜しくない人間などいるのだろうか


「命を見逃してもらえるならどの程度まで犯罪を許容できる?具体的には、薬物の所持程度なら」

「は?」


話が見えない

命を助けるから薬物の所持を見逃せと?


「取引になっていないと思うんだけど……殺せば早くない?」


男はしばし悩むようにする

やがて意を決したように話し始めた


「彼女……俺の依頼主なんだがな。冒険者だ」

「え」


肩の治療をしている女性を指して男が言う

女性は交渉を任せているのか成り行きを見守るだけだ


「俺は護衛を頼まれているんだが、依頼にも同行している。俺が憲兵の厄介になるわけにはいかんのだ」

「え、じゃあなんで今日……」


マフィアと取引などしていたのか


こちらの言いたいことを理解したのだろう

男が事情を説明する


「俺たちは随分遠いところからやってきてな。文化や習慣がまるで違う土地で暮らすには情報がいる。冒険者なんて荒事をする以上裏の事情もまるで無視というわけには行かん」

「……つまり」


私はそんな相手を犯罪者と断じて襲いかかったというわけか

確かに薬物所持は犯罪だ

だが即斬り捨てていい程の重罪でもない

あの時はマフィアに取り入ろうとしているのかと思い、また武人として強者と死合いたいという面を優先してしまったがもしかしなくてもやりすぎていたのだろうか……


男はこちらの内心を勘違いしたまま話す


「そうだ。つまり、薬物所持のことを黙っていてくれるならば今回のことは水に流してもいいかと思っている」

「ジグさん!大怪我させられて水に流すで済ませるのは流石にちょっと……」


治療していた女が聞き流せないと口を挟んだ


「……そうだな、では装備の弁償と冒険者の先輩として口利きしてもらおう。後一つ、これが一番大事なんだが……俺の依頼主には絶対に手を出さないこと。できるか?」

「それぐらいなら、大丈夫だけど……いいの?そんなことで」


思わず聞いてしまう

だが男は真剣な顔になる


「そんなこと?何があろうとも絶対に手を出すなと言ってるんだ。"そんなこと"なんて思ってもらっては困るな」


男の声は本気だ

それほどの覚悟をして約束しろと言ってきている



「……分かった、約束する。我が部族に誓って、その女には手を出さない」

「言ったな?では約束が破られた時にはお前の部族を滅ぼす」


思わず息を飲んだ

ただの脅しと笑い飛ばすにはこの男の圧力は強すぎる

実際、私の首を持って両マフィアに交渉をかければできないことではない

この男が実力者を抑えている間に数で押しつぶせば被害も最小限だ


マフィア達は私たちに縄張りを取られてから追い出したくて仕方がないはずだ

それを押しとどめているのは自分をはじめとした達人の存在

マフィア程度では手も足も出ない私たちの存在があってこそこちらに手を出してこないのだ


それを打ち倒せる人間が味方についたとなれば…



だが、それは私が約束を守れればいいだけだ


「構わない」

「よし、交渉成立だ」


男は立ち上がると縄を外す

しびれの残る手を振りながら回復術で顔の打撲を治す



その様子を見ながら男はベッドの脇に置いてある私の刀に視線を移す


「見ても?」

「どうぞ」


律儀にも断ってから刀を抜く

刀身に顔が映るほどに磨かれた愛刀をみて感嘆の声を出す


「……素晴らしいな」

「どうも」


自分の武器を褒められて少し鼻が高くなる

それと同時にこの男の武器は随分貧相だったのを思い出す


「そういえばお兄さんは……えっと」

「ジグだ。こっちはシアーシャ」


汚れた布などを片付けていた女性が軽く頭を下げる


「ジグはなんであんなしょぼい武器を使ってたの?」


手入れにでも出していたのだろうか


「しょぼい……か」


切ない顔をするジグ

愛着のある武器だったのだろうか

それなら悪い事を言ってしまった


「ああごめん、色々あるよね」

「いや、いい。……金がないだけだ」

「そ、そう……」


切実な理由だった


「そうとも、そのことだ。武器諸々の弁償をするという話だったな。ズバリ聞くが、いくらまでいいんだ?」

「……あー、実はその……私、あんまり持ってないんだよね。みんなの生活費としてほとんど送っちゃってるから」

「……そう、か」


移民は周囲との不和や差別からあまり一所で腰を据えて仕事ができないため、どうしても日雇いだったり割の悪い仕事になりがちなのだ

二等級の仕事は報酬もいいが、大勢を養えるほどではない

それに危険も多いためハイペースで依頼をこなすのは難しい


「だから出せても五十万程度しか……」

「おお!それだけあれば十分だ」

「え?」

「俺が出せるのも五十万ぐらいだ。百万あれば十分な装備が買えるぞ!」


嬉しそうに支度をし始める


「ちょ、ちょっとまって。百万て、一体どんな武器を買うつもりなの?」

「何か問題が?」

「……私の刀を売るとどのくらいになるか知ってる?」

「ふむ……二百万?」


首を振る


「む……三百万」

「一千万」

「せ、せん……?」


驚愕の値段を聞いてジグが固まる


「魔獣と戦うにはそれぐらいの武器は普通に使うの。もしかして成り立て?」

「ええ。この前八等級になったばかりです。七等級の魔獣とも交戦経験はありますが」


固まるジグに代わってシアーシャが答える


もう七等級とやり合うとは

彼らも随分無茶をしている


しかし……


「……え、あの鉄製の武器で戦ってるの?冗談でしょ?」

「まずいんですか?」

「まずいというかなんというか……よく壊れないね?攻撃まともに受けたら一撃で壊れるよ」

「……あんな攻撃まともに受けたら壊れるのは当たり前だろう」


硬直から復活したジグが絞るように答える


「それで壊れないからみんな使ってるんだよ……まあいいや。武器見に行くんでしょ?私もついていく」

「……いや、明日にしよう。俺もまだ傷が治りきっていない。お前もその格好をなんとかしろ」


自分の格好を見ると確かにひどい

裏路地を転がったせいでゴミだらけだ

匂いもひどい

湯に浸かりたい


「……そうだね。私もまだ顔痛いしそうしよう。また明日に来るね」






そう言って部屋を出るイサナ


「信用できますかね?」

「他に方法がない」


シアーシャは隣に座ると肩に手を当てる

慈しむように撫でると術をかける


「あんまり無茶しないでくださいね」

「ああ、気をつける」


そうして今しばらく、治療に勤しんだ

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱ武器って大事なんだね。使ったことも見たことも無いから知らんかった。てか書籍の方見たけどイサナめっちゃかわいいやん笑正直これだけでどんだけ軽い理由で解放されようと許せる笑
[一言] リビルドワールドで似たセリフを見たことある
[気になる点] 死体が発見されなければいいだけでは? せっかく登場させた新キャラを殺さないように、あれこれ言い訳を重ねているようにしか見えない。
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