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魔女と傭兵  作者: 超法規的かえる


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 大地を揺るがす衝撃が轟き、遅れて土煙を伴った衝撃が全方位を襲った。

 巻き上げられた土砂は先ほどの比ではなく、防御術の使えないジグにとってはかなりつらい。

 それらを外套で凌いでいると、冒険者の一人が風の魔術で視界を確保してくれた。


 

「奴は……?」



 誰ともなくこぼし、徐々に晴れる砂埃に皆が緊張混じりの顔つきで身を強張らせている。

 あれだけの攻撃で生きていられるわけがない。だがもしも、耐え抜いていたとしたら?

 そんな不安がありありと滲んでいた。


 果たして砂埃が晴れた場所に化け物の姿はなく、大きな脚が転がっているだけであった。





「ああ、クソ。なんて報告したらいいんだよ」


 予想をはるかに上回る事態にハインツがガリガリと頭を掻く。

 平然と佇んでいるという最悪の結果ではなかった。しかし死体は確認できず、恐らくは生きているだろうという、なんともすっきりしない結果に終わった。

 

「死人が出なかったのは奇跡だなこりゃ……」


 ハインツは周囲を見渡し、その破壊の痕跡に呆れ混じりの苦笑いをすることしかできなかった。

 シアーシャとシャナイアの魔術も酷いが、あの化け物が所構わず乱射した魔術の爪痕は大きかった。

 一つ一つが一流魔術師を超える威力を持っており、更に信じがたいことに複数の属性を操っていた。一部の流れ弾は街にも被害を及ぼしており、天幕や残っていた建物が跡形もなく消し飛んでいる。魔獣の報告があった段階で住民の避難は始めていたので、人的被害はなさそうなのが救いか。


 冒険者に怪我人は出たが、四肢を失うなどの重傷ではない。治療してしっかり休めば十分に復帰できる程度だった。


「俺とリザは怪我人連れて報告に戻る。調査と補充の人員がすぐ来るだろうから、もう少しだけ気張ってくれ! ……ああ、あんたらも報告に付き合ってもらえるか? 代表者一人でいいんだ」


 ハインツが指示を出し、僧兵の一人に報告の手伝いを頼んでいた。

 一瞬だけ、僧兵たちに気づかれぬようにジグへ目配せをする。

 ジグは小さく頷いて武器を収めると、未だに化け物がいた場所を見つめ続けている魔女二人に近づいた。


「二人とも、御苦労だったな」

「何かイヤぁな魔力がしたから来てみたんだけど、どうやら正解だったねぇ」


 中央の防衛を頼んだシャナイアが来ていたのは、あの化け物に感づいたからのようだ。

 ただの魔獣相手だったなら勝手に持ち場を離れるなと叱りつけるところだったのだが……正直助かった。

 不意を突いて痛手を与えられたから良かったものの、正面からぶつかっていたら街にどれほどの被害が出たか分からない。


 ―――そもそも、あのまま戦いを始めていたら……シアーシャは勝てたのだろうか?


 そんな疑問すら過る……そんな底知れなさを持っている相手だった。

 見逃されたのは、果たしてどちらだったのか。


「ジグさんジグさん」


 険しい顔で化け物の脚を見ていると、ちょいちょいと袖を引かれる。

 負の方向に向かっていた思考を戻してそちらを見れば、シアーシャが蒼い瞳でジグを見上げていた。威嚇した際に盛り上がった髪の毛はまだ収まりきっておらず、片手で押さえているもあまり効果は見込めていない。


「髪の毛が言うこと聞いてくれないんです……梳いてください」


 もさもさした感覚に違和感があるのか、毛づくろいをする猫のように落ち着かない。

 そんな彼女を見ていると自身の懸念が少し馬鹿らしくも感じてしまうのだから不思議なものだ。


 ジグは彼女の頭に手を置くと、少しだけ柔らかい声を出した。


「先に湯を浴びよう。耳の中まで砂まみれだ」


 言いながらシアーシャの頭についている埃を払ってやる。

 防御術で直接の衝撃は防いでいても、舞い上がった砂埃が落ちるのまでいちいち対応してはいられない。多かれ少なかれ、ここにいる全員が汚れていた。


「はい」


 シアーシャはくすぐったそうにすると、互いの姿を見て愉しそうに笑った。





 

 戻ってきたジグたちはすぐに呼ばれ、報告を行いに屋敷へ向かった。

 疲れも汚れも溜まっているが、これが仕事なのだから仕方がない。報告ならジグだけで十分なので、シアーシャは先に休ませておいた。ついでにシャナイアも。


 年嵩のギルド職員が有無を言わさず風の魔術で雑に汚れを払うと、足早にシアンの部屋へ。


 中にはシアン、クロコスとバルジ、ハインツとリザ、エルシア、赤法衣の僧兵の計七人が先に来ていた。あの化け物に対応していた者は帰還より先に直接ここへ呼ばれたようだ。ほとんどが上着や装備を脱いだ軽装で武器は持っていない。

 ジグはその面子と配置でこれから起こることをおおよそ察した。


「……」 


 それを裏付けるようにエルシアが見えぬ目配せで立ち位置を伝えてくる。前々から思っていたが、眼帯で視線が隠れているはずなのになぜ伝わるのだろうか。ジグはどこか釈然としないものを感じながらも、彼女の指示通り僧兵の横に立つ。


「皆さん、他に類を見ない異常な魔獣の対応、御苦労さまでした。お疲れだとは思いますが、もうしばらくお付き合い下さい。もうすぐ来るはずです」


 シアンは誰が来るかまでは言わなかったが、誰も疑問を口にしたりはしなかった。どうやらクロコスと冒険者側で話はついているらしい。


「お待たせした」


 そうして待つことしばし。

 年嵩の職員が扉を開け、二人の僧兵を引き連れたヨラン司教が入室する。

 ジグを含め合計十一人だが、元マフィアのボスが使用していた部屋は十分な広さを持っている。シアンはその最奥で席を立ち、事務的な笑みを浮かべてヨランを歓迎した。

 

「ヨラン司教、御足労頂きありがとうございます」

「いえいえ、街の一大事とあれば是非もありません」


 待ち構えているかのような配置にヨランは少しだけ目を細めた。しかし冒険者たちが武器を持っていないことと、赤法衣の僧兵がいることを認識した彼はすぐに柔和な顔つきに戻る。


「ああ、会談の場に武器を持ち込む無礼をお許しください。彼らは私の護衛役なもので」


 この場にいる者は赤法衣の僧兵を含め武器を持っていないが、ヨラン司祭の連れた二人の僧兵だけは錫杖を手にしたままだった。


「構いませんよ、お呼びだてしたのはこちらの方ですから」

「寛大な処置に感謝を。して……危急の用とは、先の魔獣襲撃に関することですかな?」


 そう口にするヨランの顔には疑念と懸念が適度に織り交ぜられており、腹の底がまるで読めない。

 長く権力闘争の場に身を置いて来たヨランからすれば、シアンの様な若造を欺くことなど造作もないだろう。


(こういうのはウチの陰険眼鏡の仕事なのに……)


 シアンはげんなりしながら、こういった場面でこそ役立つ上司の顔を思い浮かべた。人のミスを温かみのない顔で理路整然と詰めてくる性格の悪さを今役立てずにいつ使うのか。

 だがない物ねだりをしても仕方がないと、せめてもの抵抗に彼女は努めて冷静に対応する。そんな態度すらヨランにとっては児戯に等しい自衛だと知りながら。

 

「はい。私共の記録にもない、完全に未知の魔獣だったと報告を受けています。そのことでいくつかヨラン司祭にお伺いしたいことがあるのですが」

「私に、ですか? 魔獣の専門家である冒険者ギルドより詳しいとは思えませんが……?」

「いえ、そのようなことはないはずです。それはヨラン司祭が一番よくご存じなのでは?」


 シアンは情報を匂わせることで相手の反応を見ようとしたが、ヨランは涼しい顔で受け流して掴ませない。彼女がどれだけ優秀でも、積み重ねてきた経験が違うのだ。

 

 進まない話にしびれを切らしたのはファミリアだった。いや、元からそうするつもりだったのだろう。

 殺気立ったクロコスが尾で床を叩きながら声を張り上げた。


「貴様らお抱えの僧兵が、奴の再生能力を知っていた! 今更何をしらばっくれる!」

「……」

 

 証拠というには心許ないが、疑念を抱かせるには十分な情報だ。

 ヨランは僧兵の方を見る愚を犯さず、穏やかな声音のままクロコスへ顔を向ける。


「僧兵たちは経験豊富です。恐らく魔獣の姿形や動きなどから類似の種を思いつき、即興で対処法を考えたのでしょう。ですが、それで無用な誤解を与えてしまったのでしたら、どうか彼らではなく私を責めてください。それが司祭であり、代表者でもある私の役目です」


 ヨランは沈痛な面持ちでクロコスに謝罪をすると、なんと頭を下げてみせた。

 自身を澄んだ人間とし、罪人と断じた亜人相手にである。


「っ!?」


 これにはさしものクロコスも息を呑んだ。脇に控えるバルジなど口を開けて絶句している。

 澄人教の司祭が頭を下げることにはそれだけの意味と、何よりそれまでの価値観を壊すだけの衝撃があった。



「……恐ろしいな」


 ジグは思わず口から言葉が漏れる。

 出番が来るまで我関せずとその茶番劇を退屈そうに眺めていたが、ヨランの行動には驚かされた。

 宗教家がこうした場面で己の非を認めて頭を下げることなど、ましてや普段から下に見ているはずの相手に謝罪など出来るはずがない。

 それらの悪感情をまるで表に出さないヨランには寒気すら感じる。


 心からの謝罪ではないはずだ。何かを隠そうとしている。

 状況や理屈ではそうだと理解しているはずなのに、好々爺然としたヨランが真摯に頭を下げる態度を見ていると警戒心や疑念が解けていく気がした。



 ―――ただ一人を除いて。



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― 新着の感想 ―
楽しく拝読しています。ありがとうございます。 これまでヨランは司教でしたが、本章では司教と司祭の記述が混在しています。 >年嵩の職員が扉を開け、二人の僧兵を引き連れたヨラン司教が入室する。 >ヨラン…
これが数話前の目撃証言にあった未知の魔獣かな? 澄人教の人体実験の産物、有り得そう…
逃げ足速いねぇ。 ヨランは権力闘争を生き延びてで司祭の地位に居るわけだから、そら交渉等は得意中の得意だわな(内心余裕綽々そうだ)
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