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強烈な殺気とは裏腹に白髪女の行動は慎重だった
二人はお互いの出方を見るようにジリジリと横に動く
こいつ、対人慣れしている
刀身の長さを測らせぬように柄頭を向け続け、こちらの間合いをよく観察している
相手もこちらが対人慣れしていることに気づいたのだろう
言葉はないままに笑みだけが深くなる
先に動いたのはジグだった
「ふっ!」
距離を詰めて袈裟に斬りつける
白髪女はその速度に驚かず冷静に体を反らして回避
体を回転させて振るわれる逆の刃を一歩下がることで範囲外に
さらに攻撃を重ねようとするジグに反撃に出た
「シッ!」
音もなく鞘から抜き放たれた一閃
凄まじい速度で迫るそれを双刃剣で合わせるように弾く
響き渡る金属音
下がったのは、ジグの方だった
後ろにバックステップして距離を置く
「……あれに合わせてくるとはね」
抜いた剣をだらりと下げて白髪女が言う
相手の武器を見る
「私たちの国の武器で刀って言うんだ」
美しい武器だった
細い刀身は片刃で緩く曲線を描いている
鏡のように磨かれた刀身は鋭く、妖しい魅力さえ感じるほどだ
「……抜き打ちか」
「私のところでは抜刀術って言うんだけどね。初めてだよ。初見で合わせられたのは」
ジグは自分の武器へちらりと視線を向ける
双刃剣の片方の刃が中程から断ち斬られていた
業物というほどではないが、頑丈さにおいては並の武器の比ではないはずだった
それをこうもあっさりと
「もう一度お見せしたいところだけど、流石にそれは無理そうかな?」
「当然」
悠長に納刀させる暇など与えない
「でも、裏芸の一つを凌いだぐらいで調子に乗られるのも困るな」
正眼に構える白髪女
切っ先はこちらの視線に向けられており、点としか見えないため刀身が測りにくい
先ほどの抜き打ちといい、間合いを特に重視する剣術のようだ
白髪女が動く
滑るように歩幅の測りにくい歩法で距離を詰める
そのままの動きでの刺突
横に動いて回避
向きを変えてこちらの首を狙った一撃をあえて避けずに相手の足元を突く
「くっ!」
今度は白髪女が下がる
ジグを狙った斬撃は双刃剣の斬られて半分になった刃で防がれ、反対の刃は白髪女の袴のような民族衣装に突き刺さる
武器のリーチを活かした攻防一体の妙手
あの刀とかいう武器は確かに見事な斬れ味だが、そのため十全な威力を発揮するには刃筋とスピードがキモとジグは見抜いていた
連撃ではこちらの武器を斬るには重量が足りない
なればこその抜き打ち
首をあえて狙わせることで、足狙いならばと相手に欲を出させた
これが急所狙いならばこうはいかない
しかし
「浅いか」
咄嗟に軸をずらされたようだ
あの地を這うような歩法のおかげだろう
服で足元が認識しづらいのもあって、そこまでの手傷を負わせられなかった
「…ふ、ふふ…いいよお兄さん、素敵だよ」
白髪女が陶酔したような顔を魅せる
再びあの歩法で踏み込んでくる
息を吐かせぬ連撃が振るわれる
下からの斬り上げ
一歩下がってスウェイで躱す
刀を返して上段からの袈裟斬り
弾いて逸らす
弾かれた勢いに逆らわずに軸足を中心に体ごと回転させた横薙ぎ
ここだ
地に双刃剣を突き立て防ぐと同時、それを支柱に体を持ち上げ蹴りを叩き込む
咄嗟に白髪女は左腕を立ててブロックする
「くあっ!」
しかし体ごと放つジグの蹴りが片手で防ぎきれるはずもない
嫌な音をさせてガードごと吹き飛ばされる
咄嗟に後ろに飛ぶことで軽減したのは流石というべきだろう
地面を転がり距離を取ると即座に立ち上がる
「いい格好だな」
お世辞にも綺麗とは言えない裏路地
派手に転がったせいで服が見るも無残に汚れていた
「……ほんと、想像以上に楽しませてくれるね」
「……元気だな」
威力を多少殺されたが手応えはあったはずだ
軽いダメージではないはずだが
ふと、甘い匂いに気づく
そういえば、この女は魔術をまだ使っていなかったな
以前も嗅いだことがある
たしかこの香りは回復術のはずだ
打撲程度では痛手にならない
やはり意識を断つか致命傷を与えるしかないようだ
完治したのか調子を確かめるように左腕を振っている
「これを使うのはいつぶりかな」
しかし妙だ
回復は済んだはずなのに甘い香りが強くなる
刺激すら伴う甘い香りに無性に危機感を掻き立てられる
「でも使うにふさわしい相手だし、遠慮はいらないよね」
―――これは
「冥土の土産に見せてあげる」
まずい
白髪女の体から光が迸る
翡翠色の光を放つそれが雷光だと気づいたのは光が収まってからだった
純白の髪がふわりと浮かび上がっている
翠の瞳が雷光に照らされ恐ろしくも美しく光る
「―――いざ、参る」
いつの間にか収められていた刀に手を置き女が動いた
そう思ったときには間合いが詰められていた
「……!!」
驚く声さえ上げる間がない
既に相手の間合い
放たれる一閃
先ほどの抜き打ちとはわけが違う
防御は不可能と判断
抜き手すら見えない一撃を相手の肩の動き、向きから予測して躱す
「ぐ……!」
しかしあまりの速度に完全には避けきれない
回避が間に合わず脇腹を切っ先が抉る
しかしそれで終わりではない
一歩踏み込み片手で振り抜いた刀を返し、速度の落ちぬまま袈裟斬り
それと同時に左手が逆手で鞘を振り上げる
時間差をつけた左右同時攻撃
「っおおお!」
「なっ!?」
回避不能の挟撃にジグは下がらずに武器を捨て突っ込んだ
相手の踏み込みとジグの前進が重なり二人の距離がゼロになる
刀を振るう持ち手を左手で抑え、鞘の一撃を右の手甲で受け止める
鞘を受け止めた手甲が嫌な音を立てた
鉄拵えか!
電光石火の連撃を止めたことで束の間二人の動きが止まる
「今のを防がれるとはね……!!でも、武器を捨ててここからどうしようっていうのさ!」
「なに、武器を使っては楽勝すぎると思っただけさ!」
「減らず口を!」
相手の動きを制しようと力を掛け合う
あの雷光は攻撃に使うのではなく自己強化術の亜種のようだ
身体能力の強化、とりわけ瞬発力が爆発的に向上している
おそらく通常の強化術とはモノが違うのだろう
純粋な力比べでもジグは徐々に負けつつあった
「ハッ!」
わずかに押し込まれた一瞬に女が鞘から手を離した
ジグは急に抑えるものがなくなりつんのめる
女の空いた左腕で刀を抑える手を弾かれる
隙は出来たがそのまま刀を振るっても近すぎて致命傷にならない
白髪女は両手が広がってしまったジグに肩口から体当たりをかました
たたらを踏んで後ろに下がってしまったジグ
白髪女は体当たりの姿勢から八相の構え
「セッ!」
「むん!」
気合とともに心臓を狙い鋭い突きが放たれるが
ジグは咄嗟に手甲をクロスさせ上へ逸らす
「ハァ!」
「ぐっ……!」
白髪女が逸らされた刀を勢いよく戻した
慌てて手を引く
手甲が真っ二つになって地に落ちた
引くのが一瞬でも遅ければ腕が落ちていただろう
両手を少なくない量の血が伝う
「……なぜ魔術を使わないの?出し惜しみ?」
「……さて、な」
曖昧にはぐらかす
実際は使えないだけなのだが、わざわざ教えてやる義理もない
「そう。なら、奥の手を抱えたまま死んで頂戴」
またしても八相の構え
上に向いていた刃がこちらに向いた
ジグはそれから目を離さない
女が動く
「……!!」
声すら置き去りにした、先ほどを上回る速度で放たれた神速の突き
しかしいかに早くとも、刀の間合い以上に届くことはない
突きである以上攻撃範囲は点だ
動いた瞬間にステップで横に躱す
だが女は躱されたのと同時に制動をかけ二段目の突き
さらに下がる
そこでジグは足を跳ね上げる
宙に浮かぶは手放した双刃剣
彼は自分が武器を捨てたところまで回避で誘導していた
白髪女は内心の落胆を隠せなかった
―――まさか、気づいていないとでも?
「がっかりだよ!!」
既に動き出している彼女の刃がジグを貫くのと、ジグが武器を掴んで攻撃に移るのと
どちらが早いかは言うまでもない
ジグが手を伸ばす
女が三段目の突きを放つ
鈍い音が二つ、同時に響く
「ぬ、ぐ…」
女の刀が、ジグの左肩を貫いた
肉を突き破り、骨が砕けて血が吹き出る
そして、ジグの双刃剣が女の顔面に直撃していた
「か、はっ……」
そのまま白目をむいて倒れ伏す
ジグは蹴り上げた武器を掴むために手を伸ばしたのではない
渾身の拳で殴り飛ばし、女の顔面にぶち当てたのだ
持ち手の部分とは言え重量物をまともに顔面で受けたのだ
無事なはずはなく、生きているのは女が頑丈だったためだ
「……はあ」
座り込みたい気持ちを抑えて肩に刺さった刀を抜く
止血と応急手当を済ませると
女の武器を奪い縛り付けて無力化する
「強い……」
彼の経験の中でも五指に入る強さだった
あの雷光のような術を使われてからは相当な苦戦だった
相手の攻撃をまともに防御もできないのはかなりの難題だ
「武器も斬られてしまったしな」
金もないのに出費ばかりが嵩んでいく現実に涙が出そうだ
「これほどの強敵を相手取って報酬なしとは……まあいい。とりあえず殺そう……」
この女は危険だ
こいつの技ならシアーシャに届くかもしれない
危険人物は早めに処理しておくに限る
アンガスたちにとって都合が良いだろうし、他に目撃者もいない今ならば後腐れなく殺せる
「その前に身ぐるみを剥ごう」
治療費、武器の費用諸々を少しでも補填しなければ
そう思い女の懐を漁る
財布を見つけ中身を漁っていると女の首から何かが下がっているのが見えた
その形状に見覚えが有った
……ここ最近よく見ているもののような
とても嫌な予感がする
見なかったことにしたい思いを振り払いそのカードを外して見る
「……おい、ふざけるなよ」
冒険者二等級
イサナ・ゲイホーン




