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集団を掌握するときの手段として有効なのは二つ。
一つは頭を倒すこと。旗印となる者を下せば反感はあれど、一時的に言うことは聞かせられる。しかし彼らのような雑多な集まりには代表者はおらず、これは使えない。
そしてもう一つが、見せしめに雑魚を出来るだけ残酷に処理することである。
団結力の高い集団に対しては逆効果だが、今回のような烏合の衆には特に有効だ。
殴りに殴られた男の悲惨な姿を目の当たりにした彼らは、それ以上反発することはなかった。
元々根性のあるような人間は強制徴発などされず、事情があってされた者は真面目に働くので当然と言えば当然だが。
今は働いた人間の代わりとばかりに、魔獣や人間の死体処理諸々の汚れ仕事全般を請け負わされている。
「彼らには雑用全般と、治安維持に努めてもらいます」
「戦わせないのか?」
「……信用できない、とのことです。基本は哨戒と小型魔獣の相手をさせて……最悪、肉壁にします」
結局、いざとなったら逃げだすような奴らと肩を並べて戦うのを志願組が嫌がったのだ。
苦々しい顔のシアンや他職員たち。冒険者四十名の内、十五名が戦力外扱いなのだから無理もない。第二陣が到着するまでの時間稼ぎがより過酷になるだけだ。
なおそのうち一名は全治二週間の重体だ。衛生環境も悪く物資も限られるのに加えてギルド側も満足な治療を施すつもりがないので、実際はもっと長引くことになる。
あの後ファミリアの使いが来た支援隊一行は、雑用組を除いて空いた館に場所を移していた。
どこぞのマフィアの持ち物だったらしい館は六十名を収容するほどの大きさがあり、拠点としては十分だ。元の持ち主がどうなったのかは、隅にある拭いきれない黒いシミが教えてくれる。
支援隊の代表役を任されたシアンはボスの部屋を与えられている。
小柄な彼女には大きすぎるテーブルに街の地図を広げ、防衛地点などの配置指示のために冒険者を呼び出していた。
部屋にいるのはギルド職員に加え、支援隊でも高位冒険者であるエルシアとウルバス。
外部協力者としてジグとカスカベ。ちなみにシアーシャは宛がわれた部屋を整えている。
後程ファミリアから人を寄こすと聞いており、今はそれ待ちだ。
「一人の犠牲でうるさいのが黙って働くようになったんだから、いいんじゃない?」
エルシアが詰まらなそうに言って濡れた髪を拭いている。
血汚れが酷いので水浴びをしてきたらしい。法衣も乾かしているのか、随分と薄着である。
丁度いいので眼福だと眺めていたら「寒い」と外套を奪われてしまった。解せぬ。
「少しでも人手が欲しいのに……それに、助けに来た側がいきなり内輪揉めをしだしたら……」
「不安、なるよね」
頭を抱えるシアンにウルバスが困り顔で鱗を掻く。
ストリゴの住民は限界状態にある。頼りにしていた支援隊がまとまっていないと、住民も助からないのだからとヤケを起こしてしまう可能性もあった。今は持ってきた物資をファミリアに運び込み、炊き出しや治療を行うことで暴動を抑えている状態だ。
「今回はジグ様が手早く収めてくれたので事なきを得ましたが、また同じことを起こすわけにはいきません」
「もう少しマシな人材を用意できなかったのですか?」
カスカベが非難の声を上げるが、シアンはジトっとした視線を向ける。
「ワダツミがもう少し協力的だったら用意できたんですけどねぇ?」
「……ウチからは二人と、私も来ているでしょう」
「君はアオイさんが代案を出してくれたおかげで何とか借りられたようなものだし、二人に至ってはギルドからの要請とは別口で参加したと認識しているのですが?」
「さてどうでしたかねぇ……なにぶん私は事務担当でして、上の思惑は分かりかねます故」
知り合いなのか、遠回しな嫌味の応酬を始める二人が睨み合う。
内輪揉めはしないんじゃなかったのかという周囲の冷たい視線に気づくと咳払い。
こいつら大丈夫かとジグが不安を覚えていると、扉が開き床を爪で叩きながら二人の亜人が入室してきた。
黒い鱗に細かな傷跡の目立つ鱗人。赤い瞳は鋭く細められ、他者を委縮させる力をもつ者特有の光を放っている。姿形こそ同じ鱗人のウルバスと似通っているが、雰囲気一つでこうも感じ方が違うものかと思わせる風貌。
彼は護衛役の大柄な狼型亜人を引き連れて堂々と入室し、室内の視線を集めた所で口を開いた。
「クロコス。ファミリアまとめてる。後ろのはバルジ」
「よろしく頼むぜ、ハリアンの冒険者さんよぉ」
クロコスとバルジ。
二人の亜人は魔獣の被害で手一杯な苦境を微塵も悟らせない態度で胸を張った。
代表者としてシアンが席を立って対応する。
「私が代表を務めているシアンです」
「シアン。ハリアンのストリゴへの支援、感謝する」
感謝の言葉を述べながらも卑屈なところは感じさせず、クロコスは尾を揺らしながら赤い瞳で室内を睥睨する。
「皆にも感謝。冒険者、同胞…………傭兵」
エルシア、ウルバスと視線を移し、最後にジグに目を止める。
ジグが傭兵なのを知っていることに幾人かが怪訝そうな顔をし、今聞くわけにもいかずに疑念を飲み込む。
「ストリゴの現状、見たと思う。すぐに動く必要ある」
「はい、今日はそのことについてご相談させていただきたく。まずは防衛地点と、冒険者の配置についてですが……」
クロコスとシアンが護るべき要所と配置人数、ストリゴの出せる防衛戦力について話し合う。
こうなってしまえばジグの出る幕はない。こういった指揮能力は彼の不得意とするところで、自分の持ち場と他人のおおよその配置を覚えるのが精々だ。
だがそれは何もジグに限った話ではないらしい。
エルシアとウルバスが手持無沙汰なのか近づいてくる。
「ちょっと、なんでストリゴのマフィアと顔見知りなのよ」
「色々あってな」
「ジグ、いつもそれ言ってる。あのうろ―――蜥蜴の亜人は?」
鱗人と言いかけたウルバスが慌てて言いなおす。
やはり同じ亜人でも気になって仕方がないのだろう。
「ファミリアは亜人主体のマフィアでな。余所で行き場を無くした亜人が集まりやすい。奴はそこでボスをやってる。……心配するな、後で取り次いでやる。一応言っておくが、マフィアだからな? あまり信用し過ぎるなよ」
興奮して鼻の穴を膨らませているウルバスに釘を刺しておく。
過酷な環境で今の立場を築いたクロコスたちからすると、亜人だからと言ってオトモダチ感覚で馴れ馴れしくされるのを好まない可能性もある。
ウルバスも冒険者として長くやっているのだから心得てはいるだろうが、少し心配になった。
「ねぇ。あの狼男、結構ヤル?」
すると今度はエルシアが肘でジグを叩きながら好戦的な顔でバルジを見ていた。
さっきのボス猿では不完全燃焼だったらしく、どこか落ち着かない様子だ。
焚きつけたのはジグだが、隣で盛られるのは鬱陶しいことこの上ない。
「……殴り合いなら、かなりな。お前とも話が合うだろうよ」
「あら、素晴らしいじゃない」
そんなことを話している内にシアンとクロコスの現状確認が終わっていた。
まずストリゴの現状だが、見た通り外周部はほぼ壊滅状態。ジグたちが来た東側は特に酷く、建屋もほとんどが破壊されている。動ける住民は動けない住民を囮にすることで避難し、今は家主のいない家などに勝手に住むか、道端で過ごしている。
マフィアたちが魔獣に対処するしかなく、売り物の武具に手を出して総出でどうにか対抗しているようだ。こんな状況でも他所に抗争を仕掛けようとした阿呆はそこそこいたらしいが、現状を把握できているそれなりの規模を持つマフィアは上も頭がキレる。断腸の思いで一時休戦をし、潮目の読めぬ阿呆を見せしめに魔獣の餌に献上。そして現状もっとも戦力を供出できるファミリアが舵取りをすることとなった。
争いに明け暮れていたストリゴが協力できた要因が、より強力な外部の脅威というのは皮肉と言う他あるまい。
「食料に関してですが、私たちは目前に迫る魔獣の対処と後続の安全確保が目的のため、あまり多くは供出出来ないんです……」
シアンが申し訳なさそうにする。
転移石板は非常に有用だが、一度に大量の物資人員を運べるようなものではない。ハリアンでの冒険者が頻繁に使用することもあり、こちらに掛かりきりになるわけにもいかないのだ。
現在は商人組合が商隊を組んでこちらに向かっている最中である。
魔獣の次に重要だろう食料問題だが、クロコスは気にするなと首を振る。
「それは問題ない。さっき沢山提供してくれた」
「……え?」
「―――仇猿、可食部多い」
「えぇ……」
平気な顔で猿食を口にするクロコス。
確かに大量に倒したし、長い手足は食いでがある。しかし猿食はこちらの大陸でもあまり歓迎されるものではないものらしく、冒険者たちや職員は嫌そうな顔をしている。
彼らにこの街の最下層は人肉も食べると伝えたらなんて顔をするのだろうか。
そんなことを考えながらジグは一応と注意しておく。
「しっかり火を通せよ?」
「この街で火の通っていない食い物、自殺行為」
心得ているとばかりに腕を組むクロコス。
余計なお世話であったようだ。こと悪食さに限って言えば、ここの住民はジグ以上かもしれない。
なにしろ麦粥にお薬混ぜてトリップしている連中だ。病気や食中毒がどうとかを気にするほど繊細ではない。たとえ明日死のうとも、今食わねば死ぬのだ。
「……帰りたい」
命や食に対する認識があまりに違うことに涙する職員たちであった。
多少の意識の齟齬はあったものの、それ以外の話し合いは思っていたよりもスムーズに行われた。
それだけ護るべき場所が少なくなっているとも言える。ハリアンに比べると大分小さな街だが、もともと街としての体裁を整えているかも微妙だった所に魔獣襲撃だ。ある程度元気のある住民以外は生き残れまい。
「屋敷は好きに使っていい。後続が来たときはまた指示する」
クロコスはそれだけ言い残すと、ジグとウルバスを一瞥して悠々と去って行った。




