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ジグたちを皮切りに他の冒険者たちも駆けつけ、各々で戦闘を始めていた。
動きやすいパーティー単位での戦闘がほとんどで、後衛の魔術師組はまとまっての護衛役だ。時たま抜けてきた魔獣を周囲の被害が少ない魔術で処理し、その隙に職員を始めとした非戦闘員が避難誘導を行う。
なおこの護衛とは魔獣の被害だけでなく、住民の暴行から職員たちを守ることも含まれている。
「ぎゃあ!?」
一人の男が悲鳴を上げて腕を抱えた。手首から先があらぬ方向を向いている。
男には視認も難しい速度で放たれた拳大の石弾。それに打たれた手首は枯れ木のように圧し折れていた。
「やれやれ、こんな状況で真っ先にすることですかね?」
魔術を行使した手で眉間をトントンと叩きながら、シアーシャが呆れた顔でため息をつく。
小柄で若い女性であるシアンに忍び寄っていた男が何を企んでいたのかは明白だが、命の危機が間近に迫っている状況でもそんな行動を取れるのはある意味で大したものだ。
「ほらほら次は頭ですよ。他の人たちも、下らないことしたら穴だらけにしちゃいますからね!」
周囲に無数の岩を浮かべてシアーシャが威嚇する。
初めはその容姿に男女問わず目をぎらつかせた住民たちだったが、針鼠のように展開された岩槍の矛先が自分たちへ向けられると顔色を失い、大人しく従うしかなかった。
「……どうしてこんな状況で仲間割れ、できるんだろう?」
後方の騒ぎに一瞬気を取られていたウルバスだが、迫る猿叫に意識を戻す。
長い手の一撃は重いが、強靭な肉体と鱗で守られた鱗人の表皮に致命傷を与えられるほどではない。
それでも痛いものは痛いので、翳した丸盾でしっかりと受け止める。
鎧長猪の甲殻を加工した丸盾は、その一撃をがっちりと受け止めても傷一つつかない。
勢いの死んだ鞭などただの紐でしかない。翳した丸盾を相手に向けて、地を蹴る。
足の爪という天然のスパイクで支えられたウルバスの踏み込みは鋭く重い。
鱗人の膂力を活かした強烈なシールドバッシュを受けた仇猿がたたらを踏み、後ずさる。右手に持つ曲刀に力を籠めるが、首を刎ねるには防御した腕が邪魔だ。
「よっと」
だから身を捻り一回転。バランスを崩した仇猿の足を尾が刈る。
首を護るためにガードした腕で受け身を取るわけにもいかずにまともに倒れ込んだ。
空いた胸の中心を逆手に持った曲刀が抉る。柄を足でけたぐるように押し込んで確実に息の根を止めた。
丸盾と同じ魔獣の牙で作られた曲刀は多少雑な扱いをしても壊れないのがいい。
ウルバスの力で扱っても壊れないとなると武器種が制限されがちだが、そこは素材となる魔獣次第。高い金さえ出せばどうにかなるのが冒険業の良いところだ。
血を払ったウルバスの視界の端に、狐の亜人が撤退していくのが見えた。
「亜人、多いな……」
依頼を持ってきた受付嬢に聞く限り、今この街を主導しているのは亜人を中心としたマフィアだという。いつもなら受けないような依頼だが、危険を承知でここに来たのは同胞がいるかもしれないと聞いたためだ。
仮に鱗人でなかろうと、亜人が助けを求めるのであれば可能な限りこれに応えたいと、ウルバスはそう思っている。
それでもやはり、同じ鱗もつ者を探してしまうのは仕方のないこと。
「ジグなら知ってるかな? あの狐亜人とも、知り合いっぽかったし」
風変わりな友人を思い浮かべ、舌をちろりと出し入れ。
人を寄せつけぬような仏頂面と剣呑な雰囲気をしている彼だが、存外に交友関係は広い。あまり関わっても得をしない亜人相手でもそれは例外ではない。
人情があるというよりは、本当に気にしていないのだろう。
「うん。ジグならきっと、手を貸してくれる」
勿論、相応の対価があればだが。
友人に対価を要求されることに抵抗はない。もとより先に労力や情報を要求しているのはこちらなのだ。一方だけが益を受け続けるのは対等な友人関係とは言い難く、ウルバスの望むところではなかった。
仇猿は六等級中位の魔獣だが、比較的狩りやすい魔獣と言える。
長いリーチと強力な打撃攻撃は脅威で、猿型に多い群れるという特性は侮れるものではない。しかし特別厄介な魔術なども使用せず、猿狗のような遭遇するまで分からない危険もない。強いが地力さえあれば安定して倒すことの出来る、不確定要素の少ない魔獣だ。
「ふっ!」
また一匹。防御した腕ごと斬り捨てたジグの背に、シアンの助言が飛ぶ。
「仇猿は生き残れば必ず報復に来ます、皆殺しにしてください!」
可愛い顔して物騒な指令を出すものだ。ジグは肩を竦める代わりに双刃剣を振ることで応える。
この魔獣の厄介さは仇をいつまでも覚えており、執拗なまでにやり返してくる復讐心の強さにある。特徴的な長い腕や痩身ではなく、習性が名となっていることからもその執着心は読み取れる。
だから冒険者たちも容赦はしない。追い払うという消極的な手段は取らず、根絶やしにするつもりで攻撃を仕掛ける。生き残りが居れば必ず復讐しに来る。最低でもその群れを一匹残らず殺し尽くさねば、復讐の連鎖から抜け出すことは叶わないのだ。
「随分と人間らしい特徴を持っている」
ジグのいた大陸での、血で血を洗う復讐の連鎖を思い出して苦笑いが漏れる。
魔獣が人間らしい習性を持つことを驚くべきか、人間なのに魔獣並みの野蛮さである同胞を嘆くべきなのか。いずれにしても、金で双方を一緒くたに斬り捨てる自分よりはマシなのは間違いない。
下らない思考を薙ぎ払うように前後二匹から振るわれた長腕を、双刃剣の上刃と下刃で受け止める。仇猿の顔は憎悪と憎しみで染まり、歪んだ口から漏れるのは怨嗟の叫びと歯の軋む音。
「悪いが仕事だ。死んでもらう」
ジグはその一切を斟酌しない。
跳ね上げた双刃剣が奔り、輪切りにされた四本の腕が宙を舞う。
上刃で前の一匹の心臓を穿ち、腕を無くしてなお立ち向かう後ろの一匹を、引き抜く動作と連動した下刃で貫く。
「むん!」
下刃に仇猿を引っさげたまま双刃剣を振るい、横合いから迫る二匹に投げつける。
仲間の死体で動きの止まった二匹に肉薄し、左の拳を叩き込んだ。グローブに刻まれた魔術刻印が起動し、衝撃波が諸共に吹き飛ばす。
衝撃波の反動すら利用して反転し、次の標的へ。
時に迂回して非戦闘員を狙う群れを壊滅させ、時に囲まれそうな冒険者たちの援護に走り、その動きはさながら留まることを知らない回遊魚。
ジグが掻き回している間、高位冒険者を筆頭にした戦力が浮足立った仇猿の群れを喰い破る。
特に三等級であるエルシアたちは図抜けた突破力を誇り、巧みな連携で瞬く間に魔獣を片づけていく。
ジグは確かに強いが、対魔獣の経験という点で見れば七等級やや上程度しかない。
有り余る地力で処理こそできるが、連携を組んでの魔獣討伐の効率で比較するなら高位冒険者たちには遠く及ばないのが現実だ。
一人の兵が出来ることなどたかが知れている。本人もそれが分かっているからこそ、戦力の要である冒険者たちの邪魔にならぬよう足止めや、派手に動いての囮を演じていた。
見る間に数を減らしていく仇猿たち。
全滅が見えて及び腰になった彼らの後ろから一際大きな猿叫が響いた。
群れのボスだろうか、周囲の個体より一回り大きい仇猿が叫んでいる。
旗印が現れたことで再び勢いを取り戻す仇猿たち。
生き残りがボスの周囲に集まり、一斉に立ち向かって来た。
「ハッ! 自分たちからまとまってくれるなんて、イイ心がけね?」
返り血で法衣を濡らしたエルシアが獰猛に笑い、銀棍を構える。
それを合図にボス猿が吠えた。
近場の瓦礫を掴み、長い手で振り回しての投擲。
遠心力の十分に乗った瓦礫は人を殺すには過剰で、防御術のある冒険者相手でも十分な威力を秘めている。
防ぐのは得策ではない。さりとて、避ければ後方にいる冒険者や住民に被害が出る。
厳しい選択を迫られたエルシアは、しかし面白いとばかりに口の端を吊り上げる。
「猿知恵にしては上出来ね」
腰を落とし、深く深く、溜めるように、
おそらく僧兵の流派における型のようなものなのだろう。力を溜めているようでいて、どこか柔らかい挙動はいつかの免罪官を思わせる。
魔力と肉体を練り上げ、感覚を研ぎ澄ます。
迫る巨塊を怖れず、動じず。
息を吐き、吸って―――止める。
「破ッ!!」
裂帛の気合すら置き去りに空を裂く銀の一閃。
狙いすました一撃は不均一な形をした瓦礫の真芯を捉え、その力を解放。
一点に集中した爆発力が余すところなく伝わり、落としたガラス細工のように粉々に砕け散った。
破片は飛ぶが、サイズが小さくなり威力の弱まった瓦礫など防御障壁には傘を打つ雨に等しい。
ほぼ無傷で瓦礫を打ち砕いて見せたエルシアが銀棍を肩に担いで不敵に笑う。
「悪いけど、私のビビり矯正に付き合ってもらうわ」




