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新年あけましておめでとうございます。
本年は「魔女と傭兵」をより一層盛り上げていきますので、どうかよろしくお願いいたします。
翌日、日課の鍛錬を終えたジグは清々しい気持ちでギルドへ足を運んでいた。
ワダツミの三人とエルシア一味の三人。一人見つかれば上出来と思っていた協力者がなんと六人も確保できたのだ。どうやら自分で思っていたよりも人望に溢れていたようで、大変すばらしい。これならば腐っていたシアンも満足するに違いない。
「騙したわね!?」
ギルドに入るなり眼帯の女が何やら食って掛かってきた。言いがかりとは大変に失礼な奴である。
彼女の肩越しに仲間であるタイロンとザスプが座ったまま頭を抱えており、途方に暮れた顔をしているのが見えた。ジグは今にも掴みかかってきそうなエルシアを手で宥める。
「落ち着け」
「これが落ち着いていられますか! あんたの紹介で依頼があると言った途端、有無を言わさずに契約させられたのよ!?」
エルシアが戸惑い気味にジグの名を出した時の職員たちの動きは実に素早かった。事前に用意していたとしか思えない準備のよさで依頼書諸々の必要書類を持ち出され、エルシアが疑問を挟む間もなく曖昧な返事だけで受注処理が完了してしまったのだ。慌てて依頼書を詳しく見てみれば、とんでもない悪評満載の街へ出張依頼をさせられると言うではないか。
眼帯越しでもわかる憤怒の表情をしているエルシアに、ジグは心外だとばかりにかぶりを振って無実を主張する。
「俺は嘘を言っていない。あまりに阿漕な報酬だったり、危険度を偽るような内容ではなかったはずだ」
「それは、確かに……そうだったけど……」
対応したのが女性の若い職員だったこともあり、しっかりと確認する前に流されてしまった自覚のあるエルシアの勢いが弱まる。
実際、条件自体はそう悪いものではなかった。通常の討伐報酬に加えて出張手当、必要経費の支給などなど、大規模な依頼でもないと付かない補償が満載だ。
それ以上に受けたくない理由があるだけで。
ジグはわずかに勢いを失ったエルシアを諭すような口調で言い聞かせる。
「いいかエルシア。ストリゴは大小様々な犯罪の温床で、その中には詐欺も含まれる。この程度で腹を立てていてはあの街でやっていけんぞ?」
「だからやっていくつもりがないのよ!!」
激昂したエルシアがついに拳を繰り出した。感情任せだが、法衣を翻して振りかぶるフォームは実に堂に入ったものだ。
満載の樽でも落としたかのような重低音が響き、ギルド中の視線を集めた。魔力で強化された彼女の拳は、細腕から出るとは思えないほどの凄まじい威力を持っている。
音は一時ギルドの視線を集めはしたが、中心人物が誰かを確認し、それ以上の荒事にならないことを悟るとすぐに視線が離れていく。ジグが幾度も騒ぎを起こした人物であることはある程度周知されており、生半可なことでどうにかなる人物ではないと理解している故に。
ジグとしては、またアイツかとばかりに向けられる呆れた視線には抗議したいところではある。先に手を出すのはいつだって相手からだというのに。
ジグは己の伝わらぬ事情に一人悲しく嘆息すると、相手にそれ以上やる意思がないことを確認して受け止めた掌を放す。
「チッ」
割と本気で放った拳をいとも簡単に受け止められたエルシアが舌打ちして腕を引くと、ぷらぷらと振った。下がりもせずにまともに受け止められ、返って来た衝撃が痛かったためだ。
それでもフルスイングしたことで多少は頭が冷えたのか、胸の下で腕を組んで眼帯越しに睨みつける。
「……まあいいわ。いい加減、前に進まなきゃと思っていたところよ」
「酔って忘れていなくて何よりだ」
危険に挑むことができない。
エルシアは自分が臆病になったことを自覚し、多少強引にでもやらなければ克服できないと理解していた。そういう意味では、今回の依頼は適切なものではある。だが理屈では分かっていても、騙し討ち気味に受けさせられたのが気に入らないだけだ。
「……フン」
相手がジグならば、それをぶつけても平然としていられる……そういう打算も込みでの怒りでもあった。エルシアの珍しい姿に、すわ乱闘かと腰を浮かせたタイロンとザスプが顔を見合わせている。
エルシアの内心など知る由もないジグは、肩をいからせて去って行く彼女に"短気な奴だな”くらいの認識しか持っていない。
「うむ」
この程度で済むならば安いものと頷くと、さして気にも留めずにギルドを見回している。
そんな彼の装備がまた新しいものになっていることに周囲の冒険者たちが気付き、言葉にせぬまま評価を更新していることに本人は気づいていない。
ジグが思うよりも冒険者たちは目ざとく、そして打算的だ。
冒険業をするにあたって装備はドレスコードであり、その者の力量を測る指標でもある。剣呑な風貌をしている彼が絡まれやすかったのは、冒険者基準ではみすぼらしい鉄の装備をしていたせいだ。
また一部では、過剰に体を鍛えるのは魔力による身体強化が未熟な者だけという、間違った風説もある。両方を満たしているジグは侮られやすい傾向があった。
しかし彼は短い期間で結果を出している。護衛している女冒険者は目覚ましい速度で昇級を果たし、身に着けている装備は日に日に良い物へと変わっていった。
それに伴い、ジグへ向ける冒険者たちの視線の質も大きく変化していた。
"イロイロ危ないからなるべく関わらない”という、ある意味で今までとあまり変わらない着地点になったのだが。
「よく来てくれましたジグ様!」
遠巻きに観察していた冒険者を掻き分けて現れたのはシアンだ。
彼女は先日の沈んだ様子から随分と持ち直したようで、しっかりとした足取りでジグに近づく。
「おかげさまで第一陣を送る人員を確保することが出来ました。それに伴い、外部協力者にも正式に報酬を出せるよう掛け合っていた申請が通りました」
獲物を狩って来た子犬のように胸を張っている様は微笑ましさすら感じるが、こう見えてシアンは優秀な職員。あのカークが表に立たせるだけの能力を持っているということ。
今回の出張依頼はあくまで冒険者への依頼であり、出張手当や危険手当等の補償がジグへ支払われることはない。そもそもギルドにとってジグは、シアーシャに依頼をしたら勝手について来て勝手に手伝ってくれただけであり、仕事として頼んでいるわけではない。ジグへの報酬は雇い主であるシアーシャが出すべきであり、‟感謝はするけどお金は出さないよ”というスタンスだ。
普通の依頼であればそれでいい。ジグはジグで、組織に属さないことの利点を考慮した上でこの形をとっているわけだから、そこに文句を言うのはお門違いというもの。この前の刃蜂騒動など、直接依頼を持ちかけられれば話は別だが。
しかし今回は明確にジグの力やストリゴでの経験を当てにしている上に、中々集まらなかった人材確保にも一役買っている。これで無報酬となればギルドとしての示しがつかない。依頼でなければこき使った上にまともに対価も払わないケチな組織だと思われては困るというわけだ。
「やるじゃないか」
「流石にここまで御膳立てしていただいてタダ働きは……アオイさんも後押ししてくれたんで、割とスムーズに行けましたよ」
アオイの無表情を思い浮かべたジグは、そう言えばカスカベの姉だったなと思い出す。
ワダツミに所属しているが彼は冒険者ではない。外部協力者への報酬を出す口実作りにはうってつけだ。
「まさか、あなたにここまでの伝手があるとは思ってもいませんでした」
「……色々あってな」
見上げるシアンの顔には意外という言葉が書かれている。一見するとジグはあまり社交的な人物ではなく、依頼の受付という接点しかないシアンでは噂話程度でしかその人物像は見えてこない。彼女のジグに対する印象は仕事に真面目な堅物傭兵であった。
ジグは主に物騒なやり取りから始まる人間関係を伝手と呼んでいいのか迷った。伝手とはもう少し良い意味で使用されるものではなかったか? という疑問はあるものの、一から事情を説明するのも億劫なので適当に頷いておく。眉間に皺を寄せて、もっともらしい顔で言っておけばあまり突っ込まれることはなかった。そう考えれば年嵩に見られるこの顔も悪くはない。
「ストリゴへの出発は二日後の朝です。日が昇ったらすぐに出発なので、準備を整えておいてください」
「了解した」




