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 石切り場、採石場と呼ばれる場所は鉱山の一種だ。魔力を浴びた特殊な鉱物など、精錬を必要としない石材などを産出する鉱山の別称である。


 フュエル岩山裏手にある石切り場は、連なっている小規模な岩山を切り崩したものとなっている。

 広い平地と正確に切り取られた岩場は何とも不思議な様相をしており、何かの遺跡と言われても信じてしまいそうだ。



 ジグとシアーシャが石切り場に着いたのは予定より少し早かった。石切り場方面には魔獣が少なく見晴らしもいいので、取り立てて警戒する必要もないためだ。ギルドの話ではそろそろ作業も完了し、出立の準備が整っているという頃だが……


「なんか、思ったより進んでないような?」

「そう見えるな」


 首を傾げたシアーシャと腕を組んだジグの視線の先では、作業員たちが怒鳴り声を上げながら駆けずり回っていた。地面に丸太を敷いた上を滑らせた石材を荷車に積み込み、落ちないように縄で固定している作業の真っ最中のようだ。


 二人が石切り場の作業を見るのは初めてだが、素人目に見てもすぐ出発できるという空気ではない。

 さてどうしたものかと立ち尽くしていると、それに気づいた金髪の女性が近づいて来た。クロスボウ片手に岩山側を警戒していたようだ。


「あなたたち、応援の冒険者か。悪いが予定より作業が遅れて……うん?」


 金髪の女性はジグとシアーシャの顔を見て足を止めた。

 その後方で作業員に紛れて縄を石材に巻き付けていた若い男が大声を上げる。


「おぉーいリザ! 次はどこの……ジグじゃないか!!」


 男は石材から飛び降りると軽やかに着地し、駆け寄って来る。そして親し気にジグの手を握ると上下に振った。ジグの記憶にある姿とは随分違うが、覚えのある声だ。



「確か……ハインツ、だったか?」

「おう! シアーシャさんも、おかげさまでなんとか復帰できたぜ!」

「良かったですね」


 そう言って屈託のない笑みでハインツは感謝をした。

 

 彼らと出会ったのは猿狗の討伐依頼を受けた時だったか。

 別の魔獣を引き連れるという特性を持つ猿狗を複数の冒険者パーティーで隊列を組んでの討伐。しかし猿狗が連れていたのは本来の生息域を大きく外れた三面鬼、その群れだった。

 想定以上の脅威度を持つ魔獣の襲撃に大きな損害を受け、死人も出た。

 その際に三面鬼により大怪我を負ったハインツと、魔獣にやられそうになっている相方のリザをジグが助けたことがあった。



「良く快復できたな」


 すぐに思い出せなかったのはボロボロの彼の姿しか記憶にないせいだ。あの時のハインツは酷い有様で、下手をすれば再起不能の可能性すらある重傷だった。

 回復術があっても立てないほどの怪我を負えば、完治にはそれだけの時間と金が掛かる。


「いや大変だったよ……体力がもどっちゃあ回復術で持ってかれて、常に体は怠いし気力は湧かないしでもう散々。リザがたっかい滋養薬を大量に用意してくれなきゃ衰弱死してたかもしれん……」

「それと治療費のおかげで私たちの貯蓄はすっからかんなの。……この依頼は失敗するわけにはいかない」


 リザは苦悩の混じった表情でそう言った。

 懐に余裕がない時の人間が浮かべる表情は不思議と似通っているものだ。ジグもそうだから良く分かる。


 シアーシャが現場監督らしき男に荷台の物資を受け渡し終えると、リザを見た。


「では、状況を教えてください」

「ええ、まずは……」




 元々、石材の切り出しは定期的に行っていた。転移石板を利用した遠方からの物資輸送は優秀で、常に作業をしている必要はなかった。ろくに食料のない石切り場には魔獣もほとんど出現せず、出ても岩を食べる岩石蜥蜴程度。動きも鈍いので魔術を何発か当てれば追い払える。今回も一定数の石材を確保できればよく、作業工程も予定通りに進んでいた。

 

 しかし二日前のことだ。

 突然多くの魔獣が石切り場に現れたのだ。餌もない場所で遭遇するはずのない魔獣は作業員に襲い掛かった。冒険者たちは応戦したが作業員の数が多く、彼らを守るために一人が負傷してしまったという。魔獣は追い払えたが、またいつ来ないとも限らない。すぐにギルドへ応援要請を出し、撤収準備を始めたのが昨日というわけだ。


「魔獣に作業場を荒らされたのと、作業員が怯えてしまって準備が遅れているの」

「それでハインツさんが手伝っていたんですね」


 クロスボウ片手に周囲を警戒するリザと、いざという時は斧槍で戦えるハインツ。

 二人の助けがあっても撤収準備は遅れていると言わざるを得ない。


「ウチのもんもなるべく急かしちゃいるが……このままだとあと五時間は掛かるな」


 現場監督が流れる汗を拭いながら苦々しくそう言った。

 作業を終えるだけで五時間。作業員を休ませる必要も考えれば、出立できる頃には日が暮れてしまう。


「今日はここで野営して、日の出と共に出発するしかなさそう……」

「仕方ないだろリザ。一般人が魔獣に襲われるかもってビクビクしながらやってたら、そりゃ遅くもなるさ」

 


 なるべく早くこの場を離れたいのか、歯痒い表情のリザとそれを宥めるハインツ。

 ジグは二人に近づくと気になっていたことを尋ねた。


「ハインツ、最初に護衛についてた冒険者というのはどこにいる?」

「向こうで荷車に石材積むの手伝ってるよ。亜人のパーティーだから見ればわかるはずさ」

「分かった。シアーシャ、そっちは任せた。俺は向こうをやる」

「了解です」



 短く言葉を交わすと二人は別々に動いた。お互いに付き合いも長くなっており、何をするつもりなのかは言わずも分かる。


「はい、ちょっと下がってくださいね」

「え? おいおい、嬢ちゃんには重すぎるって……」


 止める作業員に構わずシアーシャは詠唱を始める。魔術師だと気づいた作業員はさっとその場を離れると、様子を窺っている。


 それを確認したシアーシャは組んでいた魔術を起動。

 盛り上がった地面から生えたのは人の胴回りほどもある土のかいなだ。作業員のどよめきを余所に、土の腕は積まれていた石材を持ち上げると荷車の近くへ運んでいく。


「後はそちらでお願いします。細かい力加減は苦手なので」

「こりゃたまげた……おい、ぼさっとしてないでさっさと積み込め!」


 シアーシャがそう言うと、驚いていた作業員が我に返って動き出した。

 荷物を積み込む際に歩く必要がないというのは想像以上に負担が違うもの。作業員たちは次々と積み込んでは固定し、シアーシャが新しく運んだ石材をまた積み込んでいく。


 それまでとは段違いの作業効率を見せ始めたことにハインツたちが目を丸くして驚いている。


「すっげぇ……土魔術ってこんなに便利なんだな」

「そんな訳ないでしょ。攻撃術でもないただの操作でこんなに大量の石材を運べるなんて聞いたことがない……どれだけ馬鹿げた魔力使ってるの?」


 魔女の魔力を活用した力技にリザが呆れの混じった声を漏らす。

 あまり魔術の得意でないハインツは”そんなもんかね”と他人事のように作業が進んでいることを喜んでいる。


 次々に運ばれる石材に作業員たちの積み込みが間に合わないほどだ。このペースであれば今日中には出立し、距離を稼ぐことが出来るだろう。

 


 シアーシャが獅子奮迅の働きをしている間、ジグは最初に護衛を任されていた冒険者を探していた。

 亜人だから直ぐに分かるとのことだが、まるで作業員には亜人がいないかのような口ぶりだ。


「力仕事だし亜人は向いていると思うんだがな……種族の問題か?」


 周囲の作業員に聞こえない小声で独り言をこぼすジグ。


 彼の認識には大きな誤解がある。

 石を切り出す仕事、石工いしく職人に求められるのは力ではなく、精密さだ。石材を正確に必要な大きさに切り分けるのはジグが想像するよりもはるかに難しい。魔術で切って、はいお終いとはいかない精密作業なのだ。

 当然必要な技能もそれに準じたものとなり、作業員には几帳面さや生真面目さが要求される。体力は後からでも付けられるが、こればかりはそうもいかない。


 もちろん、ジグが考えたように種族間のしがらみもないことはないのだが。



 亜人を探していると、作業員たちの驚く声が響いた。

 ちらりと振り返ると、土の腕が次々に石材を運んでいるのを見て苦笑する。休みなく運ばれることで作業は捗るだろうが、あれはあれできつい肉体労働に違いはない。



「俺も早い所終わらせるか……どうせ、一悶着起きるだろうしな」


 過去の事例を顧みたジグは背の双刃剣を意識する。

 これまでの経験は、ジグにこのまま何事もなく済んで欲しいという願望を抱くことを許さない。そもそも、予定通りに事が進んでくれるのであれば、冒険者(危険を冒す者)など必要ないのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] >懐に余裕がない時の人間が浮かべる表情は不思議と似通っているものだ。ジグもそうだから良く分かる。 分かりたくない共感w 何かしら騒動は起きるだろうって察してるジグ。ま、トラブルメーカーだか…
[一言] どっちもトラブルメイカ―だからそりゃ何か起きるよね
[一言] またどこぞの偏屈ジジィに君よく生きてるね?そろそろ死んだら?って言われる事態になるに違いない
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