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爆心地から少し離れた場所ともなると流石に建物が原形を保っている。
特に屋台通りはもともと抗争で壊れることを想定しているせいか、復帰するのも早いようだ。
折り重なるマフィアの死体や倒壊した建物から金目の物を漁る火事場泥棒が所構わず蹲っている。
「……戦時でもあるまいに」
戦争中は物乞いがほとんどいないが、それは豊かさによるものではない。
人の善意に縋るより、戦争跡地で死体の持ち物を奪い取る方が早いからだ。敵兵自国兵問わず、死体は肌着に至るまで全てを剥ぎ取られる。
そんな光景を思い出させる彼らの行動には、さしものジグも眉を顰めずにはいられなかった。
それ自体を否定する気はない。しかしこれがまともな街の姿とはとても思えなかった。
「ジグさん?」
彼の変化に気づいたシアーシャが振り返る。
「いや、なんでもない。それよりノートンたちは……」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!?????」
ジグの言葉を遮って絶叫が響き渡った。
あまりの声に何事かとそちらを見れば一人の身なりの良いというより、悪趣味なほどに高価な服装をした男が膝をついて慟哭を上げている。
あまりの声量にシアーシャが不快そうに文句をこぼす。
「もう、うるさいですね」
「俺のぉおおお! 俺の屋敷がぁああ!? 金がぁああああ!!!」
「……誰だって、泣きたいときくらいありますよね」
真っ二つにされた屋敷を嘆いている男からスッと目を逸らしたシアーシャが同情的なことを口にしている。流石の彼女もあの所業には罪悪感を覚えるようだ。
恰好や人相を見るにどこかのマフィア幹部か何かだろうが、幸いこちらに背を向けているので気づかれた様子はない。
「さ、行きましょうジグさん。まずは……」
「―――やぁウィルダイト。随分な悲しみようだけど……何か良いことでもあったのかい?」
瓦礫に身を隠しながら足早にその場を立ち去ろうとした時、声が響く。
声の主は叫んでいた男の前に現れると、旧友にでも話しかけるように柔和に笑った。
場違いな笑みが不気味さを際立たせているが、ウィルダイトと呼ばれた男はそれに気づかず憎しみに満ちた顔で掴みかかった。
「貴様ぁ……よくおめおめと顔出せたもんだなノートン!!」
現れたのは黒い鎧に身を包んで大剣を背負った冒険者、ノートンであった。
予期せず探していた人物が現れて思わずシアーシャと顔を見合わせる。
彼が来ているのは知っていたが、マフィア関係者と知り合いだというのは初耳だ。
冒険者が犯罪組織と関わりがあること自体に驚きはない。今までも何度か経験していることだ。
(だがこの局面で姿を現す意図は何だ?)
彼らと通じていて利益を得ていたという話であれば、今や壊滅状態にある彼らを切るだけでいいはず。
「お前がこれをやったのか!? ここまでする必要が何処にある!!」
ウィルダイトが胸ぐらを掴んで力任せに揺さぶるが、ノートンは涼しい顔で考えの読めない笑みを浮かべているだけだ。
「この異常者が! 冒険者をあれだけ殺しておいてまだ足りないか!!」
(なんだと!?)
ウィルダイトの口から飛び出た言葉に思わず声が漏れそうになるのをすんでのところで押さえる。
ジグですらそうだったのだ。まだ人間関係の浅い彼女にそれを要求するのは難しかった。
「……え?」
「―――!」
決して大きな声ではなかった。
しかし運悪く言葉の切れ間に出したその声はウィルダイトに、そしてノートンに届いてしまっていた。
「や―――」
瞬きする間に二度、背の大剣が振るわれる。
気づいたウィルダイトの上げようとした悲鳴は吐き出されることなく葬られた。
首を刎ね、宙に舞う頭部を縦に切断する十字の剣閃が夜闇に奔る。
「油断しちゃったね」
血を振り落とし、背に大剣を収めたノートンが普段と変わらぬ調子で語り掛ける。
頭を失った体が倒れ、その脇を通った彼はジグたちが身を隠している瓦礫へ向かって肩を竦めた。
「まさかいきなり核心を喋っちゃうなんて思わなかったよ。普通はもう少し引き延ばすものだよね?」
まるで物語のネタバラシをされたかのように話している。
気づかれた以上隠れている意味はない。
ジグが先に彼の前に出て、それにシアーシャが続く。
「やぁジグ、久しぶりだね。シアーシャさんはさっきぶり」
「あ、はいどうも」
至極普通に挨拶を交わす二人はどこか食い違っているが、今はどうでもいい。
「……さっきのはどういう意味だ?」
「聞いた通りだけど?」
取り繕っている様子はない。
バレてしまったなら仕方がない、そんな開き直りに似た態度。
「……ああ、もっと分かりやすく言った方がいいかい? そうだよ、奴らを手引してあの刃蜂の巣を突つかせたのは僕さ」
「何故、そんなことを?」
思わず背を意識するが、そこに武器はない。仮にあったとしても今の自分ではノートンはおろか、ケインにも勝てるか怪しい消耗具合だが。
そのことを彼も理解しているのだろう。
余裕のある態度で月を見上げると、独白するかのように語り始めた。
「僕はね、冒険者とは素晴らしい仕事だと思っているんだ。危険を冒して未知に挑み、命がけで魔獣を倒して街に貢献する……まさに物語の英雄だ。子供の頃からずっと夢見ていたし、そうなれるようにと努力もした」
言葉を切って大剣を抜くと両手で額の前に掲げる。
月夜に照らされた彼の姿は容姿も相まって神々しさすら漂わせていた。
「我ながら才能もあってね。三等級まで上り詰めることができた……もちろんここで終わるつもりもないし、目指すは一等級だけどね?」
冗談めかしてウインクしているのが実に似合っている。
しかし眼だけはどこまでも真剣で、冗談で言っているわけでないのはジグにも分かった。
「生まれも種族も関係ない、本当の実力主義。上には上がいて、僕より若いのに二等級になった人もいたんだ」
悔しそうに口にしているが、そこに妬みや嫉みと言った負の感情は感じられない。
ただ心から悔しがり、自分も負けていられまいと邁進する意思が垣間見える。
「負けたくないし、諦めるつもりもない。むしろ追いかける背中があるのはやる気が湧いてくる」
上位者に対する尊敬と憧れ。
ノートンが冒険者という職業に抱いている感情は痛いほどに伝わってくる。
―――つまりは、そういう事だろう。
「だからさ……許せないんだよね」
彼の口調がそれまでとは一変する。
憧れや夢を語る希望に満ち溢れた感情が、ドス黒く醜悪なそれへ。
「いつまでも上を目指すつもりがない、危険を冒すつもりもない低級冒険者共」
歯を噛みしめる音が聞こえてくるほどの憤り。
「いつまでも虫遊びに興じて成長する意思のない愚物共」
心底から嫌悪しているであろうありったけの呪詛。
「そんな奴らのどこが冒険者なんだい? 目障りなんだよ、一人残らず死んで欲しいくらいに」
握り締めた拳がぎしぎしと音を立てている。
彼は本気だ。本気で成長する意思のない、危険を冒すつもりのない冒険者は死ぬべきだと思っている。理想と憧れ、それに反する者達の排除を是としている。
彼は死体を見て皮肉気なため息をついた。
「だからカララクの連中に手を貸した。目障りな冒険者をまとめて駆除するために」
「それは独善だ」
「違うよジグ。こんなものは独善ですらない、ただの理想の押し付けさ」
自嘲気味に言い切る。
止められるはずがない。ノートンは自分のことをよく理解していた。その上でこの凶行に及んだのだ。実力と強い目的意識を兼ね備えた、非常に厄介な犯人。
「百歩譲って、彼らが大人しくしてくれるなら僕もここまではしなかったんだけどね。奴らは自分たちより才能ある若者を見ると、必ずと言っていいほど妨害や下らない因縁を吹っかけていたんだ。まさに害虫だよ。 ―――シアーシャさんなら分かるんじゃないかな?」
ノートンは視線を移してシアーシャへ言葉を投げかけた。
「……そうですね。正直言うと、あの人たちがいなくなってスッキリしたのは事実です」
以前、刃蜂の討伐を受けた際に彼女はノートンと同じ様なことを言って揉めたことがある。
恐らく彼と同じように思っている者も少なからずいるはずだ。
「でも私、我慢しましたから。皆が皆、上を目指し続けられるわけじゃないって教わりましたから。私は私で頑張ればいいんです。こういうの、多様性って言うんでしたっけ?」
“だからあなたとは違うんです”と胸を張ってシアーシャは言い切った。
多様性―――他者との違いを認め、自らの理想や意見を押し付けず尊重する。
尊重までには至らなくとも、彼女は他人の意見や考えを"そんな奴もいる”程度に受け止めることができるまで成長していた。
理想を押し付ける人間と、不干渉を解する魔女がそこにはいた。




