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お待たせしました! 1月28日(日)から講談社マガジンポケット様で「魔女と傭兵」コミカライズ連載開始です! 渋くかっこいいジグと恐ろしくも可愛らしいシアーシャをご堪能ください!


挿絵(By みてみん)


 酒瓶が割れ、中身が床にぶちまけられる。宙を舞うパスタはまるで宇宙の渦を表現しているかのように芸術的で、それを彩る血の赤がとてもいいアクセントになっている。


「あれえ……どうしてこうなっちゃうんでしょう?」


 激昂して立ち上がった二人組の脳天に、空になった杯を叩きつけたシアーシャを皮切りに始まった乱闘騒ぎ。その中心で彼女は不思議そうに首を傾げた。


 床を突き破って現れた土腕が横合いから殴り掛かってきた男を打ち上げ、別の腕がその足を掴んで叩きつけた。板張りの床に人型の穴が開き、めり込んだ男は悲鳴も上げずにぐったりと動かなくなる。


「斬新な情報収集だね! いったい誰に教わったんだい!?」


 武器を抜こうとした男を優先的に殴り飛ばしながらノートンが声を上げた。お目付け役、と口にしたカークの言葉を今更ながらに実感しながら。


 シアーシャは取っ手だけになった杯を不思議そうに見ている。その合間にも魔術で生み出された土腕と盾が近寄る男たちをまとめて薙ぎ払っていたが、彼女に気にした様子はない。


「ジグさんですよ? でも杯で殴りつけるのは問題がありそうだから、頭から掛けたんですけど……お酒は浴びるほど飲みたいって人が多いから、正しいと思ったんですよね」


 無論、違う。

 以前ちょっとしたトラブルが起きた際に、ジグが情報収集しようとシアーシャを連れて酒場を訪れたことがある。紆余曲折あって最終的にそのような行動に出たのは確かだが、いきなり相手の頭に酒をぶっかける交渉手段などと説明してはいない。


 しかし常識を知らないシアーシャからすれば見たものだけが結果であり、最終的に聞きたいことも知れて問題も解決した。その後ジグがそれを訂正しなかったため、彼女はそれが正しい方法だと思い込んでいた。



「この糞アマぁ!! 二度とこの街から出れないようにぃ!?」


 口汚く叫んだ男が土腕に足を掴まれて持ち上げられる。逃れようと室内にも関わらず火の魔術を放つが、籠められた魔力が違いすぎて土腕の表面を焦がすのみだけに終わる。


「まぁいいか……無理に話せとは言いません。でもどうしても聞いて欲しくなったら、聞いてあげないこともないですよ? 先着三名です」


 今だけのお買い得ですよーと、市場で覚えた売り込み文句を披露する。


「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ! 俺たちに手を出したらタダじゃぁ……」

「もう出しちゃいましたよー」

「ぎゃあああああああああ!?」

 

 

 土腕が動き、掴んだ男を振り回し始めた。ぐるんぐるんと、風切り音を伴うほどに激しく。

 周囲の男たちをまとめて薙ぎ払い、我関せずと離れて見ていた客たちもついでに巻き込まれる。


「ちょお!?」


 ノートン達は慌てたように頭を守りながら床に伏せた。彼らの頭上を悲鳴と共に振り回される哀れな男が通り過ぎていく。


「あ、振り回しますので気を付けてくださいね?」


 今更のように注意を促すが、それに遅いという文句を言う間もない。既に危険な速度にまで達した男はその身で仲間を薙ぎ払いながら、様々な液体を撒き散らし始めていた。

 

「援護はいらなそうだね!? 僕たちは外で待っているよ!」

「はーい。少しだけ待っていてくださいね」


 巻き込まれては堪らないとシバシクルの面々が這ったまま店の外へ退避していく。匍匐前進しているというのにその動きは素早く、流石高位冒険者と思わず感心してしまうシアーシャであった。



 振り回された男は最初こそ悲鳴を上げていたが、何人かをその身で薙ぎ払う内に静かになっている。されるがままにだらりと伸ばされた腕はおかしな方向を向いていたが、シアーシャがそれに気づくことはない。


「とぉう!」


 どこか気の抜けた声と共に一際勢いをつけて放り投げられる男。人間フリスビーと化した男は回転しながら退避していた男たちへ直撃。加減なく投げられた成人男性の重量は複数をまとめて行動不能にした。



「クソがっ! 好き勝手しやがってぇ!! おい、大丈夫……え?」


 無事な一人が悪態をつきながら仲間に声をかけたが、反応がない。意識を失ったかと背を叩こうとすると、なぜかうつ伏せで倒れている仲間と顔が合った。

 

「死んでる……?」


 投げられた男は既に首の骨が折れて事切れていた。だらんとだらしなく垂れた舌は道端で死んでいる野良犬を思わせ、ぞわりと彼の背を粟立たせる。


 シアーシャに殺すつもりがあったわけではない。しかし冒険者でもないただのマフィアが彼女の暴力に曝されればこうなるのは必然であった。



「ええ……もう壊れちゃったんですか。ちょっと脆すぎません? 人によって強度が違いすぎると困るんですよねー。力加減がムズカシイ」


 わきわきと土腕を動かし、むうと悩むシアーシャ。

 あらぬ方向へ曲がった仲間の首を見て彼らは我に返る。酒や薬物で曇った頭が唐突に晴れていく感覚と、同時に湧き出る冷汗。


「ジグさんに怒られる……あ、でもこの街じゃよくあることなんでしたっけ。じゃあいっか」


 無暗に殺すなと口を酸っぱくして言われていたシアーシャは困ったように頬を掻いたが、先ほども道端に死体が転がっていたのを思い出して気にしないことにした。カークからも死人がでるのはしょっちゅうあることだと聞いていたので、罪に問われるようなことがないと知り胸を撫で下ろす。


 

「て……てめぇ、自分が何したか分かってんのか!? 組織に喧嘩売ったって事なんだぞ!?」

「そんなこと言われても……だって壊れちゃったんですもん」


 問い詰められ、少しだけ不貞腐れたようにそっぽを向いたシアーシャ。まるで失敗を怒られた少女のような愛らしい振る舞いだ。やったことに目を向けなければだが。


 彼女はどうしようか視線を巡らせたが、やがていいことを思いついたのか一人納得したように頷いた。


「……大丈夫。友達の偉い人もバレなければいいって言ってました。だから安心してください」


 騒ぎ立てた男が更に詰め寄ろうとした時、どん、と衝撃が走った。


「―――あ゛?」


 随分と声が出しにくい。そう思って口元を拭うと、粘性のある液体が袖を濡らす。

 意味が分からずに下を見れば、床を食い破った地の杭が男の胴を串刺しにしていた。



「―――バレないように、隠しちゃいましょうね?」



 まるで子供が悪戯を思いついたかのような表情で、囁くように声を潜めて嗤うシアーシャ。

 地の杭が、男の体を貫いたままに地面に引き戻されていく。顔を恐怖に歪ませた男が必死に床を掴んで抵抗するが、床下から湧き出た複数の土腕が男の腕を枯れ木のようにぺきりと圧し折る。

 心と体の支えを失った男が、絶望を滲ませながら床下へ飲み込まれていった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!??」

 

 大地に引きずり込まれ、無理やりに生き埋めにされることを悟った男がこの世のものとは思えぬ悍ましい悲鳴を上げる。やがてその悲鳴もすぐに飲まれて、ばきぼきと何かを咀嚼しているかのような音と共に消えていった。









「ノートン、いいのか? 彼女を一人にして」

「冗談言うなよ。僕は巻き込まれたくない」


 外に逃げた……もとい、情報収集が終わるのを待っているシバシクルの面々が顔を見合わせる。


「カーク=ライトが護衛ではなく案内役と言っていた意味が良く分かった」

「確かにな。しかしどうする? 奴らは恐らくカララクの……」

「ほんと、どうしようね……まさかいきなり酒ぶっかけるとは、僕も想像していなかったよ」


 人を見かけで判断してはいけないと彼らとて理解してはいた。だがジグとシアーシャを見て、彼女の方が危険人物だと見抜ける人物が一体どれだけいるというのだろうか。



「とりあえず、あいつらの吐いた情報次第かな。表で薬使うような下っ端だから、大したことは知らされていないはずさ。あの分ならすぐにでも口を割るだろうから、まずは……」




「いやあああああああああああああああ!?!?」


 話し合いの途中、突如として酒場の方から悲鳴が上がった。何が起きたのかと身構えれば、扉を開けて先ほどの客たちが我先にと飛び出している。



「ちょっとー! 逃げないでくださいよ!」

「いやだぁ!? 助けてくれぇええええ!!」


 その背後から伸びてきた土腕が何人かを掴み取って奥へ引きずり込んでいったが、全員を捕まえることはできなかったようだ。何人かが必死の形相で逃げていき、姿をくらませる。あれぞ火事場の馬鹿力というべきか、ノートン達冒険者から見ても速いと思わせる逃げ足であった。



「一体、なにが……?」


 視線を酒場の方へ向けるシバシクルの面々。引っ込んだ土腕と入れ替わるようにして姿を現したシアーシャが、困ったようにパンパンと手を叩いている。


「あちゃー……何人か逃げちゃいましたか。どうしましょう、バレちゃう……せめて掘り起こされないように深くまで埋めちゃいましょう」


 一人で何やらぶつぶつと言っている彼女。

 何が起きたのかとノートンが酒場の中を確認しようとしたが、バッとその前に彼女が立ち塞がる。


「大丈夫です! 何もありませんから!」

「……え? いやさっき捕まえた人たちから聞き出すんじゃ……」

「それっぽいお話は聞けましたよ? だから彼らには裏口から出て行ってもらいました!」


 とてもではないがそんな時間はなかったはずだ。

 しかし彼女は言い終えると土の壁で入口を完全に封鎖してしまった。


「そんなことより行きましょう!」


 あまりにもあからさまだ。

 あの分では相当痛い目に遭わせたのだろうと、ノートン達は勝手な想像をする。同情しないでもないが、彼らとて今まで清廉潔白に生きてきた人間でもないので今更だ。



「痛い目を見るくらいは、自業自得か……それで、何を聞けたんだい?」

「朝早くに大男が露店通り付近で暴れていたらしいですよ? きっとジグさんです!」


 ぐっと拳を握ったシアーシャが力説する。

 流石にそれだけで断定するのは早いのではないだろうかとノートンは思ったが、先ほどの情報収集(・・・・)を誰に教わったかを思えば否定はできなかった。


 既に歩き出しているシアーシャの後をノートンたちが追いかける。

 先ほどの騒ぎを見ていたのか、先頭を行くシアーシャは絡まれるどころか露骨に避けられていた。それに気づいた彼女は機嫌良く鼻歌を歌い始める。


「歩きやすくていいなー……冒険者は舐められたらお終いって、こういう事だったんですね」

「……」



 絶対に違う。

 ノートン一同そう思ったが、決して口にはしないのであった。


小説版「魔女と傭兵」三巻は3月19日発売です。


シアーシャが情報の集め方を学んだ事件が起きるとか起きないとか……?

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― 新着の感想 ―
倫理観マジカルで草
いわれのない風評被害がジグを襲う
>「あちゃー……何人か逃げちゃいましたか。どうしましょう、バレちゃう……せめて掘り起こされないように深くまで埋めちゃいましょう」 そんな、お前犬が玩具を埋めるみたいなノリで…
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