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明けましておめでとうございます。
「魔女と傭兵」を今年もよろしくお願いします。
「ファミリアに武器は余っているか?」
一通りの情報を聞き終えたジグは物足りない背中を意識し、ふと思いついてクロコスに尋ねてみた。マフィアと言えば酒、薬物、賭博など、その他諸々手広くやっているが、その中には武器の密輸もある。
詳しく調べたわけではないが、ストリゴにある鍛冶屋の質が高いとはとても思えない。粗悪品を掴まされるかもしれない鍛冶屋よりも、マフィアの方がそれなりの品を持っている可能性は高いとジグは踏んだのだ。
「ある」
「冒険者用の物は?」
即答したクロコスに重ねて問うと、わずかに目を細めて舌を覗かせる。
「……多少はある。だがお前の求める質からは程遠いと思うぞ?」
予想通り、ファミリアでは魔獣素材を使った武器を取り扱っているようだ。
冒険者用の武器を持つ彼らが、なぜカララクの冒険者相手にそれを持ち出さないのかという疑問は当然出るだろう。
だが彼らにとって、安くとも数十万は下らない武器など手に余る代物なのだ。それ一本で鉄製の剣が十や二十は買える。どれだけ強かろうと一本の剣で出来ることには限界があり、資金は無限に湧いてくるものではない。一人に戦力を費やすよりもその金を元手に稼いだ方が余程利口なのだ。重要人物や、特に戦闘能力に秀でた者へ持たせてはいるだろうが。
「構わない。丸腰よりはマシだ」
そう言い切ると、尾を揺らしたクロコスが金貨の山を二つ指す。ジグは首を振って一山だけを相手側に差し出し、代わりに取り出した腕輪型の魔具をゆっくりとクロコスへ放った。
輪投げのように尾先で受け取ったクロコスは眇めるように内側に刻まれた魔術刻印を見る。
「籠められた魔術は?」
「岩槍。サイズと威力は……俺が吹っ飛ぶくらいだ」
「ほう」
冗談めいて言うと、面白そうに口元を歪める。ジグの巨体を見て喉を鳴らしているあたり、中々の品なのだろう。
しばらく確かめるように弄りまわしていたが、満足したのか部下の一人に放る。
「レナード」
「へいオヤジ」
呼びつけられてすぐさま駆け寄る狐亜人。クロコスはそちらに視線を向けることなく、尾で金貨の山を引き寄せながら命じる。
「案内してやれ。三級品までなら好きに選ばせろ。……それと、今回の不手際は不問とする」
「……ありがとうございます」
相手が悪いと、言外にそう告げたクロコスへ謝意を示し頭を下げるレナード。再び頭を上げた彼は顎をしゃくって付いてくるようにジグ達へ伝え、奥の扉から退室する。後を追って席を立つジグとシャナイア。
「世話になった」
「……待て」
それだけ告げて客間を後にしようとしたジグに声が掛かる。彼は視線を宙に彷徨わせ、赤い眼を物憂げに細めた。
「俺たちの呼び名、誰に聞いた?」
「……」
「鱗人と言う呼び名は……いや、亜人という種にそれぞれ呼び名があることなど、ほとんどの人間は知りもしない。知ろうともしない。お前はどうやって、それを知った?」
「……それを聞いてどうする?」
はぐらかすような質問返しに、しかしクロコスは怒ることなくため息をつく。そうしている姿は先ほどまで見せていた組織の長としてのものではなく、知り合いの鱗人によく似ていた。
黒く傷ついた鱗は歴戦の証と言うよりも、ただ受けてきた傷を際立たせている。
「さぁ……どうしたいんだろうな?」
答えになっていない答えだ。だがそれ故に、彼の本心が詰まっている……そんな気がした。
ジグは無言で彼の横を通り過ぎ、扉の前で止まった。
「友に聞いた」
「……友?」
背後から聞こえた声にクロコスが肩越しに振り向いた。ジグは背を向けたままドアノブを握り、続ける。
「―――鱗人の、友だ」
レナードに連れられて屋敷を進む。癖で建物の構造を記憶しながら歩いていると、やめてくれと注意されてしまった。仕方なく揺れる尾を見ていると、シアーシャが狼の尾を掴んではしゃいでいたことを思い出して苦笑する。彼女なら大喜びで、詫びと称してレナードの尾を切り取っていたかもしれない。
「……っ?」
獣の感覚で不穏な何かを感じ取ったのか、レナードが身を震わせていた。
屋敷の外れにある地下へ続く階段を降り、倉庫の様な部屋に案内される。
地下でありながら広い空間は建築に魔術を活用したのか、ジグの知る物よりも随分と進んでいる。
「思ったよりも寒くはないな」
むしろ外よりも気持ち暖かいかもしれない。
見ればいくつも部屋があり、棚には瓶などが大量に保管されている。
「ワインカーヴも兼ねてるからな」
「……魔術か魔具で温度調整できないのか?」
「維持費が掛かり過ぎちまうよ。一定の温度を保ち続けるのって思っている以上に大変なんだぜ? 穴掘って適温になるんなら、その方がずっと楽さ」
「そういうものか」
雑談をしながら一番奥にある倉庫へ。レナードが特殊な材質をしている丈夫そうな鍵を外して中にはいる。
中にはいくつもの武具が並んでいる。客に見せる目的ではないために飾っているわけではないが、それでも魔獣の素材を用いた武具は圧巻だ。
「うわぁ、結構あるねぇ……」
「えーっと、三級品はあの辺からだな。木箱に入っている奴には触れないでくれよ。今度こそ剥製にされちまう」
レナードの注意を聞き流しながらいくつもある武具を物色し始める。
三級品と言われると質が悪いように聞こえるかもしれないが、見た所劣悪な武器という訳ではなさそうだ。単純に価格帯の事を言っているのだろう。
「……軽い物が多いな」
いくつか手にしたジグがこぼすように、この倉庫には軽~中量級の武器がほとんどであった。槍もあったが、片手用の短槍だったり細身の物が多い。
ジグが不満そうに見れば、レナードが然もありなんと頷いて倉庫を見回す。
「売り側として考えりゃ、小さくて高く売れる方がいいからなぁ……旦那が満足するようなでかい武器は需要がね?」
「ボクからすると十分大きいけどなぁ。足りないリーチは籠められた魔術で補えば?」
「……そっちのはどうなんだ?」
シャナイアの提案はもっともだが、それが出来れば苦労はない。
話を逸らすように目に映った武器を指してみる。まるで掃除用具を詰めるかのような雑さでいくつもの武器が木箱に突っ込まれていた。それなりに大きな武器も見受けられる。
「ああ、そっちは四級品……単品で二、三十万しないような安物を詰め込んでるんだよ」
“ちなみに三級品が百万ね”と先ほどジグが物色していた武器棚を指すレナード。
「……雑過ぎないか? 多少安くともこれだけあれば結構な金額になるだろう」
「中古なんだよ。売っても元値の三割行くかどうかだし、魔術刻印もろくすっぽないうえに結構重いからみんな使うの嫌がるしで肥やしになってんだ」
なまじ冒険者用として鍛えられたから頑丈さを要求され、されど価格を抑えるために重量が増しているという。中古とは言ったが、安物買いをしてほとんど使われずに売られた品もあるようで状態は悪くない。研げば十分使える範疇……どころか、これでも最初にジグが使っていた鉄製の双刃剣より物がいい。
「これは何の素材なんだ?」
「さぁ? 三級品以上じゃないと客も素材情報とかどうでも良くて……え、まじ? 旦那こんな雑武器でいいの?」
本気かと尋ねるレナードを無視して、突っ込まれていた武器の中から比較的状態のいいものを選んでいくつか抜き出す。並べられたのはやや細身の大剣二本と、穂先が黒ずんでいる斧槍だ。
「ふぅん。これ黒曜鋼だね」
「知っているのか?」
武器を見たシャナイアは武器の素材について何か知っているようだ。色の名を冠する鉱物は特殊だと以前聞いていたので、ジグが期待に満ちた目を向ける。
「まぁね。硬いけど重い、ただそれだけが特徴。しかも魔力伝導率が悪くて武器にも防具にも嫌がられるって面倒な品。槍の先端とかに使う分には安価で頑丈だから悪くないんだけどぉ……加工の手間を考えれば別の素材使った方がよっぽどいいねぇ。大きい武器ばっかりなのもそのせい」
“漬物石とかにはいいんじゃない?” とシャナイア。
やはりそう上手い話はないということか。安い武器には安いなりの理由があるという訳だ。
だが十分だ。万人にとって不満のある武器であろうと、必ずしもジグにとって不都合ということにはならない。硬くて重くて大きい。それだけあればジグにとっては良質な武器足りえる。
「問題は、どちらにするかだが……」
「斧槍はやめた方がいいねぇ。なに斬ったのか知らないけど、穂先が腐食しているよ」
彼女の言う通り、酸か何かで黒ずんだ穂先は耐久性に不安がある。
となると大剣の方か。どちらかといえば斧槍の方が扱い慣れてはいるが、破損の恐れのある武器よりはいいだろう。
「えぇ……マジでそんなのがいいの? なら両方持ってきなよ」
どちらがより状態がいいだろうかと両手に持って大剣を見比べていると、諦めたように投げやりにレナードが言った。
「いいのか?」
「あんまり安いの渡したら俺がオヤジに怒られるっての。それ二本なら、あー……そっちの防具も一個選んでいいんじゃないかな? 多分」
そう言って、やはり木箱へ雑多に詰め込まれた防具を指す。
多分という言葉は気になるが、彼がいいと言ったのだからいいのだろう。駄目なら責任を取って貰うだけだ。
「そういう事なら遠慮なく」
装備は命に直結する大事な仕事道具だ。選べると言うのならより良いモノを選ぶに限る。
ジグはいつになく真剣な顔をして木箱を漁るのであった。
失地騎士の大剣イメージです。




