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お待たせして申し訳ない……その分、三巻の加筆部分はお楽しみに

「あ、おかえりぃ」


 食べ終えたシャナイアがゴロツキを片づけて帰って来たジグを迎える。


「怪我はない?」

「あの程度の相手に手間取るようなら、俺はとっくの昔に死んでいる」


 ましてや相手は栄養も満足に足りていない素人だ。治安の悪い街で多少は荒事を経験しているだろうが、相手が悪かった。

 三、四人を大袈裟に殴り飛ばしただけで残りは逃げていった。致命傷も負わせていない。


「シャナイア、こいつを売りさばける店まで案内してくれ」


 兎にも角にも金だ。次に武器。

 いつまでも丸腰と言うのは良くない。先ほどの様な輩に絡まれる原因になる。ああいった無用な争いを避けるために威圧的な武器は必要なのだ。

 それに防具こそ付けなくとも外出時は基本的に双刃剣を背負っているのが常であった。背中に武器の重みがないというのはどうにも落ち着かない。それが見知らぬ場所、勝手の知らぬ街であるならば尚更だ。


「いいよぉ、行こうか……あ、ちょっと待って。それは捨てないでぇ」


 拳に巻いていた襤褸布を捨てようとしたジグにシャナイアが待ったを掛ける。


「む、何かに使っていたか?」


 それなら申し訳ないことをした。事前に汚れる旨を伝えておくべきであった。

 そう考えていると、シャナイアは困ったように笑った。


「それ、僕の胸に巻いてたさらし」

「……そうか」


 先ほど生暖かったのは胸元に入れていたからではなく、胸を入れていたからという訳だ。

 胸元を押さえたシャナイアを見て、自分の手にした襤褸切れを見る。襤褸切れは血に汚れ、お世辞にも清潔とは言い難い。

 わざわざ捨てるなと言ったからには替えなど持っていないのだろう。



「予定変更だ。先に服屋へ行くぞ」

「え、え? どしてぇ……?」


 この流れで疑問が先に来るあたり、日頃誰かに施しを受けるような生活をしてきたわけではないのだろう。

 正直、疑問だ。彼女が魔術を使えばこの街でもそれなり以上の生活ができるし、それだけの力を持っているはず。だというのにあえて貧困に任せているのはどういう事だろうか。

 考えても答えは出ない。ならば今は後回しだ。

 手にした襤褸切れを捨て、戸惑う彼女に構わず歩き出す。


「あ、モッタイナイ……」


 血に汚れた襤褸切れを未練がましく見つめるシャナイア。一瞬迷ったように視線を向けたが、やがて先に進むジグを追いかけて駆け出した。


「まだ使えたのにぃ……」

「替えは用意する」


 言葉少なに脚を動かす。

 別にジグとて、潔癖症と言う訳では無い。血に濡れた服くらいで騒ぐほど繊細でもない。

 それでも、と。横目でシャナイアを盗み見た。

 纏った襤褸だけではスースーするのか、胸元へ手を当てて押さえている。




 昨夜見たあの裸身。

 月夜を浴びて白く輝く無垢なる体。

 一瞬とはいえ目を奪われたあの美しい肢体に、薄汚い男の血を付けるのは……とても良くないことの様な気がした。


 それだけだ。







 二人が訪れたのは古着屋だ。

 この街にちゃんとした仕立て屋などあるはずもない。いやあるにはあるが、市民向けではなくマフィア御用達の高級店くらいしかない。当然、そんな金などない。

 こういった街では仕立ての不要な仕事着などの汎用的なものは新品もあるのだが、普段着などは主に古着屋で済ませる者がほとんどだ。

 もう少しいい店を探せばマフィアや金持ちから流れてきた華美な服もあるのだが、やはり安くはない。

 その中でシャナイアが着れて、かつ比較的作りが良くて安いものとなるとあまり多くはない。


「にしても、これは色々思う所があるなぁ……」


 苦笑いをした彼女が纏うのは黒を基本とした修道服。どこぞの教会から流れてきたのか、比較的綺麗で作りもしっかりしている。下着と靴、服までを一式揃えた彼女は傍から見ると見事な修道女だ。


「気に入らんか?」

「買ってもらう身でそこまで文句は言わないよぉ。ただ、僕が神に祈る立場の服を着ていることがおかしくてねぇ?」


 シャナイアが裾を摘まんでひらひらと動かしながらジグを見た。

 悪戯っぽく笑うと両手を組んで、祈りを捧げるかのようなポーズをとる。


「似合っているかい?」

「……ああ」


 紫紺の髪と金の瞳は意外にも修道服に良く合っている。少女らしい体を包む修道服は容姿も相まって魅力的だ。清楚と言うよりは妖しい魅力を発していると感じるのは彼女が魔女なせいか、それとも魔女だと知っているせいか。


「なんか色々お金出させてゴメンね?」


 ジグとてそこまで金があるわけでもないので、最低限揃えるだけで十分だと考えていた。単純にこの修道服が安かったのだ。服の作りは悪くなく、そこまで着古してもいないのに何故安いのかと店主に問うと皮肉気な視線を向けられながら、


「この街で修道服なんて着て歩いてれば運が良ければ強姦、悪けりゃ殺されても文句は言えないよ。あんたみたいなおっかない男がついてるか、外に出ないこったね。あ、うちは返品不可だから」


 と言われた。当然、買ってからの後出しである。

 もう一着買うような金もなく、シャナイアとて見た目通りの無力な女子供と言う訳でもないからいいかと妥協したのである。


「年頃の娘を裸同然で連れ回すほど俺も鬼ではない。貸しにしといてやる」

 

 本気で取り立てるつもりもない、半ば口癖の様な言葉だ。

 しかし貸しと聞いたシャナイアは何を勘違いしたか意味ありげに笑みを浮かべ、肩をすり寄せてきた。


「ぁん……そういうことぉ? 修道服を着させてなんて、ジグ君も好きだねぇ。綺麗なものを汚したいのは、男の性だもんね?」


 戯言を抜かしながらこちらの腕を指でツンツンする色呆け魔女。なにがあんだ。

 その細い肩をがっしりと掴み、凶悪な笑みを作って低い声を出す。


「……あぁ、最近は水責めにハマっていてな。逆さ吊りにして泣き喚く姿を見るのが好きなんだが、付き合ってくれるか? 激しい夜にしよう」

「ごめんなさい」


 身の危険を感じ即座に謝罪するシャナイア。そこで退くくらいなら最初からやらなければいいものを。

 だが彼女の肩を抱く手は緩めず、当然彼女の非力な体では逃れることができない。


「……あ、あのジグ君……もしかして、まじぃ?」


 冗談だよね? とシャナイアが視線を向けるが、ジグは真剣な顔のままだ。

 いよいよ冷や汗が滲む顔で身を捩るが、その程度で解けるような筋力差ではない。


「あ、あの……僕も誘った手前お礼するのは吝かじゃないけどぉ、流石にそれは激しすぎるかなぁって……二人で初めてするんだし、もうちょっと浪漫とか」

「騒ぐな色呆け娘。……後ろを見ろ」


 声を押さえてそれだけ言えばシャナイアはすぐに察したのか、大人しくなる。

 肩に回した手を頬へ動かしこちらへ顔を向けさせ、シャナイアの視線を不自然ではない仕草で誘導。傍目には男女が睦み合っているようにしか見えないだろう


「奴に見覚えは?」


 シャナイアもこういった街で過ごしているだけあって慣れたものだ。顔ではなく視線のみを動かし後ろを確認する。……片手でこちらの尻をさすりながら。

 割と本気でイラっとしたが、振りほどいて気づかれるわけにもいかない。


「……ふぅん、亜人かぁ。見覚えはないけどぉ、どこの組織かは見当がつくよぉ」


 シャナイアが言う通り、尾行しているのは亜人だった。赤茶色の毛並みをした狐のような顔つきをしている亜人だ。彼は近くにある露店へ興味を示したように店主と話しているが、ピンと立った耳が時折こちらへ向けられている。

 距離は十分ある。周囲の雑踏もあり普通であれば聞こえるはずもないが、相手は亜人だ。わざわざあの距離を保っているということは聞こえるのだろう。

 その証拠にこちらが声を潜めると耳が動く回数が増え、店を眺めながら少しずつ距離を詰めてくる。


「歩きながら話そう」

「……」


 行こうかぁ、と尻を揉んで促すシャナイア。いやらしいというよりは、中年親父の不快な手つきという感覚を覚えるのは何故だろうか。肩を握り潰してくれようか。


「この街は寛容でねぇ。亜人だろうと何だろうと、力と金さえあれば正しい」

「なるほど。実に平等で素晴らしいな?」


 治安が荒れ、人に余裕がなくなった無法地帯でこそ彼らが対等に扱われるとは皮肉な話だ。周囲全てが敵ならば、種による差別など三の次ということだ。


「そうは言っても、やっぱり同族意識ってのは消えないものでねぇ。この街で亜人が属している組織は基本的に一つだけだよ。“ファミリア”……ストリゴで唯一、亜人を主体として構成されたマフィアさ」

「で、そいつがなぜ俺たちを探っている?」


 まだこの街に来て二日。先のゴロツキを蹴散らした以外にはさして目立ったこともしていないはずだが。


「それは簡単さぁ。ジグ君がカララクの連中を倒したからだよ。目下この街で次の頭に一番有力視されている組織だからねぇ……そこの組員を始末した奴がいると分かれば、調べないわけにもいかないだろぅ? 益となるか害となるか、調べに来たんじゃないかなぁ」

「もう嗅ぎつけたのか。昨日の今日だぞ」

「ジグ君は外見が特徴的すぎるからなぁ……亜人よりでかい男って条件で探せばすぐだと思うよ?」

「なぜカララクではなくファミリアが出てくる?」


 カララクが探しているのならまだ分かる。自分たちの仲間が連絡を取れなくなって調べるのは当たり前の行動原理だろう。しかしファミリアが先に現れるのはどういう事だろうか。


「その辺はホラ、耳の良さが違うんじゃないかなぁ」


 手を頭に持っていきぴょこんと耳を模すシャナイア。金の瞳と相まって実に似合っている。愛らしいと言ってもいい。空いている手でこちらの尻をこねながらでなければだが。


「一応聞いておくが、お前の言う“強い人”には亜人も該当すると考えていいのか?」

「そうだねぇ。特に種の指定はないけどぉ……ああ、そうだ言い忘れてた。亜人でも狂人でもいいけど、男の人で頼むよぉ」

「……了解した」


 何のために、と聞くような真似はしない。必要があるなら彼女から話すだろうし、聞いたところで何が変わるわけでもない。意図の読めない依頼だろうと、受けた以上はやるだけだ。


「で、どうする? あの狐君、焦れて距離詰めてきたけど」

「古今東西、追跡者への対応など相場が決まっている。……気取られた追跡者の末路もな」


 ジグはそう言うと、肩を抱く手を引き寄せてシャナイアを暗がりへ連れ込んだ。


このライトノベルがすごい2024にて、


文庫部門28位

男性キャラ:ジグ18位

女性キャラ:シアーシャ19位

WEBアンケート:新作最高順位


という結果になりました。まだ二巻の段階でここまでランクインできるとは……

これも皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
>>修道服は容姿も相まって魅力的だ。 なるほど
[一言] この状況で前からシアーシャが来たら面白かったのにw
[気になる点] 男限定ってことはシャナイアの魅了?の魔術は男にしか効かないんだろうか ジグが無効化できたのは魔力がないからとか?
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