閑話 偶然、あるいは奇跡の産物
発売記念SSです! 時系列的には二巻の後くらいになります。
とある日の夕方。
ジグは街の酒場で一人晩酌をしていた。
場所は繁華街にある冒険者御用達の大衆酒場。店内は夕食にはまだ早い時間だがそれなりの賑わいを見せていた。
冒険者は専用の酒場を使わなければならない、という決まりがあるわけではない。しかし一般人からすれば、恐ろしい魔獣との戦闘ができる人間は十分に脅威の対象なのだ。実際、冒険者の中には粗暴な振る舞いをする者もいる。
無用な諍いや酒が入ったことによる事故を避けるためにも、酒場には暗黙の了解といえる住み分けがあるのだ。
そう言う事情もあり、ジグも酒を飲むときにはこういった店を選ぶことが多い。彼は冒険者ではないが威圧的な風貌をしている自覚はあるため、無用な諍いを避ける配慮だ。
「……たまには、な」
ジグは酒が好きだが、腰を据えて飲む頻度はそう多くはない。取り立てて理由があるわけでもないが、仕事を終わらせた後など何かの区切りに飲むことが多いのだ。
先日片づけた賞金首関連の仕事のおかげで懐も温かいため、今夜くらいは多少贅沢をしても許されるだろう。
晩酌というにはつまみの多いテーブルは一見するとただの夕食にしか見えないが、本人としてはたしなむ程度に収めているつもりだ。
そうしてジグが一人で楽しんでいると、それに気づいた一人の冒険者が近寄って来た。
「よぉ、ジグじゃねえか!」
声の方を見れば、禿頭の大柄な冒険者がいた。いかつい見た目とは裏腹に人好きのする笑顔のベイツは、豪快に笑いながらジグの対面に座った。
「一人か? 邪魔するぜ」
返事をする前からどっかりと座り込むベイツ。そういった行動を不快に感じさせないのは彼の人徳だろう。
「構わんが、何か用か?」
「用ってほどじゃねえけどよ……そうだな、この前の礼に一杯奢らせてくれよ」
ベイツはそう言って店員にジグが飲んでいる酒を追加で二杯頼んだ。
一般的な麦酒のため、すぐに注文が届くのもこういった店の利点だ。
「しっかし、何でまたこんな端っこに居るんだ?」
届いた杯の片方を豪快に飲んだベイツが口元の泡を拭った。それに倣ってジグも酒を呷る。
冷えた麦酒は心地よい喉越しと共に胃の中へ流し込まれる。
ジグはあまり麦酒が好きではなかったが、この大陸に来てからはその認識が大きく変わった。氷の魔術で良く冷えた麦酒は臭みも気にならず、蒸留酒と比べて軽いので次々飲めて喉越しもいい。
「店員にやんわりと“でかくて邪魔だから端に行け”と言われてな」
肩を竦めて言ってやると、ベイツは苦笑しながら後頭部を掻いた。
「俺もだぁ……」
「ふっ」
二人は同時に噴き出すと、ひとしきり笑い合う。
そうしてしばらく世間話をしながら酒を楽しんでいた二人だが、時間が経って酒場が混んでくると状況は一変する。混雑してきた店内では冒険者たちが今日の仕事や仲間の無事を労い合っており、それ自体は一般人と比べて何らおかしなところはない。年嵩の冒険者は酒との付き合い方を心得ている者が多く、滅多なことにはなりづらいためだ。
問題はごく一部の飲み方を知らぬ、酒に飲まれた若者たちであった。
「らからぁ、ジグを倒すには数が必要にゃんだってば! 囲んで槍でつつく、これしかない!」
「いえ! あにょ男に半端な数など相手の肉壁を増やすだけの愚行に過ぎません! 必要なのは徹底したみゃあい管理と飛び道具!」
酒に酔った二人の冒険者が大騒ぎをしている。それはいい。よくあることだ。
騒いでいる二人は実は顔見知りだった。これもまあ、よくあることだ。
大騒ぎしている話の内容が“如何にしてあの男を仕留められるか”というもの。これが問題だ。
「何やってんだよあの馬鹿娘共……」
折角の酔いが吹っ飛んでしまったとベイツが頭を抱えた。
見覚えのある冒険者二人組、セツとミリーナは据わった目で激論を交わしている。
彼女たちはジグを殺すにはどのような戦法が有効かを真剣に議論している。周囲もいい具合に出来上がっているため、それを諫めようとする者もいない。
若く見目の良い少女が二人で飲んでいれば少なからず男が寄っていきそうなものだが、その魅力を上回る程度には話の内容が酷い。
少し前はベイツの身なりが中年臭いだのと好き放題言っていたが、二人は中々に酒乱のようだ。
なお、決して若者全てが酒の飲み方を知らないわけではない。むしろ大半の若者は騒ぐ二人を見て、自分はああはならぬよう気を付けようと自戒するほどに二人は乱れていた。
「……あ、おい見ろよ!」
「あの長耳に白髪……!」
そんな時、ざわりと酒場がどよめいた。
何が起きたのかと視線を向ければ、またしても見覚えのある冒険者が出てきた。
民族衣装に身を包み、白髪を揺らして歩く武人。
笹穂状の長い耳が特徴的なギルドきっての二等級冒険者、イサナ=ゲイホーン。
彼女が来たのならばこの場を収めてくれるだろう。
ジグとベイツにそんな期待の視線を向けられていることも知らずに、彼女は未だに騒いでいる二人のテーブルに勢いよく掌を叩きつけた。
「―――あなたたち、面白そうな話をしているわね?」
その女剣士は美しい白髪を靡かせ、腰に下げた鞘を撫でて高らかに告げる。
「わたすも混ぜなさい!」
何故かべろべろに酔っぱらっていたイサナは二人と意気投合したようで、しきりにジグ殺害方法の意見交換をし始める。そこには二等級冒険者の威厳など微塵もない。
「なんて使えない女……!」
「失望したぞ、イサナよ……」
勝手に期待して、勝手にそれを裏切られた男二人は小声でイサナを罵倒する。
幸い酒場の喧騒はヒートアップしており、如何に彼女でも酔った状態でそれを聞き取ることはできなかったようだ。
赤青白の飲んだくれ三人娘たちはすぐ近くに当人がいることにも気づかず、更に酒を呷り混沌とした女子会を続けている。
「……人気者じゃねえか、ジグ?」
「……身なりを何とかしろとさ、中年冒険者?」
二人は互いをなじり、その不毛さに気づくと項垂れて同時に杯を呷った。
「実際どうなんだ?」
「なにがだ?」
もう知らぬとばかりに酒を追加したベイツが、親指で背後の騒々しいテーブルを指す。
「お前さんの倒し方だ。あってんのか?」
「……何を言うかと思えば」
空になったシチューの容器を持ち上げて店員にお代わりを促したジグは、ため息をつきながら魚の塩漬けを硬い黒パンに挟んだ。
「囲んで槍で突かれたり、剣の届かぬところから矢を射かけられてお前は平気なのか?」
「……そらそうか。俺でも死ぬわ」
ジグはそういうことだと視線で答えながらパンにかぶりついた。
「―――にしても、お前イサナともなんかあったのか? あいつが個人に執着してるのなんて初めて見たぞ」
えらく物騒な執着だけどよ、と串焼きを齧りながらベイツ。
ジグは当時のことを思い出し、ため息とともに杯を呷った。
「……色々あってな。肩に穴を空けられた上に、武器まで壊された」
「それ色々の一言で片づけていい話か……?」
食べ終えた串で行儀悪くジグの肩を指す。
言葉は濁したが、ジグとイサナが命のやり取りをしたことくらいはベイツにも察せられた。二人の実力を考えれば、今こうして何事もなく両者が酒を飲んでいることはどれほどの幸運の上に成り立っているのだろう。
そしてそれはベイツや、あそこで騒いでいる赤青娘たちにも言えることであった。
―――偶然か、あるいは奇跡の産物か。
「何が起きたらそうなるんだよ」
「お前たちと同じで、もう済んだことさ」
「ジグにそれ言われると、俺からは何も言えなくなっちまうだろうがよ……」
ベイツは悔しそうにそう言うと、追加の酒を頼むべく空の杯を掲げたのだった。
各種店舗特典SSには、この夜に至るまでの各キャラクターの行動が書いてあります。
群像劇的なものですね。
どの特典もそれひとつで完結しておりますのでご安心を。




