表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と傭兵  作者: 超法規的かえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

150/279

148

 向かい合った二人が互いの隙を探ろうと睨み合う。

 刺突剣エストック使いの男は不規則に剣先を揺らして誘うように。ジグは双刃剣を動かさず、泰然と機を待つ。


「―――」



 先に動いたのは男の方だった。


 呼気も、踏み込みの音もなく、滑るように前に出る。

 いつの間にか詰めていた後ろ足に重心を移し、前足を押し出すようにして上体を動かさずに距離を詰める。並の剣士ならば正面から見据えていても気づくのが遅れるであろう、間を外した意識外から迫るような踏み込み。

 下げた剣先が鋭く跳ね上がり、ジグの手元を狙う。


「……ふん」


 しかし男は突如剣を止めて下がる。前に出した足を後ろに滑らせ、上体を逸らした。

 その顎先を赤黒い刃が通り過ぎる。

 剣風が男の不満そうな顔を撫で、その威力を知らしめるように髪を揺らす。

 回避に移らなければ、刺突剣が届くよりも先に男の顔がなくなっていただろう。


 言わずもがな、刺突剣と双刃剣では後者の方が圧倒的にリーチが長い。

 踏み込みの足運びと腕を伸ばした刺突で補って、ようやく互角といったところか。当然そんな攻撃は隙も大きく、仕留め損なえば返す刀で倒されるのは男の方だ。当然、刺突剣の細い刀身であの巨剣を受けるのは論外。


 男は自分の足運びには自負があった。振るわれる剣刃を搔い潜り、これまで数多の邪魔者を刺し殺してきた独自の歩法。


 だがそれが通じないであろうことは最初から分かっていた。

 対峙した瞬間から感じるかつてないほどの威圧感。それだけの実力を持とうとも油断をまるで感じさせない堅実な構え。老練さすら漂わせている視線には熟練の暗殺者に近いものを感じさせる。

 それでいてあの怪力は反則だろうとすら思う。


 だが、付け入る隙がないわけでもない。

 眼前を通り過ぎる刀身を冷静に見送った男はそう結論付ける。


 まともな人間なら怯むほどの剣圧。それを受けても男は動じず、通り過ぎた瞬間に動く。

 下げた前足を再びスライドさせて前進し、合わせてたたんだ右腕のバネを解放。

 剣先が霞むほどの速度で繰り出された刺突は、双刃剣を振りぬいた隙を的確に捉えた。


 大きな武器は威力とリーチに優れる分、隙が大きい。

 当然それを補うすべも心得ているだろうが、男の刺突はそれすら間に合わぬほどの速度を誇っている。


 まずは一手。

 腕の肉を裂く軌道にそう考えていた男は、しかし甲高い音と共に腕が持ち上がる感覚に目を剥いた。


「っ!?」


 ジグは振りぬいた上刃を無理に返そうとせず、下刃をかちあげることで男の刺突剣を弾いていた。


「くっ……!」


 男は考えるより先にその場を飛びのき、続く左の後ろ回し蹴りを躱す。

 動揺は一瞬。着地と同時に乱れた思考は整えており、冷静に相手の戦力に修正を加える。


 想定よりも速い。

 重量武器の割には半端なリーチをしていると思ったが、なるほど。両刃とはこうも厄介なものなのか。

 振り回せさえすればという但し書きはつくものの、威力とリーチに優れて隙も補える。

 だがその分―――


「身体強化に手一杯で魔術を使う余裕はないと見た」







 外れた回し蹴りの勢いを下刃で床を抉ることで止める。

 木製の床の表面を削りながら上刃を相手に向けて牽制するのも忘れない。


「……当たらずとも遠からずとは、こういうことを言うんだろうな」


 蹴りを躱し切った相手を油断なく見据えながら、ジグがそうこぼした。


 相手の攻撃の鋭さには驚かされた。助走も付けない自然体からあそこまでの剣速を生み出すことは、ジグにはできない芸当だ。

 大剣や長剣では対処できないほどの使い手だが、双刃剣ならばなんとか間に合う。独特の歩法は厄介だが、ジィンスゥ・ヤの武人たちが使うものと性質が似ているため初見でないのも大きい。


 単純な白兵戦ならばこちらに分があるだろう。だが、それは相手も理解しているはず。

 それでも退かないということは、何かしら手がある可能性が高い。

 相手の本領が正面からの一騎打ちでないことは明らかだ。



 男が動いた。

 先ほどまでの滑るような足取りとは違う、前に自分を打ち出すかのようなステップ。

 動きの変化に警戒を高めるジグだが、彼の感覚が攻撃魔術の刺激臭に気づいた。


 床を蹴り大きく後ろに下がると、正面に放射状の炎が奔る。

 男とジグの間を火炎放射が一時遮った。

 先ほど男が庇った魔術師は木造の建屋が燃えるのにも構わず、高火力な術での援護を選んだようだ。


「迂闊だな」



 術の選択を間違えた男に、標的を変えたジグが走る。

 先に横やりを入れてくる魔術師を始末するべく、双刃剣を振りかぶった。刺突剣の男は魔術師自身が生み出した炎で遮られていて援護に来れない。




 だがそれは、ジグの常識での話だ。



「ッ!?」


 刺激臭と殺気。

 同時に真横の炎の壁が揺らぎ、小さな穴が二つ開く。

 咄嗟、勘に任せて穴の開いた直線上を手甲で薙げば、軽い感覚と共に表面が傷ついた。


「ハッハァ!」


 直後、炎の壁を割いて男が現れる。

 炎を割いた左手に持つ短剣は淡い光を帯びている。何かの魔具のようで、先ほど感じた刺激臭もあれによるものだろう。

 右手に持つ刺突剣も、今まさに魔力を注ぎ込まれてその力を解放しようとしていた。


「ちぃ!」


 左手は先ほどの飛来物を防いだために双刃剣から離れており、右手一本で肩に担ぐようにしている状態。片腕で双刃剣を間に合わせるのは不可能だ。

 迫る男にそう判断したジグは咄嗟に、振り抜いた左手で腰のナイフを抜くと全力で刺突剣の軌道に叩き込む。

 腕が軋むような衝撃と共に、耳障りな金属音を立てて逸らされた刺突剣。

 ただの突きがあまりにも速く、重い。

 頑丈さを売りにしている剥ぎ取り用の分厚いナイフが、大きく削り取られながらもその役目を果たす。

 卓抜した腕前の剣士と強力な魔具の組み合わせは、ジグをして舌を巻くほどの厄介さだ。


 止めたとは言っても、刺突剣の小回りは双刃剣の比ではない。

 男は必殺の一撃が凌がれたことにも驚かず、引き戻した刺突剣ですぐに次を放つ。

 ジグは刀身を削られたナイフを放り捨て、胸を狙った突きを双刃剣の腹で受け止めて距離を取った。

 下がったジグへ男が左の短剣を振るった。当然間合いの外だが、鋭い風切り音が二つ迫るのをジグは感じ取っていた。


 相手の短剣の軌道を読み、その延長線上に双刃剣をかざす。

 空気が弾けるような乾いた音が二つ鳴り響いた。魔力で生み出された風刃は血晶纏竜けっしょうてんりゅうの刀身にぶつかると制御を失い、溶けるように消滅した。魔力純度の高い刀身は傷一つ付かないほどの頑健さを持っている。


「魔具の二本持ちとは贅沢なことだ」

「手札は多い方が安心する主義でね。ふむ……射出系が苦手なのかとも思ったが、それだけではなさそうだ。魔力に余裕がないにしても、分からんな」



 男は不思議そうにジグの戦力を分析していた。

 これだけの身体強化ができるのならば、魔力量にも余裕があるはず。多少出力を下げてでも魔具を使用した方が取れる選択肢も多くなり、総合的な戦力は上がるはずなのだ。

 趣味や意地で自分のやり方を貫く者がいることは理解しているが、この大男はそう言った拘りとは縁がないように思えた。



「む、無駄口叩いている暇があるならさっさと殺せっ!」


 悲鳴にも似た魔術師の叫びが響く。

 彼は色々と限界だった。自分を殺そうとする巨躯の男の殺気は凄まじく、大枚はたいて上が用意した一流の殺し屋と互角以上に渡り合っている。

 魔術を修めてはいても、直接的な荒事を得意としない彼ではジグたちの打ち合いに巻き込まれるのは精神に多大な負荷を掛けていた。


 ジグも男も、それで集中を乱すような温い鍛え方はしていない。

 だが魔術師が限界だということは、彼自ら申告してしまったようなものだ。

 対峙したままの男がわずかに表情を歪めた。


「……バカが」


 魔術師は何も言わず、すぐに次の詠唱を始めるべきだったのだ。ご丁寧に自ら声を上げたことで魔術の用意が出来ていないことをバラした挙句、戦いの趨勢も読み取れない素人であることを悟られてしまった。

 魔術師の援護は取るに足らないものだとジグに理解させてしまった。


 それこそが、付け入る隙。


 刺突剣の男へ、今度はジグが走り出す。男とは対照的に音を潜めるつもりなど毛頭ない、床が軋んで砕けるほどの強烈な踏み込み。


 男は風刃を飛ばして牽制したが、ジグは回避行動をとらず直撃弾のみをかざした双刃剣で叩き落としていく。肩口や横腹を風刃が掠めて血が流れるが、その程度でジグを止めることなどできはしない。


 七歩の間合いを二歩で食い潰したジグが、突進の勢いを乗せた斬撃を叩き込む。


 右肩に担ぐような上段からの袈裟斬り。

 男は一歩下がってそれを回避。即座に反撃の刺突を加えようとするが、ジグの攻撃はそれだけにとどまらない。姿勢を低く、踏み込みの勢いを止めぬまま右肩口からの体当たり。突きはジグの頭部を掠めるだけに終わる。


 慌てて刺突剣を引き戻して防御した男の腕に、渾身のチャージが炸裂する。


「ぐぁっ!?」


 魔獣の突進を思わせる凄まじい威力に男の体が浮き上がる。正面に展開されている薄い光の壁は防具に仕込まれている防御術だ。

 しかし防御術越しでも通してくる衝撃に、男が肺から空気を吐き出した。



「がら空きだ」


 ジグは浮かび上がって隙だらけの男に、振り下した刃を同じ軌道でなぞる逆袈裟斬りを見舞った。

 赤黒い刃が魔術障壁にぶつかると一際強く光を発したが、すぐに限界を迎えて砕け散る。


「くっ……がぁあああ!?」


 男は咄嗟に砕ける寸前の魔術障壁を蹴り飛ばして距離を取ったため、致命傷はギリギリのところで回避したようだ。

 それでも勢いを乗せた双刃剣は、障壁で阻まれてもなお十分な威力を誇っている。

 男の体を裂いたのは切っ先三センチ程度。遠心力の乗った刃はたったそれだけで肉を大きく抉り取り、あばらを数本砕くほどの痛手を与えていた。




「死ね」



 援護の隙など与えない。ここで確実に殺す。

 男がもっとも実力の発揮できる場で挑んできたのならばこうはいかないだろう。だが次はない。


 踏み込んだジグが相手の間合いの外からとどめを刺そうとした。




「―――ぐがああああああああぁぁ!!!」

「ぬ!?」



 突如、男が刺突剣を放り出してジグへ向かって突っ込んできた。

 魔術の匂いもせず、相手の狙いは分からない。だがそれでも殺してしまえば同じ事だ。


 ジグは振り上げようとした双刃剣を戻すと、相手の腹部を狙った突きを放つ。


「ぐふっ、がっ……!」


 男は左手に持った短刀を双刃剣の腹に叩きつけて軌道をわずかに逸らした。

 風の魔術を帯びた短剣は確かにその効果を発揮したが、それで双刃剣ほどの重量武器を完全にいなすのは不可能だ。


 赤黒い刃は男の横っ腹を貫き、男の勢いもあり根元まで深々と突き刺さった。

 即死ではないものの、間違いなく致命傷だ。吹き出た血潮がジグの服を濡らす。


 短剣は双刃剣の軌道を逸らした時に弾き飛ばされ、男の両手には何の武器も握られていない。

 何かを狙っていたのだろうが、こうなってしまってはどうやってもジグを殺すことはできないはずだ。


 そう考えたジグが、一瞬だけ気を緩めた。




「―――やっど……ゆだん、したな……?」



 至近距離で、口から血を流す男が“にぃ”と笑った。

 それと同時、嗅いだことのない魔術の匂いが充満した。



「自爆か!?」


 男の様子から死兵のそれを感じ取る。

 即座に武器を手放したジグが男を蹴り飛ばしながら大きく距離を取る。


 そうして反射的に動きながらも魔術の匂いに疑問を浮かべた。


(爆発するような魔術ならば刺激臭ではないのか?)


 しかし今匂うのは明らかに違う。

 もっと柔らかくて、しかし異質で、なんと表現すればいいか分からない、そんな匂いだ。




 男は腹に刺さった双刃剣を震える手で握ると、最後の力を振り絞って一気に引き抜いた。

 吹き出た血がシャンパンのようにぶちまけられ、濃密な死の気配を漂わせる。



「……退いた方がよさそうだ」


 相手が何を狙っているかは分からないが、放っておけばいずれ死ぬ。

 包囲しているのだ、少し様子を見て奴が死んでから確保すればいい。





 ―――だがその判断は、少しだけ遅かった。




「……血を、捧げる」


 男が蒼白な顔でジグを、正確にはジグを濡らす自分の血を指す。

 死の間際にいながらも、その顔に諦観や絶望といったものは存在せず。



「主がもとへ、還る」



 その表情は、己が使命を果たした充足感に満たされていた。

 嫌な予感が最高潮に達したジグが回れ右をして駆け出そうとしたとき。


「なんだ!?」


 ジグの体が光り輝き始める。

 否、そうではない。


「奴の血か!」


 それに気づいた時にはすでに致命的なほど遅く。

 発動してしまった魔術はどれほど足搔こうと無意味で、服を脱ごうと手を掛けたジグは光に包まれる。

 暗くなり始めた夜を照らす、眩い光。




 そしてそれが収まった時。

 ハリアンという街から、傭兵ジグは消えていた。


いよいよ明日「魔女と傭兵」二巻発売です。

よろしければ手に取り、美麗なイラストと放り投げっぱなしだった伏線回収をお楽しみください。


「このライトノベルがすごい2024」アンケート、9/24まで開催中です。ご協力をお願いします。

5作品未満の回答は無効票となりますのでお気を付けください。


明日はアンケートSSも投稿しますのでお楽しみに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読み応えがある [気になる点] 今までの展開からすると、ジグが油断するというのは不自然。 そういうキャラじゃない。 百戦錬磨で、残心するイメージしかない。 [一言] がんばってください。
[良い点] かつて、この街にはヒグマから餌を取り上げた犯罪組織が居たんですってよ・・・
[一言] 転移か… これ魔女暴走のバッドエンド行きだろ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ