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光が消えて視界が戻る

しかしそこに広がっていたのはギルドの一室ではなく、見知らぬ森林だった


「どういうことだ…?」


周囲を見渡す

後ろを向くと石造りの、遺跡とでもいうようなものが建っている

苔むしていて人がいなくなってずいぶんと経つようだ


「これが古代の魔具、転移石です」


一瞬で移動したこの現象をシアーシャが説明する


「特殊な材質でできたこの石に魔術陣を描くことで別々の石板間を転移することができる、らしいですよ。大昔の技術だそうで現代だと再現不可能だとか」

「…とんでもないな。これが流通すれば国が、いや世界がひっくり返るぞ」

「そこまで融通利くものでもないらしいですよ。場所も関係していて特定の地点から動かすと起動しなくなっちゃうらしいですし」


冒険者はこれを使って各地の魔獣を討伐しているわけだ

この転移石を使えば大陸間の移動も可能ではないかと考えたが、そこまで便利ではないようだ

それにあの海を無事に渡りきるのは現状不可能だろうなと思い直す


ジグは周囲を索敵する

そこまで深い森というわけではないが、とにかく広い

見通しは悪くないが、それは向こうからも言えること

群れた狼をこちらが先に捕捉するのは難しいだろう


「標的は転移石から西に半時程進んだところです。行きましょう」

「ああ」


木漏れ日が差す中を歩いていく

体力こそいまいちだが森に棲んでいただけあってシアーシャの歩き方は慣れている

しばらく歩いていくと少し開けた場所に出た

膝ほどの雑草がひしめいているが不思議と木々はなく、その場所を避けているようだ


そしてその奥に深い森があった


薄暗いその森はとても濃い

木々ではなく、空気が濃いのだ


そこから生ぬるい向かい風が吹いている


――その音に紛れる草木をかき分ける音


「シアーシャ」

「はい」


彼女も気づいていたのかすでに戦闘態勢だ

数は認識できるだけで五

こちらを取り囲むように散開している


「どうする?」

「迎撃します。抜けてきた相手の対処をお願いします」

「了解」


敵はこちらの出方を伺っているのかすぐには手を出してこない

シアーシャが術を組み始める

刺激臭を意識しながら周囲を牽制するジグ

包囲が終わる少し前に術が完成した


地の杭がジグたちを中心に円形に突きでる

草を舞い上げながら周囲を旋回している袋狼のいるだろう場所に出現した杭

その先端に何匹かの袋狼をぶら下げている

外皮はさして厚くは無いようで、胴に直撃した個体は見事に貫通している

いずれも致命傷だが、数が少ない

最低でも五匹はいたはずだが串刺しにされたのは三匹


音もなく背後に忍び寄っていた袋狼が雑草をかき分けて飛び掛かった


ジグは双刃剣の下側の刃を振り向きざまに袋狼に突き立てる

首を横から貫かれ即死した袋狼から刃を抜き、時間差で左から襲い掛かる相手を引き抜いた勢いそのままに反対の刃ですくい上げるように突き上げた

腹部に刃を刺したまま身をひねり地面にたたきつける


二匹を処理しシアーシャを見ると逃げ出した一匹を串刺しにしているところだった

やはりこの程度では相手にもならないようだ


「こんなものですかね。さあ、剝ぎ取りましょう」


冒険者は討伐証明兼換金目的で魔獣の部位を剥ぎ取るのが通例となっている


「どこを剥ぎ取るんだ?」

「袋ですね。とても丈夫で軽いから処理して背嚢や水袋にも使えるらしいですよ。…なにしてるんです?」

「いやなにも。さあ分担して剥ぎ取るか」

「私こう見えて皮剥ぐの得意なんですよー」


シアーシャが嬉々として皮を剝いでいく

本人の言う通りその手際はいい

肝心の袋付近を剥ぎ取るために中に手を入れ持ち上げた


「くっさ!?なにこれめちゃくちゃくさいですよ!!」


あまりの臭気に涙目になっている


「だろうな」

「ジグさんよく平気ですね…って、あ!?鼻栓してる!ずるい!知ってたんですね!?」

「知らなかったぞ?」


野生動物が袋の中まできれいに洗っている可能性は低いだろうと思っただけで

長年熟成された袋の中は危険な領域にまで達していたようだ

しばらく彼女の文句を聞き流しながら袋を剥ぐ

無論、袋の中には直接触れぬように

剥ぎ取り終わったシアーシャが手を洗っている


「うぅーくさいよぉ…おちないよぉ」


もろに手を突っ込んだようで臭いが落ちずに半泣きだ

笑いながらそれを眺めているジグ


しかしその顔を急に引き締めると森の奥を見る

シアーシャもジグの変化を感じ取って周囲を警戒する


五感を強く意識した

草木が揺れる音の隙間、風に乗って聞こえるのは遠くで微かに聞こえる争いのそれだ


「誰かが戦っているな」

「私には聞こえませんが、他のパーティーじゃないですか?袋狼の討伐は他にも何人か受けていましたし。でも、そうですか…」


彼女は少し考えこむ

魔術書を読んだとはいえまだ基礎も基礎

それに知識としてだけでなく直接見ておきたい

目で見て、肌で感じることがより深い理解につながると魔術書にも書いてあった


「ジグさん、見に行きませんか?」

「ああ、俺もこっちの戦い方を見ておきたい」


方向性は違うが彼も同じ意見のようだ

そうと決まれば行動は早い方がいい

二人は音のする方に駆け出した




戦闘音が大きくなるにつれ二人の歩みは静かになっていく


「気づかれないようにいくぞ。他人の戦闘覗き見るなんて斬られても文句は言えんからな」

「はい」


人に見せたくない切り札は誰にでもあるものだ

それを知るか否かがギリギリの戦いの決定打になることもある


だがそれはあくまで傭兵の話だ

昨日共に戦った者と今日刃を交えることなど日常茶飯事な彼らならともかく、冒険者はそこまで殺伐としていない

無論いい顔はされないが

ジグはまだ傭兵という職業の考えが頭から離れないままだった


そんなことを知る由もない二人は時間をかけて近づくと木の陰から盗み見る


戦闘しているのは冒険者と袋狼だった

冒険者の数は四人、袋狼は六匹

既に五匹の骸が転がっている


前衛二、後衛二のバランスが取れたパーティーだ

片手剣と盾を持った方が牽制・妨害した相手を長剣のもう一人が確実に仕留めていく

二人の左右に展開しようとする敵を後衛の弓と魔術が迎撃

その動きによどみはなく実にスムーズだ

魔獣は群れの連携を生かすことができずに次々倒れていく


「あれが魔獣との戦い方か」


見事な戦法だ

互いをフォローし確実に数を減らしていく

あれに比べると自分の戦い方のなんと稚拙なことか

一度ミスを犯せばそれで終わりの綱渡りのような戦い方だ

個人の戦闘能力頼りの戦法とも呼べない代物


ジグはその技術を盗もうとつぶさに観察した



戦闘が終わるのに長くはかからなかった

最後の狼が倒れたのを確認すると四人は二組に分かれて警戒と剥ぎ取りに取り掛かる


ジグは今の戦闘を反芻して頭に叩き込んでいる


「すごかったですね」

「ああ、思った以上に収穫があった。そっちはどうだ?あまり派手な術は使っていなかったようだが」

「十分です。すごいんですよ。彼らは術を組むときに…」


シアーシャの説明の途中、ふっと魔術の匂いがした

少し青臭い嗅いだことのない匂いだ

しかし刺激臭ではなかったためジグはそこまで気に留めず、それでも匂いのした方にちらりと目を向ける

視線を向けた先では先ほどの冒険者たちが剥ぎ取りをしている

彼らが何か術を使ったのだろうと意識を戻そうとしたとき

景色がほんのわずかに歪んだ、ような気がした


「……」

「ジグさん?」


目の錯覚だろうか?

そうも思ったが一応もう一度確認する

周囲を警戒しているのは盾持ちと弓使い、妥当な人選だろう

剥ぎ取りを行っているのは残った剣士と魔術師


…魔術師?


彼女はナイフで袋を切り分けている

中が臭いのは知っているらしく手袋をして口元を覆っている

術を使っている様子はない


ではこの魔術は誰が?


ジグの背筋が粟立つ

剥ぎ取りをする魔術師の後方十メートル

木漏れ日が微かに差し込んだ場所で光が不自然に屈折する

わずかに浮かび上がるシルエットが獲物に狙いを定めた



「後ろだ!!」


気づかれないために距離をとっていたジグはここからでは間に合わないと判断し叫んだ


最も早く動いたのは弓使いだった

声が聞こえた瞬間にはジグに弓を向け、言葉の意味を理解すると共に仲間の背後に高速で迫る「何か」に気づくと矢を放つ

半ば勘頼りに放った矢は「何か」に命中したが、大した痛手を与えられていなかった

しかしわずかにその速度を落としたのと、空中に浮かぶ矢に気づいた剣士が魔術師を抱えて横跳びをする時間は稼げた

高速で迫る「何か」は魔術師の剥ぎ取っていた袋狼の死体を搔っ攫うように咥えると噛み千切る

血が噴き出てその口元を赤く染めると同時に、滲み出るようにその姿があらわになる



体長は八メートルほど

ゆらりと宙に浮く姿は海の中を泳ぐ鮫のようだ

しかし頭から後ろは細長く蛇のようにしなっており、落ちくぼんだ瞳はギョロギョロとせわしなく動いている

黒茶色の体と呼吸に合わせて揺れるエラの内側が真っ赤でグロテスクだ



「幽霊鮫!?なぜこんなところに…」

「血の匂いに誘われて出てきたんだ!あいつの相手をするには準備が足りない。退くぞ!」


幽霊鮫は回遊しながら姿を消した

矢が刺さっていて血まみれであったにもかかわらず消えていた

注意深く見るとわずかに景色が歪んで見えるが一度視線を外すとまた探し出すのは困難だった


「リスティ、あいつを見逃すなよ。気づいている相手には無茶してこない。ライル、マルト。狼の死体はくれてやれ。殿はリザとハインツ。一直線で戻るぞ、ゴーゴーゴー!!」


リーダーの指示に合わせて弓使いと盾持ちが後ろを固めると幽霊鮫を牽制しながら素早く撤退

幽霊鮫は追撃を諦め狼の死体を食べ始めた


その様子を見つつリーダーは周囲を探る

先ほどの声の主は既にどこにも見当たらなかった

幽霊鮫は深海魚のラブカをイメージしています

恐ろし気な雰囲気が伝わると思うので調べてみてね

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 他のかたもコメントしておりますが、4人なのか6人なのかわからないです 「冒険者の数は六人」 「前衛二、後衛二のバランスが取れたパーティーだ」 「四人は二組に分かれて」 「周囲を警戒して…
[良い点] いつも楽しみにしています。 [気になる点] 95話で登場するリザとハインツは、実は既にここで登場していたようですね。アランたちのパーティと臨時でチームを組んでいるのでしょうか?
[気になる点] 冒険者が四人になったり六人になったりしてますね
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