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 ギルドでそんな交渉がされているなど露ほども知らず、ジグは再び鍛冶屋に来ていた。

 先日捕まえた暗殺者は、今頃カークの送り込んだギルドの職員が尋問をしているだろう。練度を考えると容易に口を開くとは思えないが、拷問なり薬物なり本人の意思に関わらず口を開かせる方法などいくらでもある。


「問題はそこではないが……まあ、何とでもなるだろう」


 そちらは完全に任せることにした。自分に協力できることはない。


 ちなみにだが、ジグは拷問が得意ではない。傭兵団にいた頃にある程度は教わっているが、適性無しと指導役の人間から匙を投げられたほどだ。

 無論、人を痛めつけることに抵抗があるわけではない。単に加減が下手糞なのだ。


 拷問とは繊細な仕事だ。対象に十分な痛みを与えつつ、正しい情報を引き出さなくてはいけない。相手を慣れさせない苦痛の種類や緩急のつけ方、嘘を見破る巧みな話術が要求される。強烈すぎる痛みでショック死させてはいけないし、出血量にも気を配らなくてはいけない。まさに職人技なのだ。


 指を潰せと言われれば、痛みも感じないほどにぺしゃんこに潰す。爪を剥げと言われれば、五枚まとめて一息に剥がす。そんな大雑把な拷問を幾度かやった辺りで指導役に放り出された。

 如何に早く相手を殺せるかに特化したジグには根本的に不向きな仕事だったのだ。

 それでも素人の口を割らせるには十分だろうが、今回は相手が悪い。


「そういえば魔術のことは考慮していなかったな……」


 ふとそんなことを思い出し、魔術を活用した拷問とはどんなものがあるのだろうと少し興味がわいた。回復術で治されながら行われる拷問とはどんなものなのか、ジグには想像もつかない。


「刃物を刺したまま治癒したらどうなるのだろう?」

「…………あの、ジグ様。店先で物騒なことを言われますと他のお客様が……」


 横合いから掛けられた声にそちらを見れば、既に顔馴染みとなったシェスカが困ったような笑みを浮かべていた。

 どうやら内心の言葉が漏れていたようだ。若い冒険者が無言で距離をとっていくのが視界の端に見えた。

 時刻は昼にはまだ早い頃で、客は少ないがいないというほどでもない。



「……すまん、気を付ける」

「お願いします。して、本日はどのような?」


 素直に頭を下げれば、いつも通りの営業スマイルで対応してくれるシェスカ。

 ジグは彼女へ懐から取り出した一つの魔具を見せた。

 掌ほどのサイズをした円形の金属。中心から蜘蛛の巣状にヒビが入り、素人目にも壊れていることが見て取れる。


「ガントにこれを調べて欲しい」


 それは先日ジグを襲った男が持っていた障壁を発生させる魔具だった。何かの証拠になるかもしれないと回収しておいた。

 今朝カークと話した際に渡したのだが、ジグに調べて来て欲しいと返されたのだ。カークは“ギルドがただの魔具を調べていることを知られたくない”と言っていた。


「どのような魔具か分かりますか?」

「防御術だった。小さな障壁を発生させていたな」


 シェスカは受け取った魔具を眺め、防御術ならば問題ないだろうと軽く魔力を通してみる。刻まれた魔術回路が破損しているのか、籠められた魔術は発動しない。



「直すのではなく、調べるのですね?」

「ああ」


 ジグの蹴りを受け止めた際に過剰出力で既に壊れていたが、武器だけでなく魔具の造詣も深いガントならばどこで製造された物なのか分かるかもしれない。



「分かりました。奥へどうぞ」


 なぜわざわざ壊れた魔具を調べるのか。当然その疑問を抱いたはずだが、シェスカはその疑問を口に出さぬまま受けてくれた。

 彼女はジグが魔力を持たないことを知っている。そのジグが魔具を調べると言った意図を汲んでくれたようだ。

 目礼で謝意を示して彼女について行こうとすると、シェスカは何かを思い出したかのようにくるりと振り向いた。肩口で短めに切り揃えた髪の毛がふわりと翻る。

 営業スマイルではない、彼女本来のものと思われる柔らかな笑みに一瞬目を奪われた。



「ちなみに―――刃物の形通りに陥没して傷が塞がりますよ」




 それが先ほどの独り言に対する答えだと気づいたジグは、言葉を発せぬまま神妙に頷いた。

 何故それを知っているのかなどと、問い返すような愚は犯さない。


 ―――答えはきっと“秘密”だから。






 工房へ通されたジグはシェスカについて行き、端の方で作業をしているガントの元へ向かう。

 彼は作業用の単眼鏡らしきものを着けて何かの金属に文字を刻み込んでいた。

 シェスカはすぐに声を掛けず、繊細そうなその作業を邪魔しないようにコンコンと軽く机を叩いてガントの注意を引いてから呼ぶ。


「ガントさん。今いいですか?」

「よくない。忙しい。見ればわかるでしょ」


 ガントは一瞬だけシェスカに視線を向けたがすぐに手元へ戻して作業を続行する。返事も実に素っ気ないものだ。それだけ今の作業に集中しているのだろう。彼の手先は魔術刻印と思われる非常に精密な文字を刻み込んでいた。


 どうやら間が悪かったようだ。

 ジグは機会を改めると伝えようとしたがシェスカはそれを手で制し、もう一度机を叩いた。

 再びの妨害にうんざりしたような顔で大きなため息を漏らしたガントが手を止める。

 聞こえよがしに手にした工具を机に叩きつけ、単眼鏡を着けたまま空いた片目で睨みつけながらシェスカに怒鳴った。


「チッ……あのさぁ! 今どれだけ繊細な作業してるのか分かる!? いやいい、分からなくていいからさ、シロウトは黙って僕の」

「それでいいのですね? 長年不良在庫を抱えていたあなたをたった一人で、前期の当店売上三位にまで押し上げてくれたお得意様に対する態度は、それでいいのですね?」

「僕の邪魔を―――なんて?」


 ヒステリックに怒鳴りつけてきたガントの動きが止まり、口が閉ざされた。次いでその視線がシェスカの斜め後ろにいたジグへ向けられる。

 近くを見るための単眼鏡で片眼が塞がり、作業のため下へ向けていた視線のせいでジグに気づいていなかったようだ。


 二度ほどもぞもぞと髭を動かしたガントが視線をシェスカに戻し、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい」

「私に謝ってどうするんですか」


 ぴしゃりと言われたガントがジグに軽く頭を下げる。


「や、悪いねジグ君! 今日はどしたの?」


 軽い謝罪と変わり身の速さにジグが半眼で呆れたように顎をさすった。

 すっと横合いから伸びたシェスカの手がぶちりと音を立ててガントの髭を毟るが、彼は堪えた様子も見せず慣れたようにジグの装備に目をやる。


「その武器、早速使ってくれているようで何よりだよ! 感想は?」

「お前も案外タフだな……悪くない。頑丈さの割に切れ味もあるし、重量も丁度いい」


 一目で使い込まれていることに気づいたガントが机上を空けて場所を作り、嬉しそうに手招きをする。

 早く見せてみろと催促する彼に苦笑しながら武器を抜いて机を痛めぬように置くと、刀身を覆う布を外していく。露わになった赤黒い刀身を単眼鏡を外したガントが指でさすり、目をすがめて確かめる。


「あれから大して時間も経ってないはずなのに、随分使い込んでるね……」

「まあな。しかし切れ味もそうだが、魔術が斬れるというのは非常に便利だな。避ける以外の選択肢があるのは戦闘ではかなり違う。今更だが、本当にあの額で良かったのか?」


 血晶纏竜の双刃剣は確かに高価だった。しかしこれだけの武器の性能に見合った金額かと言えば、それもまた首を傾げるところだ。


「あぁ……うん。本当ならこれクラスの素材使った武器はもっといい値段するんだけどね」

「やはりか」


 歪みがないか、重心が狂っていないかを調べながら生返事でガントが答える。


「今回はほら、軽量化処理とかしなくて済んだから。その分加工費安くなってるの」

「軽量化処理?」

「え、知らないの? えーっとぉ……任せた!」


 割と常識的な知識のようで一瞬戸惑ったガントだったが、集中したいのか説明をシェスカへ放り投げた。


「通常こういった武器は軽量化……つまり魔術刻印で武器の重量を軽くする処理を行っているのです。より硬く、より強力な素材は重量もサイズも相応に大きいものが多く、そのまま使うと携行武器には適さないほどの重さとなってしまうからです」


 丸投げされたシェスカだったが、元より客へのこういった説明は自分の仕事とばかりに流暢に後を継ぐ。


「なるほどな」


 時折見かける体躯に見合わない武器を持つ者や、明らかに筋力が足りていないだろう女性。彼らはその分身体強化が優秀なのだろうと考えていたが、武器自体も軽量化を施していたようだ。


「ある程度圧縮なり削るなりして、それでも駄目なときは魔術刻印を刻みます。丈夫な素材であればあるほど加工は困難ですし、魔術刻印はそれ以上に費用も時間も掛かります。処理の必要ないジグ様の武器は同レベルの物と比べて大体三割ほど安く済んでいるのです。……この価格帯と重量を持つ武器を軽量化処理なしで製作したのは当店としても初めてでして」

「ま、そゆこと。誰でも君みたいな馬鹿力あるわけじゃないのおぶっ」



 一言余計ですと肘鉄を入れられたガントが少し悶えながら近づくと、ちょいちょいとジグの袖を掴んで引っ張った。


「……ねぇねぇ」

「なんだ?」


 男がこの動作をしても鬱陶しいだけだなと感じながらそちらを見る。

 ガントはヘラのようなもので刀身をこそいだのか、こびりついたものをじっとりと眺めている。


「もしかしてだけど……最近、人斬った?」

「うむ。昨日斬ったばかりだ」


 斬りたてだぞとジグが言えば、ガントは形容しがたい呻き声を上げた。

 どういう感情の発露なのかは分からないが、嫌そうなのは間違いない。


「何を気にしている? いや、まて……」


 ガントに聞かれてそう言えばと、ジグが記憶を掘り返す。

 前の武器が破壊されたのはマフィア絡みの騒動の時だ。エルシアと仲間の大剣使いの挟撃を受けた双刃剣が中心からぽっきりと折れてしまったのを覚えている。

 三面鬼騒動の折はここで長剣を借りた。この武器が出来たのはその直後だ。


(その後はギルドで襲って来た奴を斬って、澄人教絡みで斬って……この前の刃蜂騒動では確か結局魔獣は斬っていなかった。カマキリ擬きと黒豹くらいか?)


 記憶を振り返っていたジグがうむと一つ頷いた。


「最近というより、この武器ではほとんど人間しか斬っていないな」

「……威張らないで、お願いだから」


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― 新着の感想 ―
やだーシェスカさん絶対ウラの方じゃないですかー 暗殺者とかそっち系のー 主人公が口が硬いって事で軽くヒモ付けに来たのかな?
あー、シェスカさん、そういう事をした経験があるんだ。
もぎたての次は切りたて……次は潰したてか?いや普段からやってるな
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