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夕暮れ時の繁華街。
仕事を終えた人々が疲れを浮かばせながらも、これからの自由な時間に思いを馳せる。
気の早い者は既に店仕舞いを始め、夜こそ稼ぎ時と張り切り始める者達と入れ替わる時間帯。
ジグは買い物がてら聞き込みをしようと、鶏肉の串焼きをおやつ代わりに摘まみながら店を物色していた。
「さて、昨日の今日で情報が来るとも思えないからな。足を動かすか……確かこういう時は“金の動きに目を光らせて、常と違う動きをしている輩を注視しろ”だったか?」
肉を食いちぎりながらコサックの酔いながら語っていた蘊蓄を思い出す。
幸い奴は酔うたびに同じ話を繰り返すタイプの酔っ払いだったので、思い出すのはそう難しくはなかった。聞いている当時は辟易していたものだが、こうして役に立っていることを思えばあれも無駄ではないと自分を慰められる。
「常と違う動き、か……」
その常を知らぬ自分には難しいことだが、そこは適材適所だ。
食べ終わった串を片づけて立ち寄ったのはいつもの鍛冶屋。
仕事終わりの冒険者たちで賑わう店内を見回す。客数も多く中々目当ての人物を見つけられないが、向こうは大柄なこちらにすぐ気づいたようだ。
ごった返す客たちの間をすり抜けるようにして来たシェスカがにっこりと営業スマイルを浮かべた。
「いらっしゃいませ、ジグ様」
ジグが魔力を持たぬことを話している数少ない一人である彼女は、いつものように出迎えてくれた。
「忙しいところすまんな。仕事の手が空いたらで構わないんだが、少し聞きたいことがある」
「でしたらこちらへどうぞ」
いつなら大丈夫だ? と聞こうとするよりも早く、彼女は奥へと促す。
あまりにも話が早すぎて一瞬固まってしまったほどだ。
「お、おい……とても忙しそうなんだが、いいのか?」
慌てたジグが待ったを掛けるが、シェスカの歩みが止まることはない。
他の店員が助けを求めるようにこちらを見ながら忙しく対応しているが、彼女はそれを意に介さずにずんずん進んでいく。
「いいのですよ。人数こそ多いですが、実は武器の手入れ以外でご来店のお客様はあまりいません」
「それはまた、何故?」
「冒険者の装備は高価ですからね。頑丈な分壊れにくいのでそうそう頻繁に購入するわけにもいかず、皆さん見には来るんですが……」
そう言って彼女は少し困ったように微笑んだ。
濁した部分を察したジグがそういう事かと頷く。
「なるほど。見てるだけ、というやつか」
「ええ、まあ……冒険者の方は未だ手の届かぬ装備を見ているだけでも楽しいらしく。いずれ手に入れる武器の下見に来るお客様も多くいらっしゃいます」
まあ、その気持ちは分からないでもないが。
ちらりと店の奥へ視線を向ける。
この店の目玉らしき豪奢な逸品が台座に飾られているのを若い少年が熱心に見ている。
大振りな長剣は遠目に見ても分かるほどの業物で、その値段は恐ろしいことに提示すらされていない。
店の警備らしき用心棒の男たちがぎろりと睨みを利かせるが、それすら目に入らぬほど熱い視線を注ぎ続ける少年。あまりにも熱心に見つめているので、駄目だこれはと警戒はしつつも睨むことをやめる用心棒。
彼ほどではないが、他の冒険者たちも似たり寄ったりだ。
手が届かない武器を物欲しげに眺めている光景はそこかしこで見受けられ、店員に説明を求めているのは一人や二人ではない。
「下見ね。まあ、それで仕事のやる気が出るなら何も言わんが」
ジグにもその気持ちは分からないでもないが、付き合わされる店員は大変だろう。
とはいえ、いずれ本当に買ってくれるかもしれないのだから邪険にするわけにもいかない。
「無論、彼らも立派なお客様です。しかし私共としましては、それで今購入してくれるお客様を蔑ろにするわけにはいきません」
そうこうしているうちに商談用の客間に通される。
ここならば店内の喧騒も遠く、消音用の魔具こそないものの話をするには十分だろう。
「その点、ジグ様は来店時の装備購入率がダントツでございますので」
「そうなのか?」
「はい。ここまで短期間で装備を入れ替えるお客様はかつておりませんでした。多少の優遇は当然です」
頑丈で高価な冒険者装備。それらをよく壊し、よく買うジグは店にとってまさに上客。
初めの頃は購入装備の金額こそ小さかったものの徐々にその額は上がっていき、この前購入した結晶纏竜の双刃剣で立派なお得意様になったというわけだ。
心なしかシェスカの営業スマイルもいつも以上に眩しく感じる。黄金色にだが。
茶を淹れようとするシェスカへ手で断りながら本題に入る。
「その期待に応えられなくて悪いんだがな。今日は少し情報収集に来たんだ」
「と、言いますと? 先に断っておきますが、いくらジグ様でもお客様の個人情報をみだりに教えることはできませんよ」
椅子に腰かけたシェスカが牽制するように、ジグへ向ける視線をわずかに険しくする。
「だろうな。未だに俺の個人情報が漏れていない」
ジグが魔力を持たぬことをマフィアの幹部であるヴァンノや、ギルド副頭取であるカークですら知らなかった。
これはシアーシャ以外で知る二人、シェスカとガントが誰にも話していないことを意味する。
情報を守ってもらっている自分が、他人の情報を話せなどと言えるわけがない。
「俺が聞きたいのはここ最近で大量の武器の買い入れなど、大きな金の動きがあったかどうかだ」
「お金の動き、ですか……」
「見慣れぬ資材が入庫していたり、どこかの商会や資産家が派手に散財していたり……そういった情報を探している」
ジグの言葉を聞いて少し下を向いて悩むように考えるシェスカ。
ややあってから口を開いた彼女から質問が飛んでくる。
「……なぜジグ様がその情報をお探しなのですか? その理由次第ではお話しできることもあるかもしれません」
「ギルドからの仕事だ。それ以上は言えん」
「ギルドの、ですか……」
表向きにジグの調査は護衛としてシアーシャの安全確保という体になっている……というよりも、勝手に周囲がそう判断するような言い回しをしている。
カークにも露見するような行為は控えるように伝えられているので、ギルドからの依頼だと明かすのは本来避けるべきだ。
だがそれでも、情報が欲しければ多少のリスクを取る必要はある。
そこはシェスカの……今までただの客でしかなかったジグの情報を律儀に守り続けてきた彼女の口の堅さに期待するしかない。
(分の悪い賭けとは、思わんがな)
果たして、彼女の口から出たのはため息交じりの承諾だった。
「……分かりました。伝え聞くジグ様の仕事への忠実さに免じて、私の知る情報を教えましょう」
「助かる……伝え聞く?」
ジグは頭を下げながら、気になった言葉を聞き返す。
シェスカは当のジグが知らないことに少し驚きながらもにこりと笑って言った。
「あら、当の本人が知らないとは。“あえて危険な仕事ばかりを率先して受ける頭のイカレた傭兵がいる。腕は確かだが必ず血生臭い面倒ごとが起きるので関わらないが吉”と。その筋では有名ですよ?」
「……まあ、概ね合っているか」
弁解したいことはあるが、結果的にとはいえ全て事実なので尾ヒレがついているとも言い難い。
苦々しい顔をするジグにくすくすと笑いながらシェスカがフォローする。
「カティアからもジグ様の仕事態度は素晴らしいものだったと聞き及んでおります。外道のような真似はまずなさらぬ、と。マフィアからの太鼓判ですよ?」
「犯罪組織の評価を喜んでいいものか……」
ますます微妙な顔になるジグであった。
雑談もそこそこに切り上げて情報を話そうとしたシェスカが、そういえばとジグに問いかける。
「それにしても、なぜ私に聞こうと思ったのです? 表向き一店員である私がそこまで知っていると、どこでお調べに?」
「……む?」
問われてジグが腕を組む。
視線を宙に漂わせ、そういえば何故だろうと自問自答する。
「……思えば、君は聞けばなんでも答えてくれたからな。今回も自然と、何かを聞けば君ならば答えが返ってくるのではないかと無意識に思い込んでいたようだ」
本来こういった情報を聞くならば店長やもっと上の人間に聞くのが正しい。
ただの店員であるシェスカに聞くのは間違っているのだが、それを彼女に言われるまで失念していたようだ。
こういう所が聞きかじった知識で動く、素人故の詰めの甘さというやつだろう。
かつての戦友たちならば“ただの考え無し”と言うのであろうが。
「まあ。いけませんよジグ様? 私が答えられるからよかったようなものの……頼りにされるのは嬉しく思いますが」
「すまん。この礼は、売り上げで貢献させてもらおう」
冗談めいて咎めるような口調のシェスカ。それにこちらも軽口で返せば、彼女はそれでいいと満足そうに頷いた。
ふと疑問を覚えたジグが問いかける。
「……一つ聞いてもいいか?」
「はい、なんなりと」
「何故知っているんだ?」
今更と言えば今更な話。
一瞬目を丸くしたシェスカはその後、にっこりと完璧な営業スマイルを浮かべる。
人差し指を口の前に立てて片目でウインクすると綺麗な唇を動かした。
「それは―――秘密です」
魔女と傭兵第一巻、とても好評のようでありがとうございます。
まだ先の話になりますが、コミカライズが決定しました。
お楽しみに。




