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見習いと新兵

書籍版発売一週間前と言うことで、特典SSにしようとして本編に絡み過ぎたお話を上げます。


 とある街の外れ。

 そこにはいくつもの天幕が身を寄せ合うようにして密集していた。

 陣を敷くようにして張られた天幕からは堅気とはかけ離れた雰囲気を持つ者が数多く出入りしている。

 彼らの風体と街の外れに追いやられるようにされているのは無関係ではないだろう。

 それほどまでにその者達はまともではなく、一人の例外もなく血生臭い雰囲気を漂わせていた。


 その陣のさらに端、小さな天幕が並ぶ場所。

 位置的にも見た目的にも下っ端の寝床という天幕の外にその少年はいた。


 歳の頃は十二、三といったところか。

 灰色の髪を短く刈り込んだ頭。まだ成長途中だが、同年代と比べても大きい体。

 何より特徴的なのはその眼だろう。


 歳相応の幼さや輝きは欠片もなく、ただただ無機質なその瞳。

 つまらなそうでも、やる気に満ちているわけでもない、ただ必要だからそれをしている。

 そんな眼つきをした少年が黙々と剣を振り続けていた。


 大人が使うような長剣を振り上げ、振り下ろす。

 長剣は少年が振るうには大きく不似合いだが、その動作に淀みはない。

 一体どれほど振っていたのか、足元の地面は踏み込みの形に窪んでいる。手のマメはとっくに潰れて既に血は止まっており、剣を振るたびに乾いた血がぽろぽろと剥げ落ちていた。

 体中を滝のような汗が伝い、ズボンは絞らずとも水滴が滴っている。


 それだけ過酷な訓練でも、放っておけばいつまでもそうしていそうな彼へ軽い調子の声が掛けられた。


「おぉい、ジグ! いつまでやってんだよ。そろそろ飯の時間だぞ」


 金髪にどこか気障な雰囲気を纏った二十代中盤らしき男が桶を抱えてやって来た。


「……ライエルか」


 ジグと呼ばれた少年は視線だけをちらりと向けて、しかし剣は止めずに男の名を呼んだ。

 ライエルと呼ばれた金髪の男はその様子に苦笑しながら肩を竦めて歩いてくる。


「相変わらず訓練熱心だねお前は。ほれ、早くしないと飯が無くなっちまうぞ。ただでさえ馬鹿みたいに食うんだから片付けくらい手伝わねえと糧食班にぶっ殺されるぞ」

「それは不味い、なっ」



 少年は最後のおまけとばかりに気合を入れた一閃で締める。

 幾度も振るっているのにぴたりと止めた剣。生じた音と剣風は彼が少年であることを忘れさせるほどに力強く、ライエルが思わず口笛を吹くほどであった。


「ったく、ほんと伸びるぜ。お前はよ」


 感心と、わずかに羨望の混じった声を掛けながら水を汲んだ桶を差し出す。


「ほれ、汗拭いてとっとと行くぞ」


 そう声を掛けるも、剣を降ろしたジグは手を見つめたまま黙っている。


「手が動かない……」

「握りすぎだよ……手見せて見ろ。って、おい! 血だらけじゃねえか! 痛くなかったのかよ……」

「素振りしているうちに気にならなくなった」

「せめて血ぐらい拭えよ……あーあー、張りついちまってるじゃねえか」


 ライエルは手拭いを水で絞ってジグの血を拭き、一本ずつ指を引き剝がしていく。

 パリパリと音を立てるそれは見ているだけでも痛そうだ。


 血を落として動くようになってきた指をわきわきとさせながらジグが眉をしかめる。


「……痛くなってきた」

「当たり前だ馬鹿。あとで薬貰ってきてやるから、とりあえず手洗って汗を流せ……おい桶の水を飲むな飲み水はこっち!」

「む?」


 ジグは不思議そうに見た後、桶の水を飲み干してから差し出された水筒を受取ると、頭から水を被る。

 その様子をライエルは何度目か分からない苦笑を浮かべて見ていた。






 彼らの所属している傭兵団では新兵が見習いの面倒を見る習慣がある。

 村を災害で失ったライエルが傭兵団の門戸を叩き、訓練を経てようやく実戦に出してもらえる様になった頃にあてがわれたのが、この眼つきの悪い少年だった。


 初めはこんな不愛想なガキとうまくやって行けるのかと心配だったが、彼と過ごしていくうちにそれは杞憂だったと分かった。

 確かに愛想は絶望的に悪いし子供らしいところは皆無。だが文句も言わずに雑用をこなし、ひたすらに訓練に打ち込む姿はライエルだけでなく傭兵団の年配連中からもウケが良かった。


 存外に抜けているところは彼の数少ない愛嬌と言ってもいい。

 あの年頃特有の年長者を侮った所がなく、以前に“なぜそんなに歳上を敬える?”と聞いたことがある。

 その時返ってきた答えは一回り歳上のライエルをして納得せざるを得ないものだった。


「こんな糞みたいな世の中で、あんなに歳を重ねるまで生きてこられた連中だぞ。尊敬の一つくらいする」



 そう言う考え方もあるのかと思わず膝を叩いてしまったものだ。

 一体どういう環境で育ったのかと思えば、ただの戦災孤児というどこにでもある生い立ちであったのだから逆に驚きだ。


 ともあれ、軽薄だが面倒見のいいライエルと、真面目だが抜けたところのあるジグは意外にも相性の良いコンビであった。




 汗を流して服を着たジグとライエルが連れ立って仮設の食事場へ向かう。

 大人数を養うために巨大な寸胴鍋がいくつも並び、その寸胴鍋以上に恰幅の良い女性ががなり声を上げている。


「並べっつってんだろ馬鹿共ォ! 行儀の悪い奴に食わせる飯はないからねぇ!!」

「おばさんは今日も平常運転だな……」


 今もまた、横入りしようとした団員がどやしつけられて列の後ろに回っていった。

 傭兵にとっての戦場が彼女にとっての食事処。あの女傑の前ではたとえ古株団員だろうと腹を空かせた小僧扱いである。


「いいかジグ、食を預かる人間には逆らっちゃいけねえぞ。干からびた固いパンで腹を満たす羽目になる」

「分かった」


 実感のこもった忠告を素直に聞くジグと共に列に並ぶ。

 時間ギリギリというほどでもないが、最後尾にはそれ以降誰かが並ぶ様子もなかった。

 幸いあの女傑は手際が良いので列もスムーズに処理されていく。ジグとライエルの番が回って来るまでそう時間は掛からなかった。


「おやジグ坊じゃないか! またでかくなったかい?」

「分からない。でも食べる量は増えた」


 ぶっきらぼうな返答だが彼女は気を悪くすることもなく豪快に笑った。


「そりゃあ良いことだ! 沢山食べて、沢山動いて、沢山寝れば誰でも強くなれる!」


 単純な事さと言ってのける女傑に“なるほど”ともっともらしく頷くジグ。


「では大盛で」

「特盛だ!!」


 申告は無視され既に盛られていた食事が渡される。

 ドンと重い音を立てて差し出されたトレイには、桶の様に大きな器にこれでもかと盛られたシチュー。巨大な黒パンそのまま一本。大人の握り拳ほどもあるマッシュポテトが盛られていた。


「おまえ、それ食い切れるのか?」


 傭兵は激しい肉体労働だ。当然食べる量も一般人に比べると非常に多い。

 しかしその傭兵から見てもこの量は躊躇うほど多かった。


「……流石に多いが、食べきれる。腹も減っているし」


 長剣などより余程重いであろう食事を受け取ると、席を探そうとして思い出したように振り返る。


「どうした?」


 不思議そうにする彼女へ、トレイを持つ手に気をつけながら頭を下げた。


「いつもありがとう」

「……ハッ! 食べ終わったら後で鍋洗うの手伝いなよ!!」

「分かった」


 ジグはこくりと縦に首を振ってその場を離れた。

 荷物搬送用の木箱を適当に見繕って椅子と机を用意したライエルの所に向かい、共に食事を摂る。

 バキリと音を立てて硬い黒パンを噛みちぎり、木の匙でシチューをかき込む。

 具は芋や根菜など日持ちが良くて生産性の高いものばかりだが、沢山入っていることが何よりありがたい。安くて固いが、肉もしっかり入っている。


「ここはほんと、食事がしっかりしてて助かるぜ」

「ほぅなのか?」


 木匙どころかパンをちぎってシチューを掬うジグが食べながら問い返す。


「傭兵団なんて仕事中以外の飯は自分でどうにかしろってとこがほとんどだからな。うち位面倒見が良い所は珍しい……その分給料から差っ引かれてんだがな。それでもかなり割が良いから文句はないが」


 ライエルが見てきた限り団員の食事まで面倒を見ている傭兵団はほとんどないか、あっても小規模の所だけだ。

「しかも作戦中に配給される食い物も酷いもんだぜ? 硬くてしょっぱいだけの干し肉と、この黒パンがふわふわに感じる程の岩みたいに硬いパンだけって話だ」

「……むぐ、ぐ。それは大変だな」


 マッシュポテトを頬張って口中の水分を吸い取られたジグが、苦し気に飲み込んでから相槌を打つ。

 呆れたようにライエルの差し出す水を受け取って流し込む。


「腹が減っては、生きていけないからな」


 淡々とそう言って食事を続けるジグ。

 口にしてしまえば何とも簡単なことだが、戦災孤児として明日をも知れぬ身でいた彼の口から語られる言葉は何よりも重い。


「今日も腹一杯食えることに感謝しないとな……」

「ごちそうさま」

「早いなおい!」


 ジグは満腹になった腹をさすって満足そうに頬を緩める。


「喋りすぎだよライエル。もっと食事に集中した方が良い」


 そう言って空になった食器を乗せたトレイをもって立ち上がる。


「洗い物の手伝いに行ってくる。終わったら剣の訓練手伝ってくれ」

「まだやるのね……仕方ねえな」


 若者……いや子供がやる気になっているのに、いつまでも年長者がだらだらしてはいられない。

 面倒を見始めた当初よりずっと様になったジグとの訓練は、ライエルにとっても実りがあるものとなっている。



(これは抜かされるのも時間の問題かね……)



 まあ、それは構わない。

 この少年にいずれ剣で負けるであろうことはかなり前から分かっていたことだ。

 ならば先輩である自分にできることは、剣以外が色々と欠けている少年のフォローをしてやることだろう。

 幸い、この不器用な少年に教えてやれることは多そうだ。

 ライエルは寸胴鍋を洗おうと身を乗り出し、足を滑らせて中に頭をぶつけているジグを見ながらパンを噛みちぎった。



 それはまだ、彼が傭兵になる前のとある日常。




来週5月19日、一巻発売です。

ここまで付き合ってくださった読者様には本当に感謝しております。



一度だけ、お願いさせてください。

ブックマークと評価、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 気っ風のいいおばちゃんのいる部隊はクサった輩がまずいないという。
[一言] 数少ないですが今まで読んだweb小説の中で1番好きです、書籍購入予定です、これからも楽しみにしています、人生初のブクマです。
[一言] …(; ・`д・´)ターミネーターじゃなかったんだ(マテ。
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