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契約が済んだのならば準備をして仕事をするだけだ。
時間が経てば経つほど報酬……もとい、人命が失われていく。
準備と言っても初めから仕事のつもりで来ていたので、やることはそう多くない。
避難してきた冒険者から聞き出した、残された者達が逃げたであろう大体の方角から地形と探索範囲を確認する。
「こちらは支給品になります。料金は取りませんが、着服などした場合はそれなりの処置を覚悟してください」
怪我人を搬送するための担架型の大型荷台を借り受け、応急手当てのために薬剤等を支給される。
薬剤を持ってきた医療班と思しき男性職員が、急ぎ足だが一つ一つ説明してくれる。
「意識があるものには止血後、こちらの強壮剤を飲ませるように。意識がない場合は患部にこちらの薬剤を塗布して止血した後、この注射を肘窩……肘を曲げた際に腕の内側にできる窪みに打ってください。打ち方は……」
「それは分かるからいい」
「……なぜ分かるのかは、聞かずにおきましょう」
ジトっとした目を向けてくる医療職員の視線から逃れるように、渡された荷物をもって立ち上がる。
同じように説明を受けていたシアーシャを待ってアオイが最終確認を行う。
ジグ達だけでなく、緊急要請を受けた他の冒険者たちもそれに聞き入る。
「最後に避難してきた冒険者の報告によると、刃蜂は巣の周囲を守る群れと、森の奥へ逃げた冒険者を追いかける群れとで大きく二つに分かれた模様。巣から離れた周辺にはそこまでの数はいないとのことですが、それでも普段よりは多いはずです」
地図を指しながら説明を聞く。
アオイは中央にある巣を指し、巣から一定の距離をとって半円を描きながら奥へスライドさせていく。
「まずは巣を迂回しながら生きている人を順次回収。それが済み次第、探索範囲を森の奥へ拡大していきます。……おそらく巣周辺の探索はすぐに終わるはずです」
それは取りも直さず、巣周辺で生きている人間はほとんどいないという意味だ。
報告では魔術が巣に直撃した後、夥しい数の刃蜂が巣から飛び立ち周囲の冒険者たちに襲い掛かったというが、その割合には偏りがあった。
魔術で巣に空いた穴が大きかったのか、森の奥側にかなりの数が割かれたのだ。
そのおかげで手前側にいた冒険者たちはほとんどが逃げることができ、奥側にいた者達は森へ入る他なかった。
つまり未だ巣周辺にいるのは隠れているか、動けないほどに負傷している者だけ。
刃蜂の索敵能力はそこまで高くはないが、圧倒的な数という利点はその欠点を補っても余りある。
蟲海戦術で探し回られれば見つけられるのは時間の問題。
相当運が良くなければ生き残るのは難しいだろう。
「刃蜂の数は圧倒的です。交戦は極力避けてください。止む無く戦闘になる場合は短期決戦を心がけて、増援が来る前に片づけるように。当然ですが、大きな音を立てる魔術は厳禁です」
救助隊はジグ達だけではない。
先に来ていた、あるいは後から来た冒険者たちもギルドからの依頼を受けて救助に向かう。
救助隊は大きく二つに分けられ、一つは巣周辺で留まって捜索した後に退路を確保し、奥から運ばれてくる怪我人をギルドへ搬送する隊。
そしてもう一つは奥まで逃げていった冒険者たちを捜索する隊だ。
後者の方が突発的に刃蜂と遭遇する危険性が高いので、等級の高い冒険者たちが割り振られている。
ワダツミの冒険者も何人か見かけた。
彼らはジグに気づくと無言で会釈をしてきたので、手を挙げて応えておく。
「現時点で帰還していない捜索対象は八十余名。可能な限り救助してください」
その言葉を合図に次々と冒険者たちが動く。
なだれ込むのではなく、間隔を空けて転移石板で現地に飛ぶ。
「今度こそ、冒険業に戻れますね」
「ああ、稼げそうな仕事が来て幸いだった。護る戦いは不慣れだろう? 油断するなよ」
「はい!」
ジグとシアーシャもそれに続き、光の中に消えていった。
転移した場所では先行していた冒険者たちが周囲の索敵を行い、後続の安全確保をしていた。
幸い転移石板周辺にまでは刃蜂も来ていないようだ。
ほどなくして救助隊が揃う。
搬送隊十五、捜索隊十の総勢二十五名。
整列、とまではいかないがある程度規則的にまとまった冒険者たちの前に一人の男が歩み出る。
「今回指揮を執ることになったシバシクルのクランマスター、ノートン=ウィルサーだ。よろしく」
歳は三十代序盤だろうか。
金髪碧眼で長身の男。
爽やかな笑顔と整った顔は若く見えるが、立ち居振る舞いと纏う空気は実力者のそれで、若輩といった雰囲気を感じさせない。
両刃の大剣を背負い、黒い重鎧を着込んだ姿は堂に入ったものだ。
彼がアオイから事前に聞いていた三等級冒険者だろう。
「まずは隊を二つに分けて巣の左右を回りながら生存者を捜索する。巣の反対側で合流後、森への探索へ移行という流れだ。……本当なら安全を取りたいところだが、そこまで時間的余裕はない。各自、警戒を厳にしてくれ」
異論がある者は? とノートンが声を掛け、誰も手を挙げないことを確認すると手早く隊を分ける。
ジグとシアーシャは右回りで向かう隊に分けられた。
「では行動開始! 武運を祈る!」
斥候が先行して索敵し、ルートを示す。
隊列を組んだ十一名がそれに続いて森を進む。
内側に魔術師などの後衛を囲うように前衛が守りを固める。
本来ジグがそれに従う必要はないが、無用に事を荒立てて不和を生むと仕事に支障が出るので指示通りに動いている。
「君、少しいいかな?」
捜索しながらの移動中に声を掛けられたのでそちらを向く。
周囲へ視線をやりながらも近寄って来たのは、先程指示を出していたシバシクルのクランマスターだ。
「僕はさっきも名乗ったが、ノートンだ」
「ジグ。傭兵だ」
軽いやり取りを済ませると、何か用事かと視線で促す。
「ジグ、まずは感謝を。僕の指示に従ってくれて助かるよ。こういうのは足並みが大事だからね」
「気にするな。仕事ならば当然だ」
「……本当に、今時珍しいほど勤勉な傭兵だね。聞いていた通りだ」
ノートンはそう言って人好きのする顔で笑った。
「ああ、ごめん。ジグのことはイサナからよく聞いていてね、一度会ってみたいと思っていたんだ」
「……ほう。奴は何と?」
ジグは少し目を細めて聞く。
あのうっかり戦闘狂は脇が甘い。
余計な事まで口を滑らせていないか探っておく必要がある。
ノートンは顎に手を当てて記憶を掘り起こしている。
「確か……“分別のある魔獣”“毒にも薬にもなる男”だったかな?」
「……ほお?」
あの思春期姫様、随分と好き勝手言ってくれているようだ。
「それにしても、イサナが個人を気に掛けるなんて珍しいこともあったものだと思ったけど……その理由がよく分かったよ」
声のトーンを落としたノートンが全身舐め回すようにジグを見た。
鍛え抜かれた体つきとそれに振り回されない体幹。
歩き方一つとっても無駄がなく、それでいて力みすぎているわけでもない程よい遊びを持たせた体運び。
気を張っているわけでもないのに、その視線と体は常に不意の事態に備えている。
あまりにも自然なその立ち姿。
自然体こそが戦闘態勢とでも言おうか。
仮に今ここで飛び掛かっても容易に対応してくると確信さえ持てる。
「……本当に、大したものだ。僕も腕には自信がある方だったけれど……ははは、やる前から勝てないと感じたのはいつぶりかな?」
身を震わせるように声を出したノートンが背中の大剣を意識する。
「今度、僕と手合わせしてくれないかな?」
「……気が向いたらな」
(奴の周りにはこういうのしかいないのか?)
勝手に闘志を漲らせるノートンとは対照的に、少しげんなりとしたジグが適当に答えておく。
それを見て我に返ったノートンが恥ずかし気に頬をかく。
「おっと失礼。今は目の前の仕事に集中しないとね」
「そうしてくれ」
森の雰囲気がいつもと違う。
小動物や小型魔獣の生活音と遠吠えは鳴りを潜め、どこか遠くで何かが響くような音。
おそらく刃蜂の羽音だろう。
飛び交う無数の捕食者に怯えた森の生物は息を潜めて身を隠している。
「これは……想像以上だね」
経験の浅いジグですら気づいたのだ。
ベテランの冒険者たちはその異常事態に顔を引き締めた。
「急ごう」
進むペースを上げる。
シバシクルの斥候が選ぶルートは実に無駄がなく、刃蜂との接触を避けつつも最短距離を進んでいく。
それでも避けきれない時、避けるために大回りをしなくてはいけないときはあった。
飛び回る刃蜂に剣での不意打ちはあまり効果的ではない。
さりとて魔術を派手に使う訳にもいかない都合上、主な攻撃手段は弓やクロスボウになる。
シバシクルの斥候が弓を、名も知らぬ剣士が副兵装として背負っていたクロスボウを使い素早く仕留めていく。
土の魔術は大きな音を立てるものではないので、シアーシャもそれに加わった。
進むにつれて徐々に増え始める刃蜂と、それに襲われたであろう魔獣の死骸。
―――それらに混ざった人間の部品。
「くそっ……!」
冒険者の一人が小さく吐き捨てる。
散らばる四肢やちぎれた肉片は一つや二つではない。
分かっていたことではあるが、やはり巣周辺の生存者は絶望的のようだ。
死体を持ち帰る余裕などないので、冒険者カードだけを回収していく。
刃蜂がたかる死体はそれすらできず、冒険者たちは歯噛みしながら通り過ぎていく。
「……」
ノートンは彼らに黙祷し、一瞬後に振り切るように先へ進んだ。




