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大変お待たせ致しました。
「魔女と傭兵」一巻、GCN文庫様より5/19発売決定です。
あとがきでキャラデザなども紹介していきますので、お楽しみに。
書籍化するからと言って更新が止まることはありませんのでご安心を!
蜂の巣をつついた。
それが比喩表現ではなく、言葉通りの意味だと理解するのに時間は掛からなかった。
シアーシャですらこれは不味いと顔を引きつらせる。
「あちゃー……刃蜂の巣に当てちゃったんですか?」
刃蜂。
小さな子供ほどの大きさで体色は普通の蜂とは違い黒。
所々に白いラインが走り、尾の先に細身の曲刀のような刃がついている。
毒はなく、機動力を活かしての一撃離脱を群れで繰り返すことにより獲物を狩る。
単体としての脅威は低く、群れていること前提での八等級相当。
ただしそれは十匹前後の群れでの話である。
その巣は巨大で中にいる刃蜂は数千以上と言われているが、半分以上が地面に埋まっているため正確な数は不明。
数は何にも勝る力だ。
入念に準備をして手を出したならばいざ知らず、不用意にその巣に攻撃を加えて中にいる刃蜂が一斉に襲い掛かって来たとしたら人間にはどうしようもない。
「詳しく確認は取れていませんが、避難してきた冒険者によるとかなり強めの魔術が直撃したようです」
「えぇ……あの辺の魔獣相手にそんな威力のある魔術使う必要ありませんよね?」
「その通りです」
とんでもない情報にシアーシャが呆れたように肩を落とし、それに同調したアオイが珍しく憤然と語気を強めた。
「過剰な威力の魔術を使用しただけでなく、あの場所で狙いを外すなど……それ以前に、巣の方角に放つ時点でありえない暴挙です」
小さい流れ弾が当たった程度ならばほとぼりが冷めるまで隠れていれば何とかなる。
しかしそれだけ強力な術が当たったならば話は別だ。
巣に大きな被害を受けて危険を感じた刃蜂は外敵を駆除するまで辺りを飛び交い続け、見つけた敵は地の果てまでも追いかけるだろう。
「それで、逃げ遅れた冒険者はどのくらいだ?」
二人の話を聞いていたジグが疑問を挟む。
日々数を増やす刃蜂を狩っていた冒険者は多い。
安定を取って刃蜂だけを狩り続ける者や、昇級したてで装備や資金など地盤を固めるために狩るものなどなど。
以前見た人数と比べて今ギルドにいる逃げてきた冒険者の数は随分と少なく見えた。
アオイはすぐに冷静になり避難状況を報告する。
「避難できた冒険者は全体の四割と言ったところです。巣の手前側にいた冒険者だけが転移石板へ一直線に走りようやく逃げ切れたようです」
巣の反対側にいた者は森の奥へ逃げるほかなく、今も刃蜂に追い掛け回されているという。
「その数およそ八十人」
「……多いな」
「刃蜂以外を狩っていた冒険者たちも半分ほどいますが、彼らはとばっちりを受けて逃げているのでしょう」
冒険者は危険な仕事で、それを承知の上で受けている以上基本的に自己責任だ。
高位ならばともかく、一山いくらの冒険者が多少死んだところでギルドが動くことなどまずない。
とはいえ、流石にこれだけ多くの冒険者が死ぬのは不味いのだろう。
あまり非道な真似をすると大規模なクランからも信用を失いかねない。
「現在、手の空いている冒険者に声を掛けて救助に向かわせていますが……この時間帯ですとまだ帰ってきていない者も多く、手は足りていません」
「それで私たちに、という訳ですか」
事情を理解したシアーシャがやれやれと首を振った。
強制依頼ならば是非もない。
人命救助というのは気が乗らないが、ギルドからの依頼ならば評価値も十分期待できるので彼女にとっても悪い話ではない。
「分かりました。準備ができ次第向かいましょう」
「よろしくお願いします。それで、なのですが……」
そう言ってアオイはジグの方を見た。
彼女の言いたいことを理解したジグが先んじて肩を竦めて首を振る。
「悪いが俺は冒険者じゃないんでな。自分の依頼を優先させてもらうぞ」
無言の要請をにべなく断る。
ジグとて鬼ではないので、目の前で死にそうになっていたら無理のない範囲で助けるのは吝かではない。
しかしここまでしっかりとした救助依頼が出ているのならば、それは仕事だ。
報酬が出ない人命救助を受ける程お人よしでもなければ、シアーシャの付属物として便利に使われるつもりもない。
アオイはやり手の受付嬢だが、勝手に傭兵へ依頼できるほどの権限はあるまい。
「……その通りです。失礼いたしました」
彼女はそれ以上食い下がらず潔く引いた。
アオイは泣き落としや情に絆してタダ働きを強要するほど自分に甘い女ではなかった。
そこに待ったを掛ける声が響く。
「―――ならば、私が君に頼むのならばどうかね?」
よく通る声で割り込んできた方を向く。
几帳面な顔と同じくらいきっちり後ろに撫でつけられた白髪交じりの髪。
かけた眼鏡の奥には冷徹な鋭い視線。
ハリアンギルドの副頭取、カーク=ライトが後ろに手を組んで佇んでいた。
「副頭取……」
「アオイ君、御苦労だった。後の説明は私からしておくので、君は自分の仕事に戻りたまえ」
何か言いたげにジグたちを見ていたアオイだったが、上司にそう言われては従う他ない。
頭を下げて戻る彼女へ視線も向けずにカークが話を切り出す。
「まずは快復おめでとう、とでも言っておこうか?」
「必要ない。俺とお前の仲だろう?」
「違いない。君と私の間にそのような言葉は無意味だったな」
まるで長年の友人同士の様な台詞だが、その実情は正反対。
利益のためにお互いを利用し合う共犯者たちのそれだ。
「私も目障りな障害が居なくなって機嫌がいいが、生憎と忙しくてね」
皮肉気に笑ったカークが眼鏡の位置を直して本題に入る。
「ジグ=クレイン。まずは君のギルドへの出入り禁止の件だが……まて、最後まで話を聞け」
話の途中、無言で掌に小さな岩槍を作り出していたシアーシャに気づいたカークが慌てて止める。
小さいが、籠められた魔力の濃密さと軋む音がカークの背筋を冷やした。
「……あぁ。私に構わず、続けて?」
底冷えのする笑顔で、岩槍をもてあそびながら先を促すシアーシャ。
カークが出入り禁止を盾にジグへ救助を要求すると危惧したのだろう。顔は動かさないが視線だけがぴったりとカークを捉えて離さない。
極力そちらを見ないようにしながらカークが小声でジグへ抗議する。
「……おい、手綱をしっかり握っておけ」
「悪いが乗馬は苦手でね」
肩を竦めてそう返したジグが“それで?”と顎をしゃくる。
横から感じる重圧は弱まらないが、先を促されてカークは渋々口を開いた。
「出禁については問題は解消されたと私は考えている。そこは保証する。……それで救助についてだが、正式にギルドから君への協力依頼を出そう」
「ほう? 随分話が早いが、傭兵なぞに仕事を頼んで問題は起きないのか」
こういう場合、組織の動きは基本的に鈍い。
金額よりも前例や面子などの問題で、迂闊に決めてしまうと後々に方々からつつかれる。
外部の、それもどこの馬の骨とも知れない傭兵ならば尚更だ。
「ただ傭兵に仕事を頼んだのならば問題だがな。君の場合は同行者申請を出しているだろう。同行者申請とは本来、地質や魔獣調査の際に調査員である研究者などが利用するための制度だ。そして彼らには外部協力者として謝礼が支払われる。今回はそれを利用させてもらう」
つまり傭兵ではなく、あくまでも外部協力者として依頼をするということだ。
依頼内容が救助で協力者が傭兵というのは前代未聞だが、その制度自体は幾度も使われてきたもので大きく前例を乱すものではないという解釈だろう。些か強引ではあるが。
どちらにしろ、報酬が支払われるのであればジグに文句はない。
「条件は?」
「一人救助するごとに二万、年齢が三十未満ならば四万。君たち二人で救出した内の半数をジグ君の成果と判断する」
「救助の基準は?」
「冒険者として活動できる程度の負傷に収まっていること。自力でギルドに戻れるまで補助、あるいは君が安全圏まで連れてくる……どちらでも良い」
「依頼の終了条件は?」
「君が決めろ。なお出来具合で私からの評価が決まるので、そのつもりで」
気になるところを順に確認していく。
報酬は可もなく不可もなく。剣と魔術という役割分担の都合上、二人で助けた人数を二分割するのはジグとしても助かる。
シアーシャの救助人数分が支払われないのは冒険者への依頼として別に報酬がでるので文句はない。その分は評価値へ変わるのだろう。
依頼の達成条件がこちらの判断任せなのは有り難いが、半端な仕事をすればそれだけ安く見られるということだ。
つまり手は抜けないということだが、元より仕事を中途半端にこなすつもりはない。
歩合制というのも仕事に張り合いが出て良い。寒い懐を温めるにはうってつけと言えるだろう。
「分かった、受けよう」
「結構。ではすぐに取り掛かりたまえ」
カークの差しだした手をジグが軽く叩いた。
書面も何も交わさない口約束。
いくらでも反故にできるからこそ、何よりも重いその契約は乾いた音を立ててギルドに響いた。
「一つ、聞いてもいいですか?」
シアーシャが岩槍を消して空いた手を頤に当てる。
カークはその目を見ぬように肩越しに視線だけ向ける。
「なんだね?」
「どうして年齢で報酬が変わるんです?」
彼女の疑問は道徳的な理由からではない。
魔女であるシアーシャにとって二十と三十の年齢差など誤差もいいところで、そこにどのような意味があるかが気になっただけだ。
だがそれを知らないカークは命の重みを非難しているように聞こえたようだ。
不快そうに鼻を鳴らした彼は足を動かしながら、さも当然のように言い放つ。
「人の命だぞ? 価格がついて当然だろう」