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「相手が何であろうと、金を払うのならば仕事をするだけだ」


二人に扱いされたシアーシャが不服そうに口を尖らせている。

だがヴァンノにはそれを気にしている余裕がない。

額を汗が伝う。

暑くもないのに吹き出る汗だが、その心情を想像すれば無理もない。



「……モノには限度があるんだよ。ジィンスゥ・ヤどころの話じゃねえぞ……!!」


自然と荒くなる声を意識して抑える。

ヴァンノは正しく、シアーシャの脅威を理解していた。


立場や仕事柄、危険な相手は数多く見てきた。

何をするか分からない薬物中毒者。

腕は立つがキレると手が付けられないゴロツキ。

人を物のように扱い、息をするように命を奪う殺し屋。

目の前の傭兵は殺し屋に近い雰囲気を持っているが、それとはまた別種の何かだ。

この男も初めて見るタイプではある。

だが、それでも裏の人間から大きく逸脱しているわけではない。


そう、裏とはいえ人間なのだ。

どれほどタガが外れていようと。

どれほど常人から乖離していようと。

たとえ獣の様な行動原理であろうとも、人間であったことを消し去ることはできない。


だが目の前にいるこの女はどうだ?


まともな言葉を話し、意思疎通もできる。

不自然なほどに呼吸が荒いわけでも、開ききった瞳孔をしているわけでもない。

手も震えておらず、正気を失っているわけでもない。


だというのに、同じ人間だと少しも感じない。

まるで……そう、蟲のようだ。


人の様に言葉を話し、人の様に表情の変わる蟲。

どれだけ人間として振舞おうとも決して同じではない。

理屈ではなく本能が、目の前の存在を拒絶しているのを感じる。


人と同じ姿形をした、人ではないナニか。


得体の知れないそれへ抱く感情に名をつけるのなら、まさしく恐怖と呼ぶに相応しい。




「……ほう。流石、人を見る目がある奴は違うな」


ジグは本心から、彼の眼力に称賛の声を上げた。

ヴァンノは想像以上に人を見極めることに長けているようだ。

シアーシャに手を出せば危険だとだけ理解してくれればよかったのだが、目を見ただけでそれ以上の何かを読み取ってしまったようだ。




「てめぇは何も感じないのか……? 知った上で、コレと行動してるのか?」


ヴァンノが掠れた声を絞り出す。


気づいていないのならば分かる。

彼自身、こうして改めて見るまでその異常性に気づくことができなかった。

だがこの男は違う。

初めからそうと知っていて、その上で側にいることを選んでいる。


ヴァンノはそれが信じられなかった。

敵や魔獣といる方がまだ理解できる。奴らの行動原理は明確で、何が危険で、どこに触れてはいけないのかが分かるからだ。


「……どうなんだよ?」


ジグはそれに答えず、傍らのシアーシャへ手を伸ばした。

大きな手を彼女の頭に乗せる。


アレだのコレだの言われてぶすっとしていたシアーシャだが、ゆっくりと頭を撫でられると徐々に頬を緩める。



「……」



見ようによっては微笑ましいその光景も、今のヴァンノにとっては警戒対象でしかない。


読めない。

この女が何を考えているか、次にどのような行動をとるかが、まるで読めない。



「俺にとってそれは問題ではない。金と、仕事。傭兵が求めるのはそれだけだ」

「……イカレてるよ、あんた」


心底から、ヴァンノはそう言い放った。

もはや言われ慣れたその台詞に苦笑だけで返すジグ。


「それで、どうする? 彼女に手を出すのはおすすめしないとだけ言っておこう」

「ご忠告、どうも」


そう言ってヴァンノは腰を上げる。


「ワシぁ素直だからよ、他人の忠告には大人しく従うことにするぜ」

「賢明だな」

「だからよぉ……」


病室の扉に手を掛けてヴァンノがこちらを流し見る。


「くれぐれも、そいつをウチに関わらせてくれるなよ?」


念押しするようにそう伝えると、彼は出ていった。





「失礼な人ですね。人のことをアレだのコレだのと……でも、中々鋭かったですね」

「ああ。こっちの大陸は鈍い人間が多いと思っていたが、奴だけは別格だな」


異種族……亜人というものに慣れているせいか、こちらの人間は異物に対する慣れがあるのかもしれない。すぐに気づけたヴァンノが特殊なのだろう。


「言われてみれば、向こうでは名乗りもしていないうちから魔女ってバレること多かったですね。私ってそんなに分かりやすいですか?」

「まあ、な。魔女とすぐに結びつけられるかは置いといて、普通じゃないのは目を見れば分かるぞ」



生物としての格が違う、とでも言おうか。

子羊が狼を本能で恐れるように、人は魔女という圧倒的な強者に畏怖を抱く。


「ジグさんも、ですか?」


少し不安げにしたシアーシャが横目でこちらの様子を窺うようにして聞いてくる。

どう答えるべきか一瞬悩んだが、結局素直に答えることにした。


「よく分からん」

「えぇ……」


肩透かしされたシアーシャが不満半分、安心半分といった声を漏らす。

どっちつかずで申し訳ないが、それが偽りない感想なのだから仕方がない。


「そもそも、俺たちは出会った瞬間から敵として戦っている状態だったからな。戦っている最中は恐怖もしたが、それは魔術の威力に対しての恐れだったように思う」


未知の相手との戦い、魔術の匂いという新しい感覚への戸惑い。

それら諸々の感じたこと全てを吹き飛ばす強烈な魔術。


「あの戦いで魔女本人を恐れている余裕などなかった。そして終わってみれば、紙一重とはいえ勝ってしまったからな。勝てた相手を過剰に恐れる必要もあるまい?」

「まあ、確かに……」


やや釈然としないながらも頷く彼女を余所に、ジグはあの時のことを思い出していた。



“もう、疲れちゃったんですよ”


諦めてしまったかのようにそう言った魔女。

全てを蹴散らす強大な力を持っていながらも、儚げに笑う孤独なその姿は……とても小さく見えたのだ。


「……む」


ふと眠気が襲って来た。

どうやらエネルギーの補充をした体が回復のための休息を要求しているようだ。


「……すまんが俺は眠らせてもらおう」

「はい、おやすみなさいジグさん。早く良くなってくださいね?」

「ああ」


生返事をしながらも急速に落ちていく意識。

それに抗わず、ジグは深い眠りについた。



「……ふふっ」


寝息を立てるジグを見てシアーシャが笑みを浮かべる。

席を立って手を伸ばすと、その頬へ手を添えた。

普段であれば近づくとすぐに目を覚ます彼だが、珍しいことに目を覚ます様子はない。

それだけ深い眠りなのか、それとも自分の前であればそうしても良いと考えてくれているのか。


後者ならばいいなと、そう思った。


手を離し、傷跡をなぞる様に滑らせていた指を口元へ持っていく。

唇に指先を当て、舌先で小さく舐めた。


「ふふっ」


シアーシャは含むように笑うと、起こさぬように静かに扉を閉めて病室を後にした。



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― 新着の感想 ―
かーっ!見んね霧子!卑しか女ばい!
[良い点] 亜人なんかの異種族が存在する大陸の人間にとってすら、さらに道を外れた存在に見える魔女さん。 新たな理解者()が増えて良かったですね…! 深く眠るジグの唇に触れて、その自身の指を「舐める…
[良い点] シアーシャが満足そうで良かった 全てに疲れてしまった魔女が今は楽しそうで嬉しい
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