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歩くこともままならないジグを、以前世話になったという繁華街の端にある小さな町医者へ担ぎ込む。

診療時間はとうに過ぎていたが、院長のドレアは嫌な顔一つせず受け入れてくれた。


「助かるよ先生。また世話になる」

「これが僕の仕事だからね。でも安くはないよ?」

「……お手柔らかにな」


財布事情を思い出し渋くなるジグの顔を見て、ドレアはふくよかな腹を揺らして笑った。


「懐の心配ができるようなら、まだまだ余裕はありそうだ。彼のことは僕に任せておいて」

「先生、お願いしますね」



用心のためシアーシャのみ空いている部屋を借りて泊まり、イサナはベイツたちへ報告のため戻るようだ。


「イサナ、世話になったな」

「……ふん、養生することね。その腕、錆びつかせたら承知しない」


その背に声をかけると、こちらを振り返らぬままそう言って去っていった。






「これはまた……手酷くやられたね。回復術かけてこれって、普通死んでるよ?」


傷の具合を診て感心しつつも呆れたように施術するドレア。

要所のみ治療を施したところでジグの顔色を見て、これ以上は逆に体の機能を落とすというラインを見極める。


「人より体が大きい分、頑丈でな」

「それでも、だよ。はいこれ。本当はまだ固形物食べさせるには早いんだけど……君は特別頑丈だから大丈夫」


ドレアが差し出してきた板状のものを受け取る。



「何だこれは?」

「特別な病人食。回復術は物凄く体力を消耗するんだけど、食べ物を消化してエネルギーにするにも体力がいるからね。栄養価の高い物をペーストにして固めた、消化に良い完全食だよ」


説明を聞きながら袋を破いて中身を見る。

どこか薬臭く、色の薄いビスケットのような見た目のそれを齧ってみる。


「……ふむ」


硬く、もそもそとしていて苦みが強い。ざらざらとした独特の食感はまるで砂を食べているようで、じゃりじゃりと不快感がある。その癖ねっとりとした油分が口内に充満する。

有体に言ってしまうと、不味い。


「うむ、酷い味だな」

「……そう言いながらも淡々と食べるんだね。これ味の評判かなり悪いのに」

「味が悪い程度で文句を言っていては、傭兵はやっていけないさ」


必要とあらば泥水でも啜り、ドブ鼠だろうと喰らう。

衛生的で栄養があるなら、それ以上を求めるのは贅沢というものだ。


「魔獣の肝とかだよ?」

「肝だろうと陰茎ナニだろうと構わんさ。血肉になればそれでいい」


やせ我慢でもなく平然と言ってのけると愉快そうにドレアが笑った。

今まで診てきた患者が揃って苦々しく食べる栄養食を、眉一つ動かさずに咀嚼していくジグがよほど新鮮だったようだ。


「いやぁ良かった。これ結構高いから無駄にならずに済んだよ」

「……」


ぴくりとジグの眉が動いた。

味を気にせぬ男が値段のことで動揺するのが余計に笑いを誘ったようだ。

ドレアは笑いを堪えながら“お大事に”と言って病室を去っていった。



釈然としないものはあるが、体力回復を優先して早めに休むべきだろう。

こちらの体調が悪かろうと敵は待ってはくれない。

今のところは大丈夫だと思うが、世の中何があるか分からないものだ。


明かりを消してベッドで横になって寝ようとすると、部屋の外に人の気配を感じた。

こちらの様子を窺うようにしているその人影が誰か気づくと、苦笑して声を掛けた。


「何か用か?」


声を掛けられて驚いたようだが、ややあってから控えめに扉が開けられる。

扉の隙間から滑り込むように入って来たシアーシャが後ろ手に閉めた。


懐から小さな石の様なものを取り出すと、魔力を込める。

するとその石はほんのりと明るい光を放ち始めた。

以前に読書のために買った照明用の魔具のようだ。

明るすぎない程度にまで光った所で魔力を止めると、机の上に置く。


「体調、どうですか?」


ベッドの横に来て先ほどまでドレアの座っていた椅子に腰かけると、ジグの調子を聞いて来た。



「良くはないが、なんとかなるさ。俺は回復術の効きが特別良いらしいからな」

「私よりは良いことは知っていましたけど、単純に体力の差のせいかと思っていましたよ……驚いたんですよ? この前ハインツさんに回復術を掛けた時に、全然治らなくて……」


そういえば、彼女が自分以外に回復術を使ったのはあれが初めてだったか。


「何故俺は効きが良いんだ?」

「こちらの人間は自然治癒も魔力に頼っているところが大きいんですよ。その分ジグさんと比べて治りは早いんですけど、回復術に慣れ切っちゃってるんです。“術で治るのならば、体本来の治癒力は必要ないので衰えていく一方”って、この前読んだ本に書いてありました」


必要のない機能は切り捨てて、必要な部分をより強化していく。

それは生き物として当然の進化でもある。


「……俺の祖先は、魔力を必要のない機能と判断したのか?」


短所もあるが、魔力で出来ることは幅広い。

それを無用と断ずる経緯がジグには想像もつかなかった。


「それはどうでしょうね。先祖返りという言葉もありますが、少なくとも私は人間が魔術を使っていたのを一度も見たことがありません」

「元から無かったということか?」

「その可能性もある、というだけです」


元から無かったのか、無くなったのか。

気にはなるが、学のない自分が考えても思いつかぬことだ。


「詮無い事、か。……で、そんなことを話したいわけではあるまい?」


本題に移るようにシアーシャを促す。

彼女は下を向いたまま、ぽつぽつと語りだす。


「あの男……ヤサエルでしたか。ジグさんが戦闘中にあんなに話していたのが珍しくて」

「ああ……」


ジグは物思いにふけるように視線を漂わせる。

イサナから免罪官の成り立ちを聞いて思ったことがある。



免罪官、ヤサエル。

強かった。

ただひたすらに、強かった。


まさに紙一重の戦い。

何か一つでも違えば、屍を晒していたのは自分の方だっただろう。



「奴は、境遇の違っただけの俺だ」


言葉は思ったよりも自然にこぼれていた。

口にしてみるとこれ以上ないくらいしっくりくる言葉。


「生まれた環境は過酷で、選べる道はそう多くない」



片や戦争で寄る辺をなくした孤児。

片や親に差し出された信仰の道具。


―――それでも。



「それでも、自分で戦うことを選んだ」


境遇のせいでもなく、誰かに強制されたわけでもない。

誰でもない、他ならぬ自分が、幾多の屍を跨いで進んできた道。



―――そのやいばは自らの意志で振るう。





「……奴の死に顔はな、実に晴れやかだったよ」


何の悔いもなく、自らの死を当然のものとして受け入れていた。

今までの行いを悔いるわけでもなく、しかしそれに背を向けるわけでもない。




「俺は…………俺も死ぬときには、あんな顔ができるかな?」



口を突いて出たのはそんな言葉。

誰にともなく呟いた言葉が煙のように宙を漂う。



耳に痛いほどの静寂を破ったのは、シアーシャの感情を押し殺そうとして、上手くいかない少し震えた声。



「ジグさんは……死にませんよ」


その手がジグの指先を掴む。


「私が、死なせません」



わずかに震えた声とぬくもりは、ジグの感傷的な意識を戻すには十分すぎた。

浮いた視線をうつむいたままの彼女へ向ける。


肩を震わせるシアーシャの姿。

魔女ではなく、失うことを怖れるだけの娘がそこにはいた。



……らしくもなく、何を感傷的になっていたのだろう。

死の縁を彷徨った程度で、今更なにを感慨にふけることがあるというのか。



(護衛対象にこんな顔をさせてしまうとは、反省が必要だな)



目を閉じて、深呼吸。

閉ざされた視界の中、指先に感じる確かな感触を強く意識する。




そうして目を開いた時には、いつもの傭兵のかおがあった。


「……仕事があるからな。果たすまで死ぬつもりはないさ」

「あっ……」


てのひらをシアーシャの頭に載せる。

大きく暖かなその感触に、彼女は震えを止めて受け入れた。


黒髪に指を絡ませて頬までを撫でおろす。

艶やかなその肌触りを心地よく感じながら、いつもの調子で予定を確認する。



「障害も片付いたことだし、俺が退院したら冒険者業を再開するんだろ? 準備しておいてくれ」

「……はいっ」


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― 新着の感想 ―
もっとイチャイチャがみたい…。
そしてネクロマンシーに興味を持つシアーシャさん
[良い点] 本当に二人の関係好き
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