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怪我はかなり酷い状態だった。

腹に突き刺さったままの錫杖は迂闊に抜けば失血死しかねないほどに深く、強打された肋骨は折れている。

所々に負った打撲も決して軽いものではない。


シアーシャに回復術をかけてもらえなければ生き残れたかは微妙な所だっただろう。

特に腹部に刺さった錫杖を抜くのが一番苦心した。

清潔な布できつく巻き、いつでも回復術をかけられる状態にして一気に引き抜いたのだが、止血しながら何度か意識を失いかけたほどだ。


一通りの出血を止めたところで一度治療を切り上げる。


「大丈夫ですか?」


こちらを気に掛けるシアーシャに片手で問題ないと返す。

まだ内部は完全に治り切ってはいないが、治すまで体力が持つかも分からない。

先の戦闘で消耗していたのもあるが、これ以上回復術を使い続けると動けなくなってしまいそうだ。それほどに激しい戦いだったのだから仕方がないが。


怠くなった脚に喝を入れるように一度叩くと気合を入れて立ち上がる。


「……よし、行こう。入り口を開けてくれ」

「はい」


シアーシャが手をかざし、扉のない入り口を覆っていた岩が崩れていく。

増援が居た場合に備えて武器に手を掛けておくが、その必要はなかった。


取り除かれた岩の向こうはもう夜になっていた。

今夜は満月のようだ。

広い敷地を魔具と月明かりが照らし、夜だというのに明るい。



そして、入り口付近から半円を描くように死体が積み重なっていた。

死因は鋭い斬撃によるものだろう。

胴や首に刻まれた傷跡は非常に鋭利で、ほとんど抵抗なく斬られていた。相当に鋭い刃物でないとこうはならない。

だがそれを成した人物の得物を考えれば難しいことではない。




「……遅かったね」


二十は下らないであろうその死体の中心。

月明かりを浴びて輝く白髪を揺らしてイサナが振り返った。


「……何故お前が?」



わずかに警戒を滲ませながら問う。

彼女は警戒するジグを気にも留めず、頬に付いた返り血を手拭いで落としている。

戦闘の興奮が抜けきらない体を落ち着けるかのように細く息を吸って、吐いた。


「借りを返しに来た。それだけ」


事も無げ言って見せるイサナにジグが眉をひそめた。



「馬鹿な。下手をすれば澄人教を敵に回すことになっていてもか?」

「……あなただってそうしたじゃない」



少し呆れたようにイサナがジト目になる。


今でこそマフィアと協力関係にあるが、以前ジグがジィンスゥ・ヤの依頼を受けた時も下手をすればマフィア全体を敵に回しかねないことだった。


「俺とお前では背負っているものの重さが違う。軽率な行動で、苦労して得た平穏を自ら手放すつもりか?」

「……なによ、素直にお礼くらい……」


ジグの口調は珍しく責めるようなものだ。

平身低頭とまではいかなくとも、感謝の言葉ぐらいは期待していたイサナが叱られた犬のように耳をしょげさせる。


「―――」


その時、イサナの優れた聴力がこちらに近づく足音を捉えた。

下を向いていた耳がピンと立ち、視線が警戒の色を帯びる。


彼女の見る先、建物の曲がり角から姿を現したのは複数の人影。

肩をいからせ、どう見ても一般人ではない暴力の気配を漂わせた者達。


しかしそれを見たイサナは意外そうな顔をして警戒を解いた。



「あんたたち、バザルタの?」

「……イサナ殿、何故ここに?」


顔に傷跡の残る強面の男、アルバーノがイサナを見て驚く。

二人はここにいるはずのない者同士の存在に困惑するが、ジグたちの状況はそれを待っていられるほど悠長でもない。



「悪いがそっちの話は後にしてもらおうか」


割り込んだジグがアルバーノへ視線を向ける。


「そちらとの約束通り、建物には極力傷をつけずに済ませたぞ。扉と中の家具は無残だが、諦めてくれ」

「……本当に、二人だけでやったのか?」


とても信じられないとでも言いたげなアルバーノに向かってジグが手に持っていたものを放る。

しゃらんと音を立てて彼の前に転がったのはヤサエルの持っていた錫杖だった。

それに見覚えのあるアルバーノが目を見開いた。


「こ、これは……!?」

「免罪官ヤサエルは、俺が殺した」



それ以上の証拠は彼らにとって不要だった。

これの持ち主を憎々しげに思いながらも、長年手を出すことができずにいた理由だからだ。


「後の処理は任せた」

「あ、ああ……」


話が終わるとアルバーノは後ろへ目配せをし、それを受けた部下が教会内部へ向かう。


「……そういうこと。随分手回しがいいじゃない?」


彼女はジグがバザルタとどういう取引をしたか想像がついたようだ。


この辺り一帯を縄張りとしている教会勢力を処理し、その土地をマフィアに売り渡す代わりに諸々の面倒ごとを請け負わせる。

それをバザルタへ持ち掛けたのが昼の事。


「最初は笑われたがな。“できるものならやってみろ”とな」

「そりゃそうでしょ……」


粘ついた笑みを浮かべるヴァンノを想像してイサナが肩を竦めた。

腕に自信があるとはいえ、たった二人で澄人教を相手取るなど正気ではない。

部下の報告を聞いてあの蛇のような男がどんな顔をするかは大変興味があるが、それを見ることはできそうにないのが残念だ。


「にしてもシアーシャまで連れてくるなんて、らしくないね。護衛対象なんでしょ?」

「俺もそうしたいところではあったが、な」


教会を後にするジグたちにイサナもついてきた。

彼女の言い分はもっともであったが、今回ばかりは報復よりもそちらが主目的であったのだから仕方がない。


ジグへ危害を加えた教会に加えてギルドへの立ち入り禁止宣言。

シアーシャの怒りはまさに爆発寸前だったのだ。

あの場だけ彼女の怒りを抑えても必ずどこかで反動が来ていただろう。

もしそうなってしまったらどこまでの被害が出るか想像もできない。


「仕方がなかったんですよ。だってあの人たちに狙われている間はジグさんをギルド立ち入り禁止っていうんですよ。早く冒険者業を進めたいのに酷いですよね?」

「え、まあ確かに……?」

「なら、居なくなってもらうしかないじゃないですか?」

「確かに……」


(説得されてどうする……)


シアーシャはもちろんだがこの女も大概だなとため息をついたところで、先ほどの疑問を思い出す。


「さっきも聞いたが、何故お前があそこにいた?」

「だから、借りを返しに……」

「それは分かった。誰に俺たちの話を聞いたんだ?」

「ウルバスとベイツと……一応、エルシア」


話が思ったよりも広がっているようだ。

ギルド内とはいえ派手にやったので無理もないが。


「ウルバスが頭抱えていたよ。自分のせいで面倒ごとに巻き込んだって」

「それとは関係がないと、伝えたんだがな……」


あの生真面目で恩義を大事にする鱗人はそれだけで割り切れるほど器用ではないらしい。


「ベイツとエルシアも、あなたたちに非がないことを方々に伝え回っているよ」

「……手間を掛けたな」


イサナも増援を相手にしてくれていたりと、なんだかんだ色々助けられている。

今度礼をしておかなければ。


「っ」


そんなことを考えていたジグの膝がかくんと落ちた。


「ジグさん!」


すぐさまシアーシャが支えるが、ジグの体重を彼女だけでは無理がある。

諸共倒れそうになるところをイサナが慌てて支えた。


「ちょっと、大丈夫なの?」

「……すまん、思ったより足に来ていたようだ」

「いいよ。シアーシャ、そっちお願い。このまま行こう」

「はい」


二人に肩を支えられてジグが歩く。


「悪いな」


先ほどから傷を負っているのは動きから気づいていたが、こうして近くに来ればその酷さがよく分かる。

特に腹部の傷は相当に深く、こうして歩いているのが不思議なほどの深手と言える。


「……」


負傷したジグを見たイサナが興味深そうに耳を揺らす。


この傭兵、ジグの戦闘能力は尋常ではない。

武術に秀でた部族、ジィンスゥ・ヤにおいて達人と呼ばれる自分をしてもこれほどの猛者はそうそう見れるものではないのだ。

それほどの強さを持ったこの男をここまで追い詰めるとは、一体どれほどの強者なのか。


自分の顔に自然と笑みが浮かぶのが分かる。



「……ねぇ。免罪官ってそんなに強かったの?」


そんな場合ではない、そう分かっていても聞かずにはいられなかった。


「ああ、強かったよ」

「私よりも?」

「お前よりも、そして俺よりも……奴は強かった」


そうして返って来た答えは、期待以上のものだった。

イサナの笑みが深くなる。

昂る感情を抑えきれない。



「あなたよりも? 勝ったんでしょう?」

「奴は俺より強かった。だが、勝ったのは俺……それだけのことだ」



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― 新着の感想 ―
闘争の大原則。 生き残った方が勝者。 技量、運…様々な要素はあれど、実戦は文字通り生死を賭ける。 最後まで死力を尽くした結果、僅かな天秤の傾きで勝敗が決まる。そこに善悪はない。 だがそれでも、対等に闘…
[気になる点] 武具のグレードアップ以外の要素でのジグのパワーアップは今後あるのだろうか
[一言] >そちらとの約束通り、建物には極力傷をつけずに済ませたぞ シアーシャが更地にして、最初から何も無かった事にするのかと思ってました。
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