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アカウントが永久凍結されてました……どういう基準なんでしょうね? @NTchouhoukiteki こちらで作成しなおしました。よろしくお願いします。
仕事終わりの冒険者たちが増えてきた頃のギルド。
ジグたちが去って行ったのをどうすることもできずに見送ったウルバスは、どうしていいか分からず右往左往していた。
「どうしよう、どうしよう……」
忙しなく舌を出し入れしながら尻尾を不規則に揺らしている。
他種族、というよりも人間と波風立たせぬように普段からあまり目立たぬように気を遣っている彼にしては珍しいことだ。それだけ慌てているのだろう。
長い尾が他人に当たって微妙に迷惑そうな顔をされているのにも気づかずにいると、後ろから野太い声が掛けられた。
「よぉ、ウルバスじゃねえか。どうした?」
背丈の高い彼がそうしていると非常に目立つ。
それを見かけたベイツが何かあったのかと声を掛けたのだ。
厳つくもどこか愛嬌のある顔でのしのしと歩いてきた。相方のグロウは先に帰ったのか、彼一人だ。
ウルバスはベイツを見て目を輝かせた。
彼は見た目の粗暴さからは想像できぬほど面倒見がよく、分け隔てなく接することで有名だ。無論ワダツミのクランメンバーを最優先するが、過去大小問わず彼に助けられた冒険者は多い。
彼の知恵を借りようと藁にも縋る思いで助けを求める。
「ベイツ、良い所に。ちょっと、困ったことになってしまった」
「なんだ、結構マジな話か」
普段落ち着いているウルバスがこうして慌てているのは珍しい。何かあったのだと察したベイツはとりあえず座れと端の空いていたテーブルに着く。
(このテーブル何で穴だらけなんだ……? 端っこひしゃげてるし)
椅子に座った際、いくつか気になるところもあったが今は後回しだと首を振る。
「まずは順番だ。事の発端から話してみろ」
「分かった。実は今日……」
ウルバスが事の次第を話し終えると、沈黙が降りた。
話を聞いていたベイツは途中から頭を抱えて黙り込んでいる。
しばらく無言でそうしていたベイツだったが、ややあって腹の底から唸り声を上げた。
「どぉしてそうなっちまうんだぁ……?」
奴はトラブルを起こさずにはいられないタイプの人間なのだろうか。以前自分たちもその一因だったのであまり強くは言えないが、この頻度は明らかに異常だろうとベイツは内心でこぼす。
蜥蜴の亜人は申し訳なさそうに項垂れてしまう。
「あの、僕が迂闊なこと言ったせいで……」
「いやそれに関しては微妙なところだろ。要はあの人間至上主義者共の禁句に触れちまったってだけだろ? 世間からほぼ消えかけていた禁句なんて誰も分からねえよ」
ウルバスは二次災害を恐れて鱗人の言葉は一切口に出さず、澄人教の禁句を知らずに伝えてしまったとだけ話していた。
面倒なことになったなと腕を組んだベイツが頭を悩ませる。
「ジグには借りもあるし大抵の事なら何とかしてやるつもりだったんだがよぉ……流石に澄人教と正面切って殺し合いってのは話が変わってくるぞ……」
この街、ハリアン支部だけの教徒の数は実はそこまででもない。
どちらかというと人間主義という緩い潜在的教徒は数多くいるが、教会にまで通う熱心な教徒は精々数百程度。それも戦える人間となればさらにその数は落ち込む。
「それでも数の上じゃ勝負にもならねえし、何より組織と組織が明確に敵対するってのがマズイ」
個人がそこに手を貸したのならばともかくワダツミのクランメンバー、それも幹部格が加わったとなるといくら口で個人だと言ったところで周りはそうとは受け取らない。
「じゃあ、僕だけでも……」
「バカ落ち着け! お前が参加したらいよいよ本格的な殺し合い潰し合いになっちまう。蜥蜴の“亜人”が攻め込んできたってな。何とかうまくやってる他の仲間全員に迷惑かける気か?」
慌てたベイツが最悪の事態を招きかねない行動を止めた。
奴らは亜人を排斥することに熱心だが、流石に無差別殺人まではしていない。それというのも亜人側が基本的には温厚で、面倒な人種とは争わずに距離を取るスタンスでいるからだ。
直接の殴り込みに亜人が関わっていたとなったら澄人教だけでなく、消極的に亜人嫌悪のある世間そのものが敵に回りかねない。
短慮をベイツに怒られて力なく尻尾を垂らす。
「それは……できない……」
「もう起こっちまったことは仕方がねえ。何とか伝手を使ってフリーの冒険者に声を掛けてはみるが、あまり期待するんじゃねえぞ?」
澄人教とのいざこざに首を突っ込んでくれそうな冒険者の心当たりはないこともないが、彼らを動かすのにはかなり骨が折れる。
これはすぐに動かなくてはと腰を浮かせた所に涼やかな声が降って来た。
「随分面白そうなことになってるみたいじゃない」
大きくはないがよく通る声に二人が振り返る。
そこにはいつの間にいたのか、一人の女が居た。
翠の瞳をした鋭い面立ちに美しい白髪を背中の中ほどまで伸ばしており、片側を一房編んで垂らしている。
彼ら特有の意匠をした着流しを纏い、羽織を一枚肩に掛けたその姿は自然体そのもの。
片腕を腰に佩いた刀の柄頭に乗せたまま滑るように歩く彼女、イサナ=ゲイホーンは好戦的な表情を浮かべながら空いた席へ腰かけた。
「おまっ、イサナ!? 何でお前が?」
「“白雷姫”……!」
直接面識のないウルバスにもイサナの噂は聞いている。二等級でも上位の実力を持つといわれる彼女は、その出自含めて色々と話題に事欠かない。
「なんでお前さんが首を突っ込んできやがる」
「珍しい武器持ったでかい男が面倒な連中に絡まれてたって聞いて、知り合いと特徴が似ているから調べてたの。そしたらあんたたちの話が耳に入ってね」
そう言って耳をピコリと動かして見せる。
どうやらあの無骨な大男はかの天才剣士とも関わりがある様だ。何となく予想はしていたが彼の交友範囲は想像以上に広い。
この街に来てからの期間を考えると異常なほどに。
ベイツが面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「二等級冒険者様が盗み聞きとはいい趣味してるじゃねえか。悪いが、今はてめえに構っている暇は」
「私が手を貸しましょうか?」
すげなく追い払おうとしたベイツの言葉を遮ってイサナが唐突に切り出す。
速度で翻弄する彼女の立ち回りは何も剣だけに限った話ではないようで、さらりと言い放ったイサナの台詞に不意を突かれたベイツは思わず言葉に詰まってしまった。
だがベイツはすぐに切り替えると、イサナを戦力に加えた場合を頭の中で想定する。
「……お前がこっちにつくって言うなら話は早い。だが、いいのか? さっきのやり取りは聞いていたんだろう」
異種族である彼女が澄人教と敵対すれば部族全てが“そう”とられる。
それでも構わないのかと凄むベイツに、白雷の姫は不敵に笑った。
「ジィンスゥ・ヤはあの男に借りがあるの。私個人としても、ね」
その言葉の比重は前半と後半で違うようにウルバスは感じた。
イサナは刀の柄をゆっくりと撫でまわす。その手つきは、まるで初恋の相手を思うかのようにねっとりとした執着を孕んでいる。
彼女の浮かべる笑みが自然と深く、攻撃的なものに変わっていく。
「私たちは貰ったものを必ず返す。―――恩も、怨も」
どちらに恩で、どちらに怨なのかは、聞くまでもないだろう。
突如現れた強力な味方は随分とやる気満々で、いい意味で誤算だ。
風向きが変わって来た、そうベイツは感じる。
「……よし、そこまで言うなら実働は任せる。だけど流石にお前だけじゃ手が足りねえ。もうちょいベテランに顔の利く奴が欲しいな……」
澄人教を倒せばそれで終わりというものではない。
彼らに非はなく、正当防衛……そう周りに理解してもらえなければ二人がこの街で冒険者業を続けていくことは難しい。イサナは腕っぷしは十分だが、基本一人で行動しているためあまり交友関係が広いとは言えない。
ベイツは顔が広く交友関係も多岐に渡るが、流石に一人でできることには限度がある。
(もう一人くらい腕も名前も売れてるやつがいれば何とかなりそうなんだがな……)
そう考えていたベイツの視界の端に見覚えのある姿が映った。
「おう、似非僧侶! ちょっとこっち来いや」
声をかけ手招きするとその人物は法衣を揺らしながらこちらに歩み寄り空いている席、イサナの正面に腰掛ける。
「ちょっとハゲ、あんまりふざけたこと抜かしてると頭以外の毛も毟り取るわよ?」
銀髪の法衣を着た女、エルシアはそう言って眼帯越しに器用にガンを飛ばした。




