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感想で言われましたが、前回最後まるでデートの彼氏彼女みたいなやり取りですね……

「相手は一人だ! 消耗させろ!」


乱れ飛ぶ魔術を前に一か所でまとまるのは危険だと判断した信徒たちが散開する。

圧倒的な脅威を前にしても信徒たちの動きには迷いがなかった。

戦闘経験のある者を筆頭にして素人ながらも組織立って攻撃と防御に分かれる。


へえ、と感心の声が漏れた。

今まで自分の力を見せた後に戦う意思を残している者がいなかったわけではない。熟練の兵士や無謀な者など、強大なものに立ち向かう人間はいつだっている。

しかし当たり前だが全てではなく、逃げ出す者も多くいた。彼らの様にそのほとんどが迷いなく戦うことを選ぶのは、幾多の人間を屠って来たシアーシャにとっても珍しい事であった。


「いい度胸です」


経験や練度ではなく忠誠心のみでこれを成しているのだとしたら、宗教を侮れないと口にしていたジグの言葉にも頷けるというものだ。



飛んできた炎の矢を石盾で散らしながら視線を巡らせる。

既に十人ほど潰して、残りは三十人ほど。その半分以上が素人同然の信徒たちだが、中には荒事に長けた者も混じっているはず。

数が多くて一見しただけでは誰がそうなのか分からない。


「少し、間引きますか」


倒す殺すではなく、間引く。

シアーシャはまるで小さい農作物を摘み取るように軽く口にすると、術を唱えて足踏み一つ。

魔力を足先から広げていく。


「?」


信徒の一人は足元が揺れたような気がして下を向いた。次の瞬間、石材の床が若木ほどの太さをした石の杭へと姿を変える。

正面に張った防御術を無視して床から生えてきた杭は信徒の胸を串刺しにした。


「……え?」


何が起きたのか分からない。

そんな顔をしたまま胸から生えた杭を見て、何かを口にしようとして血を吐いた。


「下だ! 下からくる…」


防御術を下へ向け、そう警告しようとした信徒の顔面に岩槍が突き刺さる。

正面と下から襲い来る魔術に信徒たちは大混乱を起こした。


「くそ、どうやってこんな威力の魔術を同時行使できる!?」

「それより魔力はいつ尽きるんだよ!」


喧々囂々(けんけんごうごう)としながら浮足立つ信徒たち。

シアーシャはその混乱の中でも素早く動く影を視界の端で捉えていた。


時折飛んでくる苦し紛れの魔術を石盾で防いで一瞬視界が塞がる。

その瞬間、盾の陰から飛び出た男がシアーシャへ迫る。


何らかの魔具であろうその短剣は刀身に水を纏っている。

攻撃術を唱えている今、防御術は間に合わない。

腹部目掛けて突き出された短剣は一息に根元まで埋まる。


―――二人の間に突き出した石の杭に。


「っ!?」


短剣の纏った水はどう作用しているのか、シアーシャの魔力で補強された石の杭に深く突き刺さっている。しかし肝心の彼女へは傷一つ付けられていない。

男は奇襲の失敗に後ろへ跳ぼうと足に力を籠めるが、


「悪くなかったですよ」

「がぁっ!」


短剣を捨てて距離を取ろうとしたときにはブーツを貫いて生えた杭に足が縫い止められていた。

それでも倒れずに体勢を崩しただけなのは流石ではあるが、魔女相手にその硬直は命取りだった。足を引き千切ってでもその場を離れるべきだったのだ。


「でももっと力がないと、ね?」


シアーシャが片手を上げてくるりと指を回すと、四方から飛来した石が男の全身を覆って拘束する。

そして掌を握るように閉じていくと、それに合わせてまとわりついた石が徐々に圧力を掛け始めた。


「…………っ!!!!?!?」


口元まで石に覆われて声も出せずにくぐもった悲鳴を上げるが、その声は届かない。

最初は骨の砕けるミシミシと軋む音が、段々と肉の潰れて水気の混じった音に変わっていく。

石の間から絞ったジュースのように血が滴り始めた。


「この前は頭部を残さないといけなかったので飛び散っちゃいましたが……今日は綺麗にできますよ?」


「……っ!!」


徐々に握りしめていく手が完全に閉じられた。

彼女の宣言通り、隙間なく覆われた石のおかげで血肉が飛び散ることなく男を処理することができた。


子供ほどの大きさをした石の塊。あふれ出た血と、細長くひりだされた骨肉のみが男が居たことの証明だった。



「さぁ、次は誰?」



見惚れる程の美しい微笑をして魔女が問う。

その得体の知れない彼女を見て、初めて信徒たちの顔に恐怖が浮かんだ。



一歩、前へ。


彼女が進んだだけ、彼らが下がる。

それを見たシアーシャが少しだけムッとしたような顔をした後、術を唱えて一つ手を打ち鳴らす。


彼女が魔術を使ったことに信徒たちは身構えたが、何も起こらない。

不思議に思っていると、不意に辺りが暗くなった。部屋の明かりは点いたままだというのに何故?


「で、出口がっ!?」


一人がそれに気づいて声を上げる。

その声に視線を向ければ、なんと正面扉が有った場所に巨大な岩が蓋をするように聳え立っていた。暗くなったのは外の夕日が遮られたせいだった。

見れば扉だけでなく窓も、外に出られそうなところは一つ残らず封鎖されている。


―――誰一人、逃がさない。


彼女の行為に籠められた意味を、否応なしに信徒たちは正しく理解させられた。


「まさか、今更逃げようなんて思ってはいないでしょうけど……一応、ですね」


悪戯っぽく笑った彼女が人差し指を形のいい唇の前で立てる。

妖艶でありながら少女のような魅力に、異性のみならず同性をも虜にしそうな仕草。


「折角の機会です。存分に楽しみましょうね?」


そして、宴が始まった。





教会内が暗くなり、魔具の明かりだけが室内を照らしている。

錫杖を手にゆっくりと壇上から降りるヤサエル。


「……祈る、か。何を祈っていた?」


問いながらも油断なくヤサエルの動向を窺う。

足取りは緩やかだが、確かな歩みで頼りないものではない。


彼は変わらぬ表情のまま、金髪をさらりと揺らして足を止めた。


「あなたの罪が、赦されることを」


向かい合った二人の距離は十メートル。

お互いを阻む者は誰もいない。


シアーシャの安否を振り返って確認することはない。

先ほどまで背後では戦闘音が響いていたが、今や悲鳴と血肉飛び交うお祭り騒ぎが繰り広げられているようだ。


「祖先様とやらは赦してくれそうか?」

「ええ、勿論ですとも。その為に私がいるのです。“赦し”を与えましょう」


にこやかにそう答えると、彼は錫杖を構える。

死をもってつぐなう……ということだろう。


ジグは肩を竦めると体の調子を確かめる。

盾で殴られた部分は多少の痣で済むので戦闘に支障はない。斬られた脇も浅かったため血は止まっている。肩の傷、こちらは少し良くない。雷の術が掠めた所は熱を持ち、痛みとわずかな痺れが残っている。


万全とは言えないが、贅沢も言ってられない。

先の冒険者たちは間違いなく手練れだった。彼らを相手取ったにしては傷は少ない方だろう。


ジグは運が良かったと内心で呟くが、実は少し違う。


彼は対人戦の経験が非常に豊富だが、それはあくまでも元居た大陸の人間相手の話だ。

こちらの人間が魔術を使うのは勿論だが、大きな違いは身体強化術にある。彼らは魔力の出力を調整して強化術の強度を上げることで、瞬間的に膂力を増強したり移動の速度を上げることができる。その代わり魔力を使い過ぎれば著しいスタミナ不足を引き起こす羽目になるが。


強化のできない大陸の人間は自分の持っている身体能力を大きく上回る力を出すことができないが、元々の強度が違うためどちらが一方的に強いというわけではない。


つまるところ、体の動かし方や戦い方そのものが違うのだ。無論基本的な動作や技法に大きな差はないが、通常の動きから著しい加速や予備動作の少ない怪力。

そういった身体強化術者特有の戦い方にジグが慣れ始めていた。



「名を」

「……ん?」


戦闘に備えて体の稼働具合を確かめ終えたジグにヤサエルが語り掛ける。


「あなたの名を聞いてもいいですか? これから罪を赦す罪人の名前を、私の心に刻み付けます」


挑発しているのかとも思ったが、どうやら本気で言っているようだ。

理解はできずとも、それが彼の流儀……いや、教義なのならばと答える。


「ジグだ。ジグ=クレイン」

「ありがとうございます」


ヤサエルは胸に手を当ててジグの名をかみしめる様に口にした。その顔は本当に真剣で、彼が聖職者なのだと改めて理解させられる。


やがて顔を上げると、やはり彼は柔和に笑った。


「では、始めましょうか」

「ああ」


お互い向き合って構える。

ジグは半身になって双刃剣を後ろへ。右手で柄を持ち左手は添える様に置いている。

対してヤサエルは腰を落とした下段構え。右手を後ろ、左手を上からかぶせるように緩く錫杖を握り、飾り部分を下へ向けている。


読み合いは一瞬。

勢いよく踏み込んだジグが先手を取り、ヤサエルがそれを迎え撃つ。


傭兵と免罪官。

罪人と断罪人。


彼らはお互いの目的のために激しく、苛烈に殺し合った。


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― 新着の感想 ―
ジグは強いところ見せないと魔女に契約とか命とか切られるからね
[良い点] 魔女の宴。ワルプルギスの夜。
[気になる点] ジグが白兵戦仕掛ける必要ってあるんでしょうか? シアーシャ1人でやった方が確実な気がする。
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