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魔女と傭兵  作者: 超法規的かえる


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一週間経ちましたが、未だに凍結されたままですね……

一巻分の校正作業が完了いたしました。校正自体はすんなり終わりましたが、結構書き足しましたのでお楽しみに。

ぐるんと一回転させられた盾に引っ張られた男の腕が可動域を越えた。

束ねた枯れ木をまとめて折ったかのような音に遅れて、男の絶叫が上がる。


「ぐぁぁああああ!? っ、がああああ!!」

「っ!」


男は電流が走ったような激痛に悲鳴を上げながらも即座に左手の長剣で反撃を加えてくる。

敵ながら見事な判断と胆力だ。あと少し動くのが遅かったら肩関節ごと右腕を破壊していた。


盾から手を放して下がったジグと男の間にすかさず槍使いの女が割り込んでフォローに入る。


「貴様ぁ!!」


怒りの咆哮と共に突き出される槍をダッキングとスウェイで躱し、ステップで距離を取る。

後衛の男が追撃に魔術を飛ばしてくるが、それ単体だけならば牽制にしかならない。半身になって被弾面積を減らし、命中弾のみを魔力耐性のある虹龍蝦にじしゃこの手甲で弾いていく。


男の右腕はこの戦闘では使い物になるまい。回復術は万能ではなく、切れた折れたといった負傷ならば治癒も早いが、複雑に壊されればそれだけ時間も体力も必要だ。

咄嗟の判断で肩は無事だが、肘をあそこまで破壊されてはすぐの復帰は難しい。


折れ曲がった腕では嵌め込んである盾を外すことはできず、壊れた腕に重量物をぶら下げていては剣で戦うこともままならない。そして、剣を置いて悠長に外している時間など与えはしない。


無手のジグが動く。

アップライトで頭部を守ったまま前ステップ。体が大きく、脚力も強いジグのステップは並の人間よりはるかに長い。

上体をほとんど動かさぬままに距離を詰めるジグへ刺突が放たれた。

腰の入った鋭い突きが風切り音を上げながら迫る。


突きというのは威力と速度が優れるのに加え、受け手側からは点にしか見えないため間合いがはかりにくい。その反面、命中精度に難があり攻撃範囲が狭く制圧力は低い。


頭部目掛けて突き込まれた槍を上体の最小限の動きで芯をずらし、手甲で表面を滑らせて左へ逸らす。


「ばっ……!?」


必要分だけ避けていなす。

口にすると簡単で動き自体は実にシンプルだが、“手練れの槍使い相手に距離を詰めながら”となるとまるで話が違ってくる。

前進しながら成された絶技に槍使いの眼が驚きに見開かれる。



「シッ」


鋭い呼気と共に弾いた左手をそのまま攻撃へ。

ステップと腰の捻り、背筋を活用した左ストレート。

突き手と同じ足で石畳を強く蹴り、コンパクトながらも十分に人間を殺せる威力を乗せた拳を放つ。


「させん!」


カウンターの拳が叩き込まれる直前、後衛の魔術師が魔具を起動する。腕輪に籠められた防御術が発動し、ジグの拳を押しとどめる。


九死に一生を得た槍使いが反撃をしようとした瞬間、背に悪寒が走る。

半ば反射的に頭を下げると、何かが通り過ぎた。後ろで一本にまとめた髪の毛が引き千切れる感覚。



(これを躱すか……!)


相手の勘と反応の良さに舌を巻く。



バトルグローブによる衝撃波を辛くも躱した槍使いが今度こそ反撃に出る。

槍を横薙ぎに払った。胴を目掛けて振るわれた槍は避けるには近すぎて、伏せるのも間に合わない。


左の手甲を下げて受けると、衝撃を逃がすように右へ跳んだ。

追撃を掛けようとした彼女はジグが跳んだ方向を見て、その狙いに気づき目を剥く。


「しまった!?」


先程手放した双刃剣のもとへ跳んだジグが右手に握り込んでいた硬貨を弾く。

ジグの狙いに気づいた後衛の男が放った雷撃と蒼金剛の硬貨がぶつかり、狙いが逸れた雷撃はジグの肩を焦がして壁を削るだけに終わった。


転がりながら武器を拾ったジグが腰を落として口の端を釣り上げる。

足幅の狭く重心の高いアップライトから前傾姿勢の突撃体勢へ。武器を肩口で構えると蹴り足を強く意識する。


「……!」


空気が弾けるような音と共にジグの体がブレる。

石畳にひびが入るほどの踏み込みはその巨大な体を砲弾のように撃ち出した。

負傷した仲間を背にした槍使いは逃げることもできず、その場で迎え撃とうと体の魔力を練り上げる。


進路上に雷の槍が三本放たれたが、ギアを上げたジグの突進速度を読み違えた魔術は通り過ぎた後を虚しくすれ違う。


「逃げろっ!」


魔術師が悲鳴のような声を上げるが、仲間を背にした彼女は退かない。

瞬きの間に距離を詰めたジグが断頭台のように構えた双刃剣を振り下ろした。


「せああぁあ!!」


槍使いは渾身の力を以ってそれを受け止める。

槍を両腕で持つと左足を下げて突っ張り、右足を前へ。纏う防具が発する防御術と身体強化術を全開にして守りに徹する。


真っ向から激突し、生じた轟音が教会を揺らした。



全身がバラバラになったかのような錯覚。

踏ん張った右脚が石畳を砕き、槍を支える腕はおかしな風に曲がり、随所から血が噴き出ている。


「……ごふっ」


こみ上げてくる血を吐き出す。真上からの衝撃は体中を駆け巡り、腕はおろか骨や内臓にまで損傷を与えている。

防御障壁は軒並み打ち破られ、特注の槍は見るも無残に曲がってしまっていた。


だが、それでも折れてはいない。


体はボロボロ、武器もがらくた同然の酷い有様。

それでも、彼女の全霊を賭した防御はジグの一撃を受けきっていた。



見上げた根性、大したものだと褒めてやりたいが……


「仲間を見捨てて二人がかりなら、まだ勝機はあったものを。冒険者おまえたちは仲間を大切にし過ぎる」


それで共倒れでは元も子もないだろうに。

膝をついて血を吐く槍使いに止めを刺すべく双刃剣を振り上げる。


「らぁあああ!」

「っ!?」


振り下ろそうとした瞬間、膝をつく槍使いを飛び越えて男が斬りかかって来た。

ジグにし折られた右腕に盾はない……正確には、肘から先がない。

外している時間を惜しんで自分で切り落としたのだと、血の滴る彼の長剣を見て理解する。

油断ではなく、彼の覚悟がこちらの予想を上回ったのだ。


文字通り決死の攻撃を仕掛けた男。その刃はジグの首筋を浅く捉えていた。


「……見事だ」


賞賛の言葉が素直に漏れる。

これが利き腕だったのならば、あるいは首の中心を貫けたかもしれない。

だが、これが結果だ。


双刃剣が回る。

一刀で長剣を持つ腕を落とし、後を追う二刀目で首を落とした。

石畳を転がった頭部が血の跡を引きながら転がっていく。


「―――あ」


槍使いの視線がそれを追いかけ、動こうとしたが体はついていかずに前のめりに倒れた。

動かぬ手を伸ばそうともがく、その頸をジグの足が踏み砕く。


ごきん


鈍いような、それでいて乾いた音が一つ。

伸ばそうとした手が落ちて、それきり動かなくなった死体から足を退ける。血と、付着した繊維のような赤い何かがブーツから伸びていた。




視線を残った男へ向ける。

仲間を失い、呆然としたように立ち尽くしていた男の顔が憎しみに染まっていった。


「……殺す」

「お互い最初からそのつもりだろうに」


殺し合いをしているのに何を今さらと、おかしなことを宣言する男に首を傾げる。

だが、もはや彼にはどうでもいいことのようだ。


「仲間を……二人を、よくも……!!」


恨み言はそこまでだった。

刻印を用いて高速で組み上げた魔術を次々放つ。


「流石に、見飽きたぞ」


如何に魔術の発動が早くとも発動の予兆が嗅ぎ取れるうえに、これほど連射されれば癖やタイミングも覚えてしまう。


体捌きで躱し、双刃剣で弾き、手甲で逸らす。

途中、双刃剣の腹で死体を掬い上げると男に投げつけた。迫る死体に魔術が直撃し、取れかけの首を吹っ飛ばす。


男は回転しながら飛んできた頭部を咄嗟にキャッチした。


「―――ひっ!」


苦悶の表情で目を見開いた生首と視線が合う。ついさっきまで生きていた仲間の無残な姿に息を吞んだ。

息を呑んだということは、詠唱が止まったということだ。


死体を追うように距離を詰めると、手に持つ生首ごと唐竹割にする。


「覚悟が足りないのは、お前だけだったな」





最後の冒険者が倒れ伏す。

双刃剣を振って血を払ったジグが壇上の男へ顔を向けた。


「待たせたな、免罪官」


呼びかけに、ヤサエルは祈るように閉じていた目を開く。


「いいえ。いま、丁度祈り終わった所です」



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― 新着の感想 ―
実力あり、仲間想いの良い冒険者だけど、なぜ宗教に洗脳されてしまったのか
男女平等でさらっと殺すよねぇ… 覚悟が決まってる人間に男も女もないってのがこの作品のいいとこよね
[一言] ジグが強すぎて届かなかったけど、冒険者トリオもすごくいいパーティーだったのが伝わってきました。ただそれだけに崩れ始めるとはやいですね……。一人欠けてからの呆気なさが、残酷で美しかったです。頑…
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