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情報流出のあおりでツイッター凍結をされましたが私は元気です。サブアカは作った端から凍結されましたが、「超違法的かえる」の名前で作った奴だけ永久凍結されました……
魔具の明かりに照らされた教会内。
集まる信徒は真ん中を空けて左右に配置された長椅子に腰かけ、皆が真剣な面持ちで壇上へ視線を注いでいる。そこでは神父のような恰好をした男が信徒たちに教えを説いていた。
落ち着いた、それでいて良く通る、人を安心させるような声。
信徒たちは教えへ熱心に耳を傾けている。
落ち着いた内装と静寂の中に朗々と響く声が厳かな空気を醸し出していた。
夕暮れ時の神聖な空気を、突如発生した爆音が木っ端のように打ち砕く。
脳を直接金槌で叩いたかのような音と衝撃。それと共に扉を貫通した棒状の何かが物凄い速度で神父へ向かう。
一瞬後の惨劇を想像した信徒たちから悲鳴が上がるが、大きな扉の中心を狙った岩槍の軌道はそれよりも幾分上へ逸れている。
神父の頭上を通り過ぎた岩槍は奥に祀られていた人を模った像へ直撃、その上半身を粉砕した。
防御術を施された特注の扉は見るも無残に大穴を空けられ、岩槍のあまりの勢い故にまだ入り口に残っていた。撒き散らされた破片は防御術の名残で防がれ、奇跡的に怪我人はいない。
頭を抱えて伏せていた信徒が嵐が過ぎ去ったのを感じてゆっくりと身を起こし始める。
その直後、轟音と共に蹴り飛ばされた扉が眼前に迫っていた。悲鳴すら上げる間もなく複数の信徒たちを巻き込んで吹き飛んでいく。
先ほどまでの厳かな空気とは打って変わって阿鼻叫喚の教会内。
「邪魔するぞ」
「お邪魔しますよ」
扉の無くなった入り口から夕陽を背に現れたのは対照的な二人。
片や二メートル近い巨漢。手甲や脚甲、胸当てなど要所を守る防具のみを身に着け、長大な双刃剣を背負っている。極彩色の手甲と赤黒い双刃剣は毒々しいコントラストをなしており、警告色の様だ。
灰色の髪を短く揃えたその男は、鋭い視線で教会内を一望した。
脇にいるもう一人は息を呑むほどに美しい女性だ。長い黒髪を靡かせ、蒼い瞳をしたその顔は絶世と言って遜色ない美貌。女性としては平均的かやや高い身長だが、横にいる男が余りにも大きいため華奢に見えてしまう。
見惚れてもおかしくないはずの美女であるのに、その蒼い瞳を見ていると得も言われぬ不安や畏怖を感じさせる。
魔術師らしき格好をしたところを見るに、先ほどの魔術はこの女性の仕業のようだ。
体のラインが出る黒と蒼のローブを纏った女性は首を動かして信徒たちを見渡し、一言。
「どこまでやってもいいんです?」
無邪気な子供のように巨漢へそう問いかける。
「言っただろう。まずは話し合いからだ」
どう見てもそう考えているようには思えない風貌をした男が、壇上にいる人影に声を掛けた。
「お前がここの責任者か?」
ジグがそう呼びかけると壇上の男が慇懃に一礼した。
その男は頭上を死の脅威が通り過ぎたばかりだというのに、穏やかな顔を崩さずにいる。
「お初にお目にかかります。私、ハリアン支部の免罪官を務めさせていただいておりますヤサエルと申します」
年齢は三十代後半に差し掛かったところだろうか。
金髪に白い肌。褐色の瞳をしたその男は柔和に微笑んだ。
「して、本日はどのようなご用件で?」
ヤサエルは先ほどまでのことなどなかったかのように、まるで世間話でもするように用事を聞いてくる。
「今朝がた、ここの信徒と思われる連中から襲撃を受けてな。それの苦情を言いに来たんだ、神父」
「あぁ……いけません。いけませんよ?」
神父と呼ばれたヤサエルが首を振って間違いを正す。
「いいですか? 私たち澄人は“神”などという曖昧なものに仕えているのではありません。かつて実在した偉大なる祖先たち、ひいてはそれに連なる人間という種そのものに仕え、大罪人たちに救いを与えるために祈っているのです」
人差し指を立ててまるで説法でもするかのように澄人教の信仰対象を語るヤサエル。
彼にとって神父と免罪官は全く違うもののようで、懇切丁寧に説明し始める。
「私はその中でも、大罪人たちへ直接罪を赦すことを許されております」
「……それで、“免罪官”という訳か」
ジグが漏らした言葉にヤサエルは正解です、と満足気に頷く。
罪を赦す、というのが何を意味するのかはあえて問うまい。聞いて気分の良くなる内容でもないだろう。
免罪官の何たるかを語ったヤサエルが柔和な顔に疑問を浮かべた。
「それで、先ほど私たち澄人の同志から暴行されたというお話でしたが……証拠などはあったのでしょうか?」
「さてな。それは今集めている所だが、直ぐに分かるさ」
直接の証拠はまだ出ていない。生き残った者たちは貝のように口を閉ざし、厳しく尋問されても一向に口を割らないようだ。
「おや、困りましたねぇ……それでは何の根拠もなくこのような蛮行を?」
「他には、そうだな。俺のナイフを肩に生やした男がここにかけ込んだという目撃情報がある。襲撃者の一人に刺したんだが、特注品でな。迂闊に抜けない作りになっているんだ」
一人逃した襲撃者の目撃情報を辿るのはそう難しくはなかった。肩にナイフが突き立ったまま、血を流して逃げる者の捜索など子供にもできる。
しかし免罪官殿は困り顔のままそれを肯定する。
「はい、確かに怪我をした方が駆け込まれたという報告は受けております。暴漢に襲われたから助けてほしいと」
「それはその男自身の証言だろう。ギルドでその男が俺の腕に穴を空けてくれた証言を複数用意できている」
ヤサエルはそれを聞いて気の毒そうにする。
「なるほど、大変な目に遭われたのですね……しかしながら、それで私たちと彼を結びつけるのはいささか早計では? 我々は、困っている人を助けただけにすぎません」
流石に、これくらいでボロは出さないか。
教えを説くのを本業とするヤサエルは弁もたつ。相手は宗教家、屁理屈のプロなのだ。
たかが傭兵ごときに負ける道理もない。
「ねぇ、言いたいことはそれだけですか?」
さて、どう話の流れを持っていこうかと考えていたところに澄んだ声が響いた。
(……時間切れか。多少は情報を引き出したかったが)
ジグは意識を変える。話し合いは終わりということだ。
ヤサエルはそこで初めて、会話を遮ったシアーシャへ視線を向ける。
「どういう意味ですかな、お嬢さん?」
「言葉通りです、小僧」
シアーシャの声は冷たく響いた。
明確な侮辱にも彼は表情を変えない。柔和な笑顔を崩さずにはっはと笑う。
「いやはや、お嬢さんみたいな若い子に小僧呼ばわりとは、私もまだまだ捨てたものではありませんね。どうか浅学なこの身に、ご教授願えませんか?」
頭を下げる免罪官に、鼻を鳴らしたシアーシャがカツンと一歩前に出る。
「建前だとか、根回しだとか、罪を赦すだとか……実にくだらない。どうしてお前たちは“気に入らないからぶち殺す”と素直に言えないのです?」
人の理、秩序、方便。
そういったものを蹴散らす圧倒的な言葉にヤサエルですら二の句が継げない。
「……これは、また……随分と直截的なことを仰る。私たちはただ、亜人たちの罪を」
「鱗人と呼ぶのが気に入らないから殺そうとした。偽るなよ、小僧」
「ッ!?」
初めて、ヤサエルの顔色が変わった。
視線に隠さぬ侮蔑が混じり、その表情が歪んでいく。
彼だけではない。恐怖に怯えていた信徒たちもシアーシャの口にした禁句に色めき立つ。
ジグはその中に荒事に慣れた者たちの気配を感じながらゆっくりと立ち位置を変え始める。
ギルドで見た顔もいる。こちらの襲撃を知って準備を整えた相手の戦力はかなりのものだろう。
マフィアが彼らを野放しにせざるを得なかった理由も頷ける。
ヤサエルは憎悪を滲ませた顔で、それでも口調は丁寧にシアーシャの失言を諫める。
「その、汚れた名を口にしませぬよう……忌まわしき大罪人の名を呼べば、あなたも罪人となりますよ?」
「ならばこの呼び名を皆に喧伝しましょう。全員が罪人になってしまえば、人と異種族との差など関係ありません」
そうなれば澄人教の存在意義などないと、不敵な顔で言い放ったシアーシャ。
「……なんと、愚かな」
怒りと蛮行に肩をわななかせてそれだけを吐き捨てる。
最初からこれが狙いだった。
こうなってしまえば、彼らは手を出すしかない。鱗人をはじめ、異種族の呼び名という概念を言いふらすといわれればこちらを野放しにするわけにはいかないのだ。
知ること、それそのものが彼らにとって許しがたい凶行である以上、彼らに手を出させるのはたやすい。
肩を震わせていたヤサエルがふっと力を抜いて片手を上げた。
「澄人の子らよ。この者たちは人間であることを捨て自ら罪人となり、その」
言葉の途中。
ジグが動き、甲高い音が二つ。
免罪官の言葉に隠れるようにしてジグたちの背後から放たれたクロスボウは、赤い軌跡に阻まれて地に落ちる。
「手段を選ばないのは評価しよう。だが、一度失敗した手口というのはいただけないな」
双刃剣でボルトを叩き落としたジグが、彼女の背を守る。
シアーシャと背中合わせに構えると信徒たちへ向けて無感情に言い放った。
「仕事の邪魔だ、死ね」
「それでこそジグさんです」
変わらぬ傭兵を確かめ、愉しそうに口の端を吊り上げる魔女。
「澄人よ、堕ちた大罪人へ裁きを」
憎悪を通り越して無表情になったヤサエルが判決を下すように手を振り下ろした。




