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思っていたよりも時間が経っていたようで、一階は早めに戻った冒険者たちでそれなりの賑わいを見せていた。


部屋を出た二人が階段を下りていると向けられるいくつもの視線。

どうやら彼らの話題は昼間の出来事のようで、当事者であるジグたちを遠巻きにして関わらぬようにしながらも興味は隠せていない。


ジグはその視線をいつもより注意深く意識しながらシアーシャを守れる位置に立つ。

既に手甲は着けてある。普段ギルド内では着けていないのだが、先の襲撃ではこれを外していたために手傷を負う羽目になった。


(……少し、弛んでいたかもしれんな)


長期に亘る護衛、通い慣れたギルド。普段ならばまず何も起きない場所ということもあり気が緩んでいた。

常に戦場にいたあの頃とはあらゆる状況が違いすぎるとはいえ、鈍っていたのかもしれない。

あんな素人相手に不覚を取ったことが師に知られたら何と言われるだろうか。


そこまで考えて、思い直す。

きっと、何も言わずに構えるのだろう。彼が納得するまで、日が昇ろうと、日が落ちようと。終わらない稽古がただひたすらに続けられる……そんな光景がありありと浮かんでくる。


昔を懐かしんだのは一瞬。気を引き締めたジグが視線に険を込めて見返すと、好奇で見ていた連中がたちまち散っていく。


空いた道を通る二人に大柄な冒険者が歩み寄って来た。

緑の鱗を持つ鱗人、ウルバスだ。

彼は近寄るなりジグへ深く頭を下げて謝罪する。


「ジグ、巻き込んでしまってごめん。僕が迂闊なことを言ったばっかりに」


彼は自分と関わったせいで襲われたと思っているようで、力なく尻尾も垂れている。


「お前は知っていたのか? 奴らが異種族の呼び名を消し去ろうとしていたことを」


謝罪には何も言わず、ウルバスへ問いかける。

どういう感情表現か分からないが、彼は鼻のあたりをヒクつかせてしゅるりと舌を出し入れした。


「……澄人教が、異種族の名をよく思っていないのは知っていた。僕らがそう名乗るのを、過去に禁じたのも、澄人教だって聞いたことあった。……だから、人間に名乗ったのは……初めて」


力なくそう言って首を振る。


「彼らがここまで僕たちの呼び名を疎んでいたとは……考えが甘かった。本当にごめん」

「そうか」


そもそも種族名を聞かれたことすらなかったのだろう。“概念を消す”とはそういう事だ。

亜人は亜人で、そこに見た目以上の差異など存在しない。それが常識だと民衆に刷り込むことこそが彼らの目的で、その目的はほぼ達成しかけていた。事実、ギルドの重役ですら呼び方を知らなかったのだ。


「ならばウルバス。お前が頭を下げる必要はない」

「でも、僕らに関わったせいで……」


なおも言い募ろうとする彼に首を振った。

顔を上げたウルバスは、ジグの目に宿る物を見て思わず口をつぐんでしまった。




「そうではない。そうではないんだよ、ウルバス」


諭すように、言い聞かせるようにジグは語る。


「最初からそれを知っていれば、俺もお前たちに尋ねるようなことはしなかっただろう」


言いながら、一歩。

重く、踏みしめるようなそれにウルバスが無意識に一歩引いた。


「あるいは奴らが脅しをかけてきたのならば……面倒ごとを避けるために乗ったかもしれない」


更に、一歩。

道を空けるように横へ退いたウルバスの肩に手を置く。


無駄な敵を作るような真似はしない。話し合いや交渉で済むのならそれに越したことはない。仕事以外で殺し合うなど、無駄な労力でしかないからだ。



「だが、奴らはそれを越えて手を出してきた。誤解の余地もなく、明確に敵対した」



言いながら顔をウルバスの後方、ギルドに来た時にジグたちへ粘度の高い視線を向けていた冒険者たちへ。

彼らは険しい顔のまま席を立つと、急ぎ足でギルドを出てどこかへ向かって行った。

あわただしく出ていった彼らを追わずに行かせると、ウルバスへ顔を戻す。


「そうなったなら、やることは一つだ。もう切っ掛けなんて些末な問題なんだよ、ウルバス」


ウルバスは舌を引っ込めると、それ以上何も語らず下がる。

変わらぬ歩みでその横を通り過ぎたジグにシアーシャが続いた。


ギルドを出ると宿へ向かう。

装備も対人用に整える必要があるが、他にもやっておくことがある。


「まずは宿で準備を済ませる。その後、いくつか顔を出しておく所がある」


ただ殴り込みを掛けに行ったのではお尋ね者になってしまう。

事前の根回しや、この地の有力者と自分たちの立ち位置確認は重要な作業なのだ。

そのための伝手や情報は日頃の傭兵業で十二分に確保してある。


「なんだか楽しそうですねっ、ジグさん!」

「……そうか?」


弾むような足取りで横に並んだ彼女が顔を覗き込んでくる。

蒼い瞳を爛々と輝かせている彼女を見てどちらが楽しそうなのだか、と苦笑する。



「そうですよ! なんだか、初めて私と会った時のような顔をしていますよ?」



彼女は懐かしそうにそう言って先を行く。

歩みに合わせて揺れる黒髪は既に見慣れたといってもいいくらいジグの日常のものになっている。


あの頃の自分はどのような顔をしていただろうか。

記憶を辿るが、そもそも今もどんな顔なのかはすぐには思い浮かばない。

数年前から鏡で見る顔つきの変化は止まっているように思うが、彼女が言っているのはそういうことではないだろう。


「そうかもしれないな」

「そうですよ」


結局よくわからず適当に返した答えだったが、彼女はそれでも満足気に笑った。






宗教とは国や地域によって教義、信仰対象、様式など多種多様だが大筋で共通していることがいくつかある。


まず大前提なのが、奇跡を起こすこと。

病苦厄災を退け、幸福をもたらし、雨を降らせる等々。現実ではありえないような奇跡の数々を基にする宗教が大半だといっていい。人とは現金なもので、何かしら自分に利益をもたらすものでないと崇める対象になりえないのだ。


次に大事なのが、仲間を作ること。

同じ教義や信仰対象を共有することで仲間意識を高め、共同体としての結束をより強くする。その教義が合理的である必要はなく、むしろ多少異常性がある方が結束が強くなるという。そして培われた仲間意識は、同じだけ外部への排他意識に繋がり、他国や他宗教への攻撃要因になりうる。


大きく共通しているのはその二つだが、比較的多いのは信仰の場は格式を求められる点だろうか。


カークから聞いていた西区の端、造りのしっかりした建物が多く小奇麗な通りの先にそれはあった。

教会と思しき建物は周囲の建物からそれなりに離れた場所にあり、敷地も広い。

白を基調とした大きく丈夫そうな教会は、飾り気よりも実を重視したもので信者でなくとも荘厳さを感じられた。


宿に戻って準備を整え、各所を回ってからここへ着いた時には日が落ち始めていた。

夕陽が教会の白い壁を美しく染めている。


「さて、どうします?」


腕をぐるぐると回しながら張り切るシアーシャ。

ジグは首を鳴らして、トントンと足元を確かめるように地面を叩く。


「カークも言っていただろう? まずは話し合いをしないとな」


言いながらも、双刃剣に巻いた布をいそいそと解き始める。

布がはらりと落ちて赤黒い刀身が姿を現した。


「初めてのお宅訪問のやり方を教えただろう?」


やって見せろと顎でしゃくって見せ、おまかせあれ、とシアーシャが薄く微笑む。

途端、嗅ぎなれた強烈な刺激臭が漂う。


「初めてなんで、失敗しても笑って許してくださいね?」


岩の槍がその掌に生成されていく。

普通の槍ほどの大きさだったそれは見る間にその体積を増やしていく。


「気にするな。それをフォローするのも俺の役割だ」


岩槍はある程度まで大きくなると黒みを帯び、ふわりと浮かび上がって狙いを定めるように矛先を動かす。

教会の荘厳さに見合うような大きな正面扉、その中心へと。


よいしょ、とシアーシャが腕まくりをして振りかぶる。



「こーんばーんわっ!!」



どこか間の抜けた声と共に放たれた岩槍は、見た目からは想像もできない速度で一直線に突き進む。


一見ただの大きな扉に接触する少し前、防御術が展開された。

無論ただの教会にそんな機能があるはずもなく、彼らがこのような事態に備えていたためだ。


多大な費用を掛けて起動した三重防御術の障壁が迫りくる岩槍と接触する。

一枚、障子紙の如く粉砕。

二枚、わずかに岩槍の速度を落とすことに成功。

三枚、岩槍の切っ先を少し欠けさせるが、それだけだ。


障壁三枚をいとも簡単に突破した岩槍は正面扉の真ん中をぶち抜いて教会内部に着弾。中からいくつもの悲鳴が響いた。



「どうでしたか、今の!?」


会心の一投に両手を握りしめて興奮しながらこちらを見るシアーシャ。

その頭に手を置きながら前に出る。


「百点」


そう言って駆け出すと、穴の開いた正面扉に全力の蹴りを叩きこんだ。



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― 新着の感想 ―
漫画版見てると岩の大きな手でノック(教会丸ごと粉砕)するのかと思った。
ノックの威力高いですね()
挨拶は大事、古事記ににもそう書いてある
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